婚礼の儀
昨日の大盛り上がりの熱が冷めないまま次の日の朝を迎えた。二日酔いこそないが、身体のダルさは感じる。
エマは店を皆に任せて半月の休みを取った。
ここには二日宿泊して里に帰ろうと約束していた。もう一日長く言っておけばよかったと後悔している所だ。
「エマ、どうせ今日は移動だ。メイクはそこそこでいいぞ?」
「そういう訳にはいかないよ。里の皆様と会うんだから」
エマの聯気の精度も大したものだ。レトルコメルスから里へは野営の必要は無い。
エマは早起きからの入念な準備を終え、皆のホテルに向かう。
ロンはユリアンと共に、レトルコメルスで休暇を過ごすようだ。ニナとのデートもあるだろう、それがいい。
ホテルのロビーのソファに深く腰掛ける。
さすがは贔屓にしている高級ホテルだ、ユーゴの顔を覚えていたらしく、コーヒーを二つ用意してくれた。
「おはよー二人とも! よく起きれたねユーゴ」
「あぁ、体調は万全じゃないけどな……」
「無理なら僕がおぶっていくよ」
――トーマスの世話にならないようにしないとな……。
東門から出て里を目指す。
エマは修練を欠かさなかったようだ、いい速度で着いてくる。
早朝に出て夕日が沈む頃、リーベン島に到着した。
まずは戻った事を里長に報告に行こう。
――魔力は……執務室かな。
襖をノックし中に入る。
「里長、戻りました」
「おぉ、早かったの。エマも久しぶりだ、ゆっくりして行くといい」
「はい! ありがとうございます」
今日帰ってきたのは報告の為だ。
「里長、エマと一緒になる事にしました。レトルコメルスに居を構えます。すぐに帰って来られる距離ですし」
「左様であるか、それはめでたい。また一段落してから婚礼の席を設けるのも良かろう。王都での酒宴までは特に何も無い。ゆっくりするが良い」
屋敷を後にして夕飯を考えよう。
「ねぇ、なから屋ですき焼き食べない?」
「いいね! すき焼き大好きだ!」
エマも大好きなすき焼きで決定だ。
そのままの足で名店『なから屋』に向かう。
ここの秘伝の割り下は絶品だ。
ギュウキの肩肉が口の中でとろける。
「ほんと、僕達が作るのと何が違うんだろうね……美味しすぎないここ」
「そうだよな。レシピ盗みにバイトしたいくらいだ」
女性三人はそんな事は関係なく、笑顔で肉を頬張っている。
里にもビールが輸入され始めたのはここ数年の話だ。少し割高にはなるが里の皆も気に入って飲んでいる。
腹いっぱいすき焼きと酒を楽しみ、家路についた。エミリーはメイファの屋敷へ帰って行った。
「さぁ、オレ達は父さんの屋敷に行こう」
「うん……ただ遊びに来たわけじゃないもんね……」
「いや、もう何度も会ってるんだ、今更緊張もないだろ……」
リーベン島の中心部、里長の屋敷の敷地内にある両親の屋敷。ユーゴがここで過ごした一年間がかなり昔に感じる。一人では広すぎる屋敷だった。
「ただいまー」
「あら、エマちゃんいらっしゃい!」
「お邪魔します!」
奥にはシュエンが座って酒を飲んでいる。
「おかえり、エマさんも一緒か。どうだ? 酒を飲もう」
「じゃあ私は布団の用意をしてこようかな!」
「いや、私がしますよお義母さん!」
もうすっかり嫁と姑だ。
仲がいいのはありがたい。
父さんと吟醸酒を楽しんでいると、楽しそうに二人が戻ってきた。
「なぁ、父さん、母さん。オレ達一緒になる事にしたよ」
「ホントに!? エマちゃんみたいなお嫁さんなら大歓迎だよ!」
「そうか、それはめでたいな。皆で乾杯しよう」
すでにエマの緊張はどこかへ行ってしまっている。皆で乾杯し、新しい家族の時間を楽しく過ごした。
「レトルコメルスに住もうと思ってるんだけど、いいか?」
「あぁ、お前達がしたいようにすればいい」
「私達もまた旅に出るかもしれないしね。ねぇシュエン?」
「そうだな、俺達は退屈が嫌いだ。それも楽しいかもな」
笑い声が飛び交う家族の団欒。
エマは両親を知らない、この時間を心底楽しんでいるように見える。
「ねぇねぇ、私達はゴルドホークでパーティーしたけど、この里の結婚式ってどんな感じなの?」
「そうだな、男は袴、女は色打掛を身につけて、仲のいい皆を呼んで宴会するのが普通だな」
「じゃあしようよ! エマちゃん、どれくらいここにいるの?」
「とりあえず半月は休みますけど」
「一週間後ね! 私が準備する!」
「えっ! そんな大変なことおまかせ出来ませんよ!」
「いいっていいって! 正直好きなのそういうの」
「じゃあ、着物はミオンに頼もうか、俺も手伝おう」
「なんか……悪いな」
――母さんは言い出したら聞かない。任せようか……。
風呂は軽く済ませ、布団に入った。
「あぁ、楽しかった……私にも両親がいるんね」
「これからいつでも来れるぞ。でも、大陸の結婚式に憧れはないのか? 母さん一人ではしゃいでたけど……」
「着物っていうの? すごく興味あるんだよね。ジェニーが向こうでもパーティー準備してくれるみたいなの、楽しい事はいっぱいあった方が良いじゃない? お義母さんにはお手間かけるけど、すっごく楽しみ」
「そうだな、向こうでもドレスを選ぼう」
少し話しているとエマが寝息を立て始めた。
――オレも寝よう。おやすみ……。
◇◇◇
一週間後、ユーゴとエマはミオン達に着付けをして貰っている。
ユーゴはすぐに終わったが、エマは三人がかりでやっと終えたようだ。
「どう……? 似合うかな?」
煌びやかな刺繍が施された打掛を羽織ったエマが出てきた。ドレスとは全く違う美しさだ。
「おぉ……綺麗だな……言葉を失うってのはこういう事か」
「綺麗だよね。動きにくいけど我慢してね」
会場は里長の屋敷の宴会場だ。
里長以下親族達と、ユーゴ達と交流のある人達を呼んでいるようだ。
襖の前に二人で並んでいる。
「なんか、緊張するね……」
「あぁ、今から何がどうなるのかも知らないもんな……」
襖が開くと、お膳の前に座った皆がこちらに注目している。
エマの美しさに皆が感嘆の声を上げ、大きな拍手が沸き起こった。
少し高くなった場所に並んだ二つの膳に並んで座り、一つの杯の酒を二人で飲み干した。
夫婦杯と言うらしく、同じ杯の酒を飲み交わし、夫婦の約束をするらしい。
皆の前で夫婦となる事を誓い、宴会が始まった。
数々の祝福の声、気心知れた仲間との一時、沢山の笑顔が溢れる素晴らしい会にしてくれた。
「母さん、ありがとな」
「良いのよ! 私が一番楽しんだかもね」
楽しい時間は一瞬だ。
平服に着替え、宴会は夜更けまで続いた。