仙王謁見
次の日の朝。
カーテンを開いて朝日を浴び、背伸びをする。仙王に会うというのに、不思議と緊張は無い。実感が無いだけかもしれないが。
少し早めに着替え、ホテルの朝食を頂く。
「ほんと、この国の食事は上品だな」
「うん、貴族の料理だね。名前だけ聞いてもサッパリ分からない」
「なんか、オーベルジュの家を思い出すよ……楽しい食卓じゃなかったから、昨日のコース料理は初めて味わえた気がする!」
手紙によると、仙王の使者が迎えに来るという。待たせる訳にはいかない。
食事を早めに終えロビーで待っていると、綺麗な金髪ショートヘアーに青い眼、スポーティでとんでもなく美人な女性が近づいてきた。
「ジュリアー!!」
エミリーがその女性に抱きついて泣いている。
「おいおい、泣くやつがあるか。まだ五年くらいしか経ってないだろ。でも、久しぶりだなエミリー!」
話に聞くエミリーの恩人、ジュリアだ。
仙王の孫でアレクサンドの妹らしい。
「ちょっと背が伸びたか? 男前二人も侍らせて、いい女になったな!」
「うん、私強くなったよ!」
「そうだな、五年前とは大違いだ」
ジュリアはユーゴとトーマスに向き直った。
「初めまして『ジュリエット・ノルマンディ』だ、ジュリアでいい。エミリーの顔を見たら分かる、二人との旅が楽しそうだ。ありがとう」
「初めまして、ジュリアさん。ユーゴ・グランディールです。エミリーは優秀な術師です、いつも助けられてる」
「トーマス・アンダーソンです。よろしくお願いします」
二人は深く礼をし、ジュリアに笑顔を向けた。ジュリアもそれに応え、ニコリと微笑んだ。
「じゃ、城に行くか! 仙王が待ってる」
ジュリアの後に付いて、昨日歩いた大通りを進む。
「お祖父ちゃんはエミリーとアタシの関係を知ってるからアタシを使わせたんだ。昨日話を聞いてすぐにでも会いに来たかったよ!」
エミリーが元気な理由が分かる。ジュリアは凄く活発な女性だ。
朝日に照らされ煌めく湖を横目に、大きな橋を渡る。門をくぐり、中へと案内された。
この国の貴族達の住居であろう周りの建物も立派だが、一際目を引くのが、眼前に聳え立つ美しい石造りの城だ。見上げるにも首が痛い程だ。見た事のない規模のその城は、何とも形容し難い。
メイファの話に聞いてはいたが、実際見ると想像を遥かに超えていた。
城内は絵画や陶器などが所々に置かれている。絶対に触れてはいけない、弁償金がいくらになるのか見当もつかない。
少し歩いて部屋に案内された。
円卓の向こうに見るからに高貴な人物が座っている。綺麗な金髪のロングヘアーに金の口髭、一際綺麗な青い眼。
「よく来た。座ってくれ」
一礼して席についた。
「我が『ラファエロ・ノルマンディ』だ。龍王からの手紙は読んだ、奴の弟子達らしいな。我々は龍族には恩がある。龍王からの手紙を携えた者なら、会わん訳にはいかんだろう」
それぞれが自己紹介をした。
「そちらのユーゴが龍王の孫か。人族と龍族の間に産まれたと」
「はい、母は亡くなりましたが」
仙王はユーゴの目をジッと見つめている。
――なんだ……?
少しすると目を逸らした。
「そうか。要らぬことを聞いたな、許せ。そちらのトーマスは昇化しておるな。その若さで昇化とは前例が無い。相当鍛錬を積んだようだ」
「はい、龍族の師匠の元で修行しました」
仙王はエミリーに体ごと向き直ると、声を絞り出すように喋り始めた。
「そしてエミリー、君には謝らなければならん。アレクサンドの事だ」
エミリーは意外な顔をして、仙王を見つめた。
「まずは、人族の話からしようか」
仙王は人族の成り立ちを話し始めた。
「人族は、鬼族と魔族の抑えとして我が創らせた。元々は仙族であった我の腹心二人の一族を仙人に退化させ、王都を創り移住させたのだ。その二つの一族は仙族の為と快く受けてくれた。彼等にはそれぞれ、この国の名『オーベルフォール』を分けて姓として与えた。それが『オーベルジュ家』と『ベルフォール家』だ」
――ん……? オーベルジュ?
「私の姓ですね」
「そうだ、君はウェザブール王家の血を引いている。本家ではないがな。もっとも、全ての人族は元を辿れば二つの一族に繋がるが」
エミリーが貴族だという話は聞いてたが、王家の血筋らしい。初耳だったのだろう、エミリーも驚いている。家の人達との交流は殆ど無かったと言っていた、無理もない。
「話を戻そう。ウェザブール王国は、権力の集中を防ぐために『二王制』を採用している。それが先程の、オーベルジュ家とベルフォール家だ。千年経った今でも、仙人となった我の腹心二人が王として君臨している。仙人に退化しようとも寿命は長い。しかし、仙人同士の子は『人族』として生を受ける。それらが千年で現在の人口まで増えた。人族は寿命が短いが子を多く産むからな」
この世界は人族が圧倒的に多いと聞いた。里長の話では、始祖四種族は子が出来にくいらしい。数で鬼族と魔族を牽制しているのだろう。
「我は、仙族が人族との子を作ることを禁じた。仙族の血は特別だという我の考えの基にな。その為に鍛錬次第で仙人に昇化できる道を用意した。が、アレクサンドが王国を訪れては遊び回った。子を作り、我に知られてはならんと家ごと焼き払った」
エミリーが目を伏せている。握った拳は、小刻みに震えているのが見えた。
「我はそれを知っていた。知っていて放っておいたのだ。我は王家以外の人族を他国の抑えとしか見ていなかった。もっと悪い言い方をすれば、家畜程度にしか思っていなかった。ある時、人族の国に行きたいとジュリエットに懇願され、青い眼を隠し人族として生きてこい、人族の暮らしを見て仙族の尊さを再認識してこい、と送り出した。しかし、十年に渡るジュリエットの人族に関する話と、共に旅をしたエミリーの話を聞き考えを改めた。当然だが、人族一人ひとりに人生がある。短い人生をそれぞれが必死に生きている。我はそれを獣が生きるが如く軽く見ていた。エミリーはその後も明るく振る舞い、悲しき過去を乗り越えようとしている」
まるでエミリーを見てきた様にそう言う仙王に、少し違和感を覚えた。
「アレクサンドは分家とはいえ王族に手を出した。エミリーの一族だ。オーベルジュ王からの告発によりアレクサンドを国外追放とした。その後の奴は君らが知るとおりだ。アレクサンドに復讐するというのなら我々は何も言わん。エミリーよ、すまなかった」
仙王が頭を下げた。
一国の王が客に頭を下げている。この人は名君なのだろう。
「いえ、仙王さんが悪いわけじゃないんですから。頭を上げてください」
「そう言って貰えると有り難い。我々は今、仙族による人族差別の撤廃に取り組み始めた。ジュリエットがその活動の先頭に立っている」
仙王は頭を上げ、更に話し始めた。