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タイマン


「また来た……私達、娼館では稼ぎ頭だったから、しょっちゅう連れ戻しに来るんだ……」


 成程、分かり易い展開だ。

 ユーゴ達は動じる事なく、冷たいビールを飲み進めている。


「この店、冒険者さんが多いからいつも追い返してくれて助かってる」


 冒険者を食い物にしていた女が、今や冒険者を味方につけてるらしい。


「おいガキ、店は終いだってのが聞こえねぇのか?」

「あっ、オッサン、久しぶりだな」

「おい、誰にオッサンだなんて言ってやが……る……ヒィィィーッッ!!」


 一年前、ユーゴがボコボコにしたスキンヘッドの懐かしいオッサンは、飛び跳ねてそのまま土下座した。


「もう殴らねぇでくれ! 帰るから!」

「おい……人を何だと思ってんだ……オレの行きつけの店だから二度と来るなよ?」

「はい! 俺はもう来ねぇ! でも……」


「おい、オメェ何土下座なんてしてんだよ」

「いや元締め、この人はヤベェ。帰りましょ!」

「うるせぇ! 引っ込んでろこの木偶坊が! 解雇だコイツぁ!」


 木偶の坊のオッサンは外に逃げていった。

 元締めと呼ばれた男は、恰幅はいいが背が低い。突き出た腹で動きは鈍重、どう見ても強そうではない。


「おい、オメェ大金払ってんだ、頼むぞ」


 後ろから、テンガロンハットを被った渋い男が入ってきた。切れ長の目に通った鼻筋。口はいやらしく歪んでいる。

 前を開け広げたデニムシャツからはみ出た胸毛に嫌悪感を覚えた。

 

「この女共を連れて帰るだけでいいんだな? 楽な仕事だ。おい、冒険者共! お前らが何者かは知らねぇが、俺はSランク冒険者のサンディ・ジョーンズだ! 死にたくなけりゃこの店から出ていきな。あと、二度と来んじゃねえぞ!」


「あのサンディか……ヤバいな。帰ろうか……」


 皆が恐れて帰っていく。

 かなり有名な冒険者らしい。


「元締めが本気で私達を連れ戻しに来たね……これまでか……ユーゴ君、お代はいいから怪我しないうちに帰って。Sランクはヤバイよ」

「いや、まだ飲み足りないから、ビールおかわりで」

「おいガキ、いい度胸だな。帰れってのが聞こえねぇのか?」


 サンディ・ジョーンズはユーゴの後ろに立ち、凄んでみせた。

 

「いやいや、オレらが楽しく飲んでるのが分からないか? お前が帰れよ」

「おもしれぇ。表ぇ出ろよ」

「店潰すわけには行かないからな。おい、元締めさん。コイツ潰したらお前だからな、覚悟しとけよ」

 


 大都会は通りが広くて人が多い。

 ケンカとなるとギャラリーに囲まれる。


「おい、覚悟は良いんだな?」


 そう言って、サンディは両手剣を抜いた。


「おいおい、Sランク冒険者っていうのは丸腰相手に剣を抜くのか? まぁ良いけど、かかってこいよ」


 ギャラリーからサンディへのブーイングが起こる。剣を納め、取り巻きに渡した。


「まぁ、そうだな。こんな大通りに内臓をぶち撒けるのもな」


 そう言ってサンディは目に見える程の気力を拳に集め、ファイティングポーズを取った。


 ユーゴ強化術を施し、気を練った。

 サンディの動きは手に取るように視える。確かにSランクだけあっていい動きだ。


 サンディは動きが速い、パンチも速くて重い。相手のパワーをそのままお返しだ。

 顔面に向けた右ストレートに合わせて守護術を張ると、グシャッと拳が潰れる音がした。

 

「アダーッ! このガキ何しやがった!?」

「Sランクともなると、相手が得体の知れない技を使ったらいちいち聞くんだな。冒険者だろ? 自分で治せよ」


 回復術師が周りにいないらしい。とうとう左手で剣を抜いた。

 

「くそっ! 覚悟はいいんだろうな」

「結局抜くのかよ。潰れた右手で大丈夫か?」

「うるせぇ!」


 左手だけで斬り掛かってきた。

 避けてくれと言わんばかりの剣戟だ。実力は知らないが、両手剣を片手で扱うのは無理があるだろう。

 

 ――もういい、飽きた。早く飲み直そう。

 

 殴り飛ばそうとして、ずっと拳に練気を流しっぱなしだった事に気付いた。この拳で殴ったら殺してしまうだろう。


「バチィ――ン!」


 練気の平手打ちでぶっ飛ばした。壁に叩きつけられたサンディは、気絶したのか動かない。

 Sランク冒険者だ、流石にこの程度では死なないだろう。


 大きく目と口を開いて震えている元締めに声を掛ける。

 

「さて、元締めさん。この店はオレの行きつけなんだ。潰されたら困るんだが、どうしてもと言うなら相手するけど?」

「いや……手を引こう……邪魔をしたな……」

「次この店にちょっかいだしたら、あんたの娼館潰しに行くからな。あんたの命もだ」

「わっ……分かった……約束する……」


 サンディを放って逃げていった。

 コソッとトーマスが、潰れた拳を治療している。こういうさり気ない優しさがトーマスの良いところだ。

 

 

「さて、飲み直そうか」

「ユーゴ君……ありがとう」

「いや、あいつらのお陰で貸切になったし! 後はさっきの事が噂になったら、誰もこの店にちょっかい出さないだろ」

「もぅ……どれだけカッコいいのよ……助けられてばっかり……」


 エマはユーゴの右腕に抱きつき、大きな胸を押し当ててきた。

 

 ――強くなって良かった……。


 エマは二人を招き入れた後、店を閉めて貸切にした。


「いやぁ、トーマスだったらもっと優しく追い返せたんだろうなぁ……」

「トーマス君もユーゴ君くらい強いんだね」

「あぁ、トーマスは強いよ。盾役だけど何でもできる」

「そうなんだ! でも、トーマス君にはケンカしてほしくないなぁ。優しいトーマス君がいい!」

「僕はケンカ嫌いだな。出来ればしたくはないよ」

「おいおい、オレも別にケンカなんてしたくねーよ!」

 

 四人で他愛もない話で盛り上がり、夜更けまで楽しく飲んだ。

 


「さぁ、帰ろうかトーマス」

「そうだね、お会計お願いします」

「いいえ、お代はいいよ。あいつら追い返してくれたんだもん」

「いや、そういうわけにはいかない。皆帰っちゃったんだ、今日の儲けが無いだろう。今日の貸しは、次の飲み代を安くしてくれたらいい。冒険者カードで払えるか?」

「本当にいいのに……じゃ、サービスしとくね。カードここにかざしてくれる?」


 まだ二度目だが、慣れた手つきで機械にカードをかざした。

 

「えっ……? ちょっとユーゴ君、SSランクなの……?」

「あぁ、うん。トーマスと今日昇格したんだ。今日はその祝杯だ」

「初めて見たんだけど……そりゃSランクが相手にならないはずだわ……」

「レトルコメルスに寄ったときはまた来るよ」

「うん、絶対に来てね!」


 エマの美しい笑顔に見送られ、ホテルに向けて歩く。


「あのエマがなぁ……でも、いいタイミングに入ったもんだな」

「ほんと、いい店だったね。行きつけにしよう」

「ありゃ、誘ったら抱けたかもな……」

「そうだね、今のあの子らなら問題ないだろうね。ホテルに盗られるものも無いし。カードも使えないし……惜しいことしたかもね……」


 ――後悔先に勃たず……か。

 

 大人しく帰ろうとしたその時。


「ユーゴ君! トーマス君!」


 振り返ると、エマとジェニーが立っていた。


「やっぱり今日のお礼させて! いいでしょ……?」


 上目遣いでおねだりだ。トーマスとアイコンタクトし、頷き合う。

 四人でホテルに帰っていった。


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