〝あなたのせい〟
「……へ?」
数秒固まった後に、間の抜けた声を出して顔を上げるフィオリア。
シュルクはそんなフィオリアの耳元に手をやり、すぐにその手を離した。
しゃら、と。
フィオリアの耳元で、微かな音が揺れる。
「へ……え……えっ!?」
フィオリアは自分の髪に手を触れ、そこに固い感触があることに気付く。
何が起こったのか分からないままそれを取り、手のひらに転がったそれを見たフィオリアは大きく目を見開いた。
それは、蝶を象ったデザインのヘアピンだった。
銀色を基調としたヘアピンには、エメラルドと水晶が細やかな模様を描くように散りばめられ、羽の下部から繋がった細く短い鎖の先では赤い石が揺れている。
「これ……」
「色々と世話になったお礼だってさ。」
やはり面と向かっては話せなくて、シュルクは適当な床を見つめて口を動かす。
「今日、やっとできたんだとよ。俺にはいらないもんだから、お前にやる。」
「もしかして……セルカさんが待っててって言ってたのって、これのこと?」
「まあ……」
「これのために、わざわざ一週間も待ってたの…?」
「……とっ、とにかく渡したからな!」
そんな風に一つ一つ確認するように訊ねられると、自分の行動の恥ずかしさが際立つように思えてならない。
火照る顔を見られたくなくて、瞬時に踵を返したシュルクだったが……
「待って!」
そんなシュルクの腕を、フィオリアが掴んだ。
「お願い。行かないで。」
潤んだ瞳で見つめられ、シュルクはうっと言葉につまった。
「な……なんで泣くんだよ……」
苦しまぎれにそう言うと、フィオリアがぶんぶんと首を振る。
「だって……嬉しくて……」
「……まったく。」
仕方あるまい。
どうやら、逃げるタイミングは逸してしまったようだ。
シュルクは観念して息をつき、フィオリアに向き直ると、その頭をぽんぽんと叩いた。
「お前は、本当にすぐ泣くよな。涙腺どうなってんだよ。」
「ごめんなさい……」
「だから、すぐに謝るなって。俺が口悪いってのは、十分知ってんだろ。いちいち俺の言葉に謝ってないで、この前みたいに言い返してこいよ。そのくらいじゃねぇと、多分お前がしんどいぞ。」
そっと涙を拭ってやる。
すると―――
「うう…っ」
何故か、顔を歪めたフィオリアの目尻から余計に涙があふれてきた。
「はあ!? なんでそうなる!?」
ぎょっとするシュルクに対し、フィオリアはぽろぽろと涙を流すだけ。
「ううう……だって、だってぇ……」
「なんだよ!? 俺のせいか!?」
「そうだよ! シュルクのせいだもん!!」
「どういう意味―――わっ!?」
突然腹に衝撃が走り、シュルクは思わず声を引っ込めた。
目をまんまるにするシュルクの腹部に抱きついたフィオリアは、すがりつくように両腕に力を込める。
「だって……シュルクが、嬉しいことばっか言ってくれるから…っ」
「は、はあ…?」
「私ね……」
涙声で語り始めるフィオリア。
「シュルクに、たくさんのことを教えてもらった。それでね、ルルーシェじゃなくて、当然のように私を見てくれるシュルクを好きになったの。嫌われてるかもしれなくても、傍にいられるだけで幸せだったの。」
まあ、それは誰の目にも明らかだったと思うけど。
そんな突っ込みはさておき、シュルクは黙してフィオリアの話を聞く。
「でも……シュルクって、いつも私のことを優先してくれるから……心のどこかで期待しちゃう自分もいて…。だから、わがままにならないようにって……シュルクに嫌われてるんだって言い聞かせて、勝手な期待を持たないようにって一生懸命だったの。だから、今こうやって話せるのが夢みたいで、嬉しくてたまらないの。幸せすぎて、涙が止まらないの。全部……全部、シュルクのせいだもん。」
「………」
シュルクは何も答えられず、ただフィオリアを見下ろすだけだった。
自分に負けず劣らず複雑な環境で育ったくせに、自分以上にまっすぐで素直な奴だ。
こんな風に純な気持ちでぶつかられたら、言い訳なんかできないじゃないか。
(あーあ……完全に負けだな。)
そんなことを思い、シュルクは眉を下げて微笑んだ。
「……そうだな。全部、俺のせいだな。」
労るように優しく、フィオリアの頭をなでてやる。
すっと。
心が凪いでいくような気分だ。
馬鹿正直に自分の気持ちを言うなんて、今さらすぎて恥ずかしいからできないと思っていたけれど。
そんな意地も羞恥も、目の前の愛しさが相手では形なしで―――
「ごめん。」
するりと、飾らない言の葉が口から零れていった。




