三人の英雄 4
「……というわけだ。仙神国にこの国の精鋭を送り、共闘して魔王を討つ」
龍王の屋敷の一室。
畳敷きの大広間の奥正面にクリカラが座り、その横には妻である参謀リンファ。その前に向かい合うように国の幹部が顔を合わせて座っている。
「当然儂とリンファ、この国の古参達で行く。お主ら兄妹にはこの国の未来を託す」
「おいおい、待て待て親父殿。万が一があったらどうすんだよ。相手は魔王だぞ? この国の未来にはあんたが必要だ、誰が纏めんだよ。あと、お袋殿が居なかったら新しい国の有事に誰が指揮採るんだよ」
「その時はお主が龍王だ。お主が国を纏めるがよい」
「それこそ勘弁してくれよ! オレにゃ無理だって。人には適材適所、役割があんだよ。オレの役割は戦闘だ」
「……しかし、移住計画は儂が言い始めた事だ。家でゆっくりなどしておれぬ。老い先短い儂らが行くべきだ」
「嘘言ったらだめっしょ父さん。あんたはあと数千年は生きるだろ」
「先が短いといえば私が適任でしょうね」
ボソリと発したメイリンの言葉に、皆の注目が向いた。
「……どういう意味だ、メイリン」
「私は今、病に侵されています。私達は寿命が長くても病には勝てない。私はこの国で一番医術に精通しているから分かる。私の命はそこまで長くない。だから私はこの命、この国のために使います」
「え!? メイリン姉さん、何で言ってくれなかったの!」
メイファはあまりの事に声を上げた。
「メイファ、貴方に言ったところで何も解決しない。新しい国が出来たら、私の弟子である貴方が診療所を作りなさい。病を治せるように。約束して」
「……分かったよ」
皆が静まり返った。
「メイリン、治らぬのか……?」
「はい、原因も治療法も分かりません。ただ、それを記録しているので、それをメイファに託します。この子なら何とかしてくれる。私の命はここで使います、私は魔族と戦う」
メイファはこの時に、新しい国に診療所を作る約束をした。皆の病気を治すんだと誓った。
「親父殿、言葉が過ぎるかもしれねぇが、あんた等は魔王には敵わねぇ」
「分かっておる。故にお主らに龍族の未来を託すのだ」
「だから言ってんだ。何で死ぬ気で居るんだって。オレ等が行けば死なねぇ。オレ等は親父殿より強い」
「それは……」
フドウの強さは国の誰もが認めるところだ。正論をぶつけられたクリカラの目が泳いだ。
「じゃあ、安心の材料を与えようか。オレはすげぇ能力を手に入れた」
「またお主は……気休めならば言わぬが良いぞ」
「マジだって。オレはそれを『龍眼』と名付けた」
周りの幹部も、またフドウの大言壮語が始まったと疑いの視線を向けた。
「……一応聞こうか」
「オレは敵の弱点が見える、目を瞑っていても背後でも、敵の動きが分かる。これは嘘じゃねぇ」
「何を言うておる……」
「考えてみろよ、あのイバラキの腕を斬ったんだぞ? 誰があいつを斬れる? あの強靭な肉体を。取り巻きが多すぎて仕留め損なったけどな……」
「……確かにそうだが」
「あと、オレは少し先の相手の動きを読める」
「お主、いい加減にするがよい。儂を出したくないのが見え見えだぞ」
「嘘だと思うなら確かめてみろよ」
二人の遣り取りを皆が見守っている。口を挟む者はいない。
「いくぞ」
「いつでも来いよ、動く前に何するか当ててやる」
二人は刀を抜き、正眼に構えて対峙した。
「上段に移行しての真向斬りだ」
「!?……偶然だ」
「八相からの袈裟斬りだ」
「……」
「横一文字だな」
クリカラは、信じられんといった表情を浮かべ、刀を鞘に納めた。
「お主……本当に視えておるのか……」
「こんなとこで嘘なんてつかねぇよ」
刀を納めたクリカラは、立ったまま目を瞑って考えている。
「親父殿、オレが行けば魔王になんて負けねぇ。メイリンも、もう覚悟を決めている」
「おいおい、何で俺が蚊帳の外なんだよ。俺が行かないと始まらないっしょ。誰があんたら守るんだよ」
リンドウが座ったままフドウを睨みつけ、口を挟んだ。
「決まったな。オレ等で行く」
「待ってよ! 私も行く! 妹一人置いていくなんて酷くないか!?」
「メイファ、あなたは国の未来。残って」
「ふざけるな! 何で私が死ぬって決めつけるんだ! 私は強い!」
メイファは目を剥いて叫んだ。
「……こいつ、言うね」
「分かった。メイファ、お前は後方支援だ。オレ等が潰れたら助けてくれ。大事な役だ」
「分かればいいんだよ。私を子供だと思うな!」
メイファは何が何でも参加したかった。
兄妹達に認めて貰いたかった。
「親父殿、お袋殿そういうことだ。オレたちは魔王を斬って帰ってくる」
目を閉じて考え込んでいたクリカラは、漸くゆっくりと目を開いた。
「確かに……儂らが行くより生存率が高いのは分かる。だが約束しろ、絶対に帰って来い。それが条件だ」
「当たり前だ。オレ達は死ぬにはまだ早ぇ」
「私も病に負ける気はありません。必ず治療法を確立します。後にこの病に負ける者がいなくなるように」
「分かった……お主ら四人と、信頼する部下を連れて行くが良い。ただし、信頼する部下だと言うて無理やり連れて行くことの無いように」
「当たり前だ。オレ達にそこまでの強制力は無ぇ」
ずっと黙って聞いていた参謀リンファが、初めて口を開いた。
「……さっきから聞いてりゃ、小童どもが好き勝手言うね。確かにわたしゃ戦闘では役に立たないよ。でも作戦の立案は出来る。付いていくよ」
「いや、お袋殿はこの国に残ってくれ。仙族の作戦の元で動いてみたい。オレ達はあんた達に甘えっきりだった。そろそろ独り立ちさせてくれても良いんじゃねぇか? 何百年生きてると思ってんだ」
フドウの真っ直ぐな目に、リンファはたじろいだ。両親を超えようとする兄妹達の意思が、ひしひしと伝わってくる。
「……どうあっても、私らを連れて行きたくないようだね……分かったよ。絶対に帰ってこい。私の作戦はあんたらありきなんだからね」
「任せとけって」
龍族の精鋭部隊の編成は決まった。
兄妹四人は仙神国に向かう準備をした。