突然の来客
更に半年が経った。三人は19歳になっている。この島の季節を一周して今は初夏だ。
冬の寒さを大きく軽減させたミオンのシルクシャツは、夏の汗を吸い取りすぐに乾く。
エミリーはショートパンツの下に、牛鬼の糸のストッキングを履いている。夏でも涼しく防御力も高い優れものだ。
昼食後、今日も皆で修練場出汗を流している。師匠三人も一緒だ。
「お主らがここに来て、もう一年ほどか。この里でお主らの相手になる魔物はもうおらぬ様だ。それぞれの武器も、もう自分の物としておる」
「苦無は気に入った様だな。練気を糸状に繋げて振り回す発想はなかった」
あれから三人の術の精度は更に上がっている。この半年間で相手の魔力量を測れるようになった。
「よし、お主らも他人の魔力を測れる様になった。平常時の魔力量から、そやつの能力を見て取る事はある程度可能だ。ただ、それだけで判断せぬ様にな」
そう言って里親は魔力を全解放した。
「うぉっ! 突風みたいですね……」
平常時に感じる魔力量とは全く違う。
「そして更に」と言って里親は魔力を抑えた。
「全く魔力を感じなくなりましたね」
「左様、魔力は一人ひとり違うものだ、人探しには重宝する。ただ、見つかりたくない事もあるであろう? 身を隠すことも必要だ」
なるほど、追われてる時に魔力を辿られたら絶対に逃げられない。この技術は絶対に必要だ。
「お主ら、儂等の魔力を見てどうだ?」
「質が違いますね……うまくいえないけど、密度が高いというか」
「量だけで言うと、ユーゴの方が多い。私達は年季が違う分、質がいい」
「例を出そう。例えば火遁を放つとき、練り込む魔力量が少なくては威力は弱い。魔力量が多くとも、質が悪ければまた弱い。量と質が高くとも、術の精度が低ければまた弱い。お主らはまだ若いが一年前から見ると質と精度も段違いだ。しかし、魔力、気力の質と、術の精度は、これからも修練で高めるように」
「「「はい!」」」
里長が話を終えると、メイファが付け足す様に話を始めた。
「あと、各種族で魔力の質が異なる。これは質が良い悪い、高い低いの話ではなく、全くの異質だと言うことだ。私達が青い眼を見ずとも、エミリーが仙族だと分かったのはその為だ」
更に補足として、魔力と違い他人の気力は測ることができない。ただ、体外に出すと感じられる様になる。師匠達が刀に纏う練気は全く違う。もっと修練が必要だ。
――ん? 何だ?
誰かが浮いて近づいて来るのが見える。
「おいおい、随分と懐かしい奴が来たじゃねぇか!」
燃えるような赤髪に化粧をした男がよく目立つ。その脇に黒髪と金髪の男。
三人とも浮遊術で近づき、地上に降りた。
「え……? 父さん?」
「シュエン! 久しぶりだな!」
間違いない、黒髪の男はシュエンだ。
家を出ていく前の不健康な様相ではなく、目の下のクマは消え、顔色も良い。ただ、凍るような冷たい目でユーゴを睨みつけている。
「ユーゴか……」
「あら、あれがアナタの子供? アナタに似ず、可愛いわね」
赤髪の男? がシュエンと喋っている。
「父さん! いきなりいなくなるからびっくりしたぞ!」
「あぁ、二度と会いたく無かったがな」
「え?」
――何だって……?
「二度と会いたくは無かったと言ったんだ。金輪際、俺の前に姿を見せるな」
「おぃ、シュエン! お前ぇ何言ってんだ!? 息子に冷てぇ上に、久しぶりに会う親友に見向きもしねぇのか!?」
「あぁ、懐かしいなヤン。お前が打った刀で色んな奴を殺せたよ。礼を言う」
「お前ぇ……どうしちまった……」
――違う、あれは父さんじゃない。
「変わり果てて帰って来るとはの。お主、外で何をしてきた」
「父上よ、俺は別に呑気に里帰りしに来たわけじゃない。要件はこいつが言う、素直に喋ったほうがいい。この里で暴れられると困るだろう」
三人の真ん中の立つ一際目立つ赤髪の男が喋り始めた。
「初めまして龍王さん。ワタシは『マモン・シルヴァニア』よ。この赤髪とファミリーネームでピンとくるでしょ?」
「ふむ、魔族が何の用だ」
「魔族ねぇ、半分だけ合ってるわ。ワタシは魔族と人族の間に産まれた『魔人』よ。聞いた事ないかしら?」
「知っておる。まさか、我が息子が従っておるとは思わなんだがな」
「なら良かった。じゃあ率直に言うわね。『翠の宝玉』を出してちょうだい」
――翠の宝玉?
皆が注目する中、里長は表情を変えずに返した。
「どこで聞いてきたかは知らぬが、この里にそんな物は無い。そもそも、それのせいで四種族は争っておったのだ。横の龍族に聞いておろう。儂等はその争いから降りた、そんな争いの火種をわざわざ移住先に持ってくる訳が無かろう」
赤髪の魔人は、派手なメイクを施した口元をへの字に曲げ話を進めた。
「……なるほどね、一理あるわ。じゃあ、どこにあるの?」
「元の龍族の土地に埋めてきた。見つけるには骨が折れるであろうの。千年以上前の話だ、儂ですらどこに埋めたかなど覚えておらぬ。儂等には必要の無い物だ、見つけたら好きにするが良い。あれが壊れておるなどという事は無かろう」
「なるほどね……それは大変そう。でも、流石にアナタからは抜くのは難しそうね。宝玉同士が共鳴するなんて事は無いの?」
「知らぬ。他の宝玉を見たこともない故に」
「そうなのね。じゃあ、翠は後回しが良さそうね……で? アナタはさっきから何をブツブツ言ってるの? 気持ち悪いわね」
「……キミは話が長いんだよ。ボクにも話をさせて欲しいね」
「勝手に話せばいいじゃない」
長い金髪を右側に流したタレ目の男が、二歩前に出ると右手の拳を口元に置いた。
「コホン……。やぁ、久しぶりだねメイファ。歳をとっても相変わらず美しい」
「あぁ、別に会いたくはなかったがな」
――あの青い眼に金髪……まさか……。
「このアレクサンドを忘れることは無かったようだね」
「お前みたいな変な奴、忘れたくても忘れられん」
エミリーの顔が変わり、魔力が不安定に開放された。
「アレクサンドォー!!」
「なんだこの小娘は。女の子が何て声を出すんだ」
「おい、クズ。リヴィア・オーベルジュを覚えてるだろ」
「リヴィア? 誰だそれは」
「あんたが孕ませて、家ごと焼き殺した人族だよ!」
「はて? どれの事かな。人族とは一夜限りなんだ。いちいち覚えてるわけ無いだろ」
「どこまでクズなんだ……私は焼き払われたリヴィアの子だ! あんたをぶん殴る為に生きてる!」
「ほぉ、ボクの子に会うのは初めてだな。まぁ、今はお祖父様にバレようがどうでもいいから見逃してやるけどね」
エミリーは刀を抜き、身振り手振りで大袈裟に話しているアレクサンドに斬り掛かった。
『キィィーーン』
高い金属音が鳴り響く。
アレクサンドの守護術に阻まれたエミリーの斬撃は弾かれた。
『火遁 煉獄!』
『風遁 鎌鼬!』
アレクサンドはその場を動くことも無い。
魔晶石で増幅したエミリーの遁術ですら、アレクサンドの強固な守護術を崩す事は出来なかった。
「ほう、なかなかやるね、いい術だ。さすがボクの娘と言ったところか。もっと強くなったら遊んでやるよ。しかし……ぶん殴ると言いながら斬りかかって来るとはね。行儀の悪い子だ」
「クソッ……私はエミリー・スペンサーだ! 覚えとけ! 次に会ったときにはぶっ殺してやる!」
「エミリーか。成長した姿を楽しみにしとくかな」
メイファは弟子の復讐を歯を食いしばって見守っていた。泣いているエミリーに近づいて抱き寄せた。
マモンと名乗った魔人がトーマスに向けて話しかける。
「さっきから気になってたんだけど、そっちの赤茶髪の少年は『センビア族』ね? 生き残りがいたとはね」
「え……?」
突然声を掛けられたトーマスは、小さく声を漏らした。
「あの噴火で生き残るって事は、どこかに出かけてたの?」
「何で知ってる……?」
「そりゃ知ってるわよ。ワタシが火山を噴火させたんだから」
「は……? なんだって?」
「理解力のない子ねぇ。見せてあげるわ」
そう言って魔人はトーマスに向けて手をかざした。
「何だ……これは……ゥワァァーッ!!」
トーマスは突然頭を抱えて叫びだした。
「おい! トーマスに何をした!?」
「うるさいわね、何もしてないわよ。あの時ワタシは荒れてたの、魔族と人族の間でね。アナタ達って人族で、しかも髪が赤っぽいじゃない? 自分を見てるみたいで気に食わなくて皆殺しにしたの」
「……そんな理由で……僕の家族たちを殺したのか……?」
「あぁ、でも安心して。あの噴火でいい魔法思いついたの。アナタの一族は無駄死にではなかったわ」
「このクズ野郎……」
「あら、野郎とは失礼しちゃうわね」
『ウオォォォー!! お前……殺してやる……』
トーマスは見た事の無い怒りの表情を浮かべ、刀の柄に手を掛けた。
――え……? トーマスの眼の色が変わった……。
トーマスは抜刀しつつ、一気に魔人に切りかかった。居合術だ。
「キィィーーン!」
しかし、シュエンが間に入りトーマスの斬撃を止める。トーマスは弾かれて地面に伏せた。
「おい、マモン。相変わらず趣味の悪いやつだな。防御が弱いくせに煽るな」
「あら、ありがとね。シュエンちゃん」
間違いなくシュエンと言った。
――やっぱり父さんなんだ……。
「あの赤茶髪の男、昇化したぞ?」
「あら、ワタシの記憶、そんなに良かったかしら? 感謝してもらわないとね」
「おい、俺は楽しく里帰りに来たわけじゃ無いと言っただろう。こいつ等がベラベラと喋りすぎたのは詫びる。トーマス、エミリー、もっと強くなってこいつらを殺しに来るなら大歓迎だ。ユーゴ、お前に言うことは一つだ。二度と俺の前に姿を現すな」
――何でそんな事言うんだ……。
あまりの事にユーゴは声が出なかった。
「じゃ、お邪魔したわね。帰るわね」
三人は浮遊術で帰っていった。
余りの突然の出来事に、皆が静まりかえっている。




