姫様のお相手捜し
「うわ……何これ?」
ルルンに引っ張られて連れてこられた集会所の様子に、シュルクは目を丸くした。
集会所の前は、多くの若者たちでごった返していたのだ。
いつもはこの時間には集会所を開けているはずなのに、今日はまだドアが固く閉じられていて、集会所の看板には準備中の札がかかっている。
「とりあえず、こっちこっち。」
ルルンはシュルクの手を引いて、集会所の裏口へと回る。
宿泊客しかいない集会所の中では、珍しく困った表情を浮かべているグレーがいた。
「おう、ようやく来たか!」
シュルクの姿を見たグレーは、まるで救いを見出だしたかのようにほっと息をついた。
「事情がまるで分からないんだけど、何が起こってるの?」
「すまねえな。急な話で、オレらも参ってるところなんだ。」
グレーはぼりぼりと頭を掻く。
「今朝になって、ティーンのお姫様のお相手を捜すってお触れが出てな。」
「それはまた……本当に急な話だな。」
グレーの言葉に同意し、シュルクは町の景色を一望できる大きな窓に目を向ける。
今はブラインドがかかっているが、あの窓からはこの近くにある大きな城が見える。
その城は、自分たちティーン族を治めている王家の居城。
グレーの話に出てきたお姫様とは、女王の一人娘であるフィオリア王女のことだろう。
昨日までは、姫の運命の相手を捜すなんて、話の欠片も出ていなかったはずだけど……
「オレも詳しい話は分からねえが、なんでも姫様に運命の相手に出会った兆候が見られたらしい。とはいえ、この町は人の出入りが激しいからな。多分、姫様の運命の相手がこの町から出ていく前に、誰なのかはっきりさせたいってところだろう。」
「確かに。せっかく出会えたのに、気付かずにすれ違いは嫌だもんな。で、それとこれとがどう関係するわけ?」
多くの人々でひしめき合っている集会所の入り口を示して問うと、グレーが思い切り顔をしかめた。
「それが聞いてくれよ。その姫様のお相手捜し、まずはこの辺の富裕層を優先して、一般人との面会は二日後からやるって話なんだ。で、混雑を避けるために予約制にすることにしたらしいんだが、その予約受付のお鉢がこっちに回ってきたんだよ。」
「はあっ!?」
それを聞いたシュルクの口からも、素っ頓狂な声があがった。
なんなのだ、その無理難題は。
「なんでそんなことに……」
「うちが一番城に近い集会所だからっていう、なんともしょうもねぇ理由だ。」
「一番近いからって……ただでさえ他の集会所に比べて客が多くて、毎日かなり忙しいって分かってんでしょ? 断れなかったの?」
「そりゃ断ったさ! だけど城も城で、急な出来事だから一般受付までは管理できねえって抜かして、最終的には国家命令だって言うんだぜ。」
「………」
国家命令という単語を聞き、シュルクの表情にもグレーと似たような困惑の色が浮かぶ。
なるほど。
自分が業務時間前なのに引っ張り出された理由が、嫌でも分かった。
「あれ、俺とルルンでどうにかしろってこと?」
「……すまん。」
グレーは、ばつが悪そうな顔で両手を合わせた。
「このままじゃ、店を開けることもできねえ。今日と明日、特別に店の裏口を予約専用として開放する。お前らには、店の奥で予約対応をしてほしい。向こうの予定なんか気にせずに、先着順にどんどん予約を詰めていいって話だ。頼む。全言語に対応できるの、お前だけなんだよ。」
「………はあ。」
シュルクは頭痛をこらえるように額を押さえた。
こんなにも急な話では臨時で人を雇う暇もないし、今ここにいるメンバーでどうにか切り抜けるしかないだろう。
集会所を開けることができないままでいると、一番迷惑を被るのはここに宿泊している客たちだ。
「ん。」
投げやりな仕草で手を出すシュルク。
何も言わずともこちらの意図を察してくれたグレーは、差し出した手に依頼内容が記された資料と予約表の束を置いてくる。
「くそ。依頼料、ふんだくってやる。」
ぐしゃりと資料の紙を握り潰し、心に誓う。
相手が王家だろうとなんだろうと知ったことか。
無茶な依頼をしてきた分の見返りは、きっちりと回収してやろうとも。
「オレたちの生活は、シュルクの手腕で成り立ってるよな……」
「ほんと…。あの顔は、あたしたちの想像を超える額を持ってくるわよ。パパ、シュルクの来月のお給料、ちゃんと色つけなきゃだめだからね。」
「分かってるよ。」
シュルクの怒りすら滲ませた気迫に、グレーとルルンはまるで他人事のような口調でそんな会話をしている。
本来なら、こういう依頼料の交渉は親父さんの仕事なんだがな。
というか、何を暢気に来月の給料の話などしているんだ。
突っ込みたいところは色々とあるが、今はそんなことに構っている暇はない。
「とりあえず、俺は即行で部屋の準備を整えてくる。ルルンは、入り口にたむろしてる奴らを裏口に誘導して。親父さん、今日は会計任せたからな。」
「了解。」
「おう。」
ルルンとグレーは頷き、素早く自分の行動に移り始める。
そんな二人を横目に、シュルクも自分の仕事をするために小走りで廊下を進んだ。
普段は物置として使っている部屋の窓を開け、大急ぎで掃除をする。
定期的に整理をしておいてよかった。
掃除と換気をすれば、今日と明日くらいはこの部屋でなんとかなりそうだ。
片手で掃除を進めながら、グレーから受け取った資料に目を通す。
グレーの言うとおり、予約の詰め方はこちらに一任ということでいいらしい。
できあがった予約リストは、今日と明日の夕方にこちらから城に届けなければならない。
ということは、リストの整理時間も考えて、予約の受付は城に出発する二時間前には切り上げなければいけないだろう。
あらかじめ、予約の受付時間をどこかに貼り出しておく必要がありそうだ。
「………え……」
資料をめくったシュルクの手が、ピタリと止まった。
めくったページには、今回の主役である姫の姿絵が描かれている。
息が止まるかと思った。
資料を持つ手が震えそうになる。
そこに描かれていた、儚げな印象の少女。
それはまさに、夜中に出会ったあの少女だったのだ。
「やっぱり……夢じゃなかったんだ……」
誰も聞くことがない呟きは、シュルクの中に大きな動揺だけを残して空気に溶けていった。




