三人の英雄 6
次の日の朝、四人はライアンに砦の設備を案内してもらっている。もうこれは砦では無い、城郭都市だ。
城壁に囲まれた小規模な城。ただ、オーベルフォールから見れば小規模というだけで、城壁内には数万の兵士が収容可能だ。
「ここが病院です、負傷兵の治療施設ですね。怪我等なら回復術で治るが、四肢の欠損などはどうにもならない。意識の無い者もここに入院しています」
数日前の小競り合いで負傷した兵が治療を受けている。既に戦は始まっている。
砦の総指揮を任されているライアンは、死傷者を多く出してしまった事に責任を感じていた。
「切断した四肢は残していますか?」
「ええ、氷結させて保管している者もいます」
「ならば問題ありません。私が診ましょう」
メイリンは、右腕を欠損した患者の元に行き、治療術をかけた。
『治療術 四肢再生』
切断部分が眩い光を放ち、何の傷跡も残すことなく綺麗に繋がった。
「なんと……つながった!」
ライアンが目を剥いて驚いた。それはそうだろう、龍族の中でもメイリンにしか出来ない治療術の完成形だ。
「少し違和感はあるでしょうが、数日で落ち着きます」
「ありがとうございます……これでまた戦える……」
患者は肩を震わせ、泣いて喜んだ。
次に訓練場、仙族の戦士が訓練している。
プレートアーマーと呼ばれる合金製の鎧を身に着けている。
「オレ達は魔物の革防具を好んで装備するが、仙族の戦士の鎧は随分重そうですね」
「昔は全身を鎧で包んでいました。近年は簡素化し、動きやすくするため最低限の装備です。特殊な合金製で意外と軽いんですよ」
なるほど、確かに守っているところは龍族の装備と変わらない。
「私共、仙族の戦闘の大きな特徴は『呼吸法』にあります。特殊な呼吸法で、身体能力を飛躍的に向上し『仙術』を駆使して戦う。浮遊術もその一つです」
各種族それぞれの戦闘法がある。習得可能なのか種族特有のものなのか。それは互いに聞くことは無かった。
一通り砦内を案内してもらい、決戦のその時まで鋭気を養う。
「決戦の日は近い」
皆が口々に噂し始めた。
とうとう魔族との決戦の日が近づいた。
◆◆◆
城郭都市の様な砦内の城の一室。
仙族と龍族の幹部が一部屋に集まった。龍族の精鋭より少し遅れて仙王達も到着した。皆が鎧に身を包んでいる。
仙王の発言で軍議が始まった。
「とうとう魔族が本格的に動き出した。この軍議の後、我々も戦場に向かう事とする」
皆の緊張で場の空気が張り詰めている。
「龍族が鬼族共を叩いてくれたお陰で、魔族は鬼族攻めに兵を割いているようだ。こちらに対する兵は減っている。しかも奴等は龍族が来ている事を知らん」
魔族も鬼族を潰したい、鬼族が弱体している今はいい機会だ。
「という事で今が好機だ。先ずは仙族と龍族の先陣が交互に魔族に当たってくれ。魔王がいなければ問題は無いだろう。魔王が前線に来たときは二隊同時に当たってもらう。その時は援軍を前線に送る。鬼族攻めに行っているかもしれんが、こちらの戦場に来る可能性が高いと見ている」
「「はい!」」
――おぉ、フドウ兄さんと軟派男が声を合わせた……。
「無駄な被害は出したくない。ダメだと思ったら引け。後発の隊が入れ代わり当たる。数はこちらが有利だ。山間の平地だ、波状攻撃で魔族を叩く」
仙王は話を終えると、両手を円卓の上に置いた。
「では、軍議を終える」
その声で一斉に皆が椅子から立ち、各々部屋を後にした。
「やぁ、メイリン。今日も美しいね」
「あら、アレク様。貴方様がいればこちらも心強いです」
「キミはボクが責任を持って守るからね。戦場で会おう」
「はい、後ほど」
軟派男アレクサンドが女性二人に向け、口づけを飛ばしてきた。
――気持ち悪い……。
メイファの顔が歪む。
メイリンは美人でおしとやかだ。アレクサンドを懐柔するのも時間の問題に見えた。
「よし、オレ達の仕事は最前線で敵さんの出鼻をくじく事だ! 暴れてやろう! オレ達は強い! メイファ、お前の隊は予定通り後方支援だ。オレ等が強すぎて出番は無いかもしれんが、やばいときは助けてくれ!」
「分かったよ」
フドウが隊の士気を上げる。
龍族隊と仙族の先鋒隊は、戦場の最前線に出向いた。
◆◆◆
「おう、アレクサ殿。俺たちが先に行こうか?」
「アレクサンドだと何度言えば分かる。ボクはメイリンを守らねばならない。キミらの出番はないよ」
「そうか、まだ魔王は来ていないようだ。この際二隊で攻めて、一気に敵さんの数を減らしてやらないか? 敵さんはオレ等が来ているのを知らんのだ」
「要らんと言っている」
「アレク様、私も兄の案に賛成です」
「む? メイリンがそういうのなら共闘もやむなしだな。足を引っ張るなよお兄さん」
「誰がお兄さんだ。じゃ、二隊で蹴散らすか!」
――アレクサンド、ちょろいな……。
左はパラメオント山脈の北端、右にはモーンブロン山。広大な平地に魔族が布陣しているのが見える。
「よっしゃ! 先手必勝! 行くぞお前らぁ!」
『ウォォ――ッ!!』
龍族、仙族の二隊が一気に駆け出し、魔族の先鋒隊に襲いかかった。
アレクサンドが予想以上に強かった。
「さて、ボクの力を見せてやるかな」
そう言うと浮遊術で上昇し、大袈裟に両手を広げた。
『仙術 恒星爆発』
とんでもない光の塊を魔族に投げつけ大爆発させると、魔族は大混乱に陥った。
「おいおい、アレクサ殿すげぇな!」
「フッ、分かれば良い」
「オレ等も続けぇー!」
『火遁 火炎龍!』
広範囲に、赤黒い炎が龍のように襲いかかる。まるで生きている様に何度も。
「ほぅ、キミもなかなかやるな」
何だかんだでこの二人は相性がいいのかもしれない。
二隊の同時先制攻撃は、大きな成果を上げた。さすが先鋒隊を任せられるだけあって、アレクサンドは強かった。
しかし、魔族も強い。個々の能力が高い。
さっきの二人の術でも、戦闘不能になった魔族は多くない。全員が強力な魔法を打ってくる。かなり厄介だ。
「敵さんもやるぞ! 盾役はしっかり守れよー! 皆で一気に風遁で切り刻んでやろう!」
『風遁 多段鎌鼬!』
鎌鼬の一斉攻撃。無数の風の刃が魔族の前衛を襲う。切り刻まれた者達の叫びが木霊した。
「ん? 何だ……? まてまて、こりゃだめだ……皆! 引けェー!!!!」
フドウの怒号で仙龍二隊が引いた。
その直後、途轍もない規模の魔法が隊の横を掠めた。
「おいおい、何だ今の魔法は……」
「キミが引けと言わなかったらヤバかったな……」
フドウは龍眼で気付いたようだった。
「おいおい、何で龍族が居るんだ? クリカラの野郎、仙族に降ったのか?」
魔族特有の鮮やかな燃えるような赤髪と、鋭い犬歯。
魔王『アスタロス・シルヴァニア』が仙龍の先鋒隊の前に立ちはだかった。