生の実感
戦の前と変わらずレオナード王の城にお世話になっている。王国の厳戒態勢は解かれ、軍の緊張も次第に和らいできているようだ。
ユーゴ達は今、ランチに軽食を頂いている。紅茶やコーヒーを片手に、雑談しながら久しぶりの緩やかな時間を楽しめているのも平和な証拠だ。
「ねぇ、これからどうする?」
「多分もう少ししたら騎士にも休暇が与えられるだろ? ロンと一緒にレトルコメルスに帰ってもいいかなと思ってるんだけど」
「そうだね、騎士団入団祝いもしてないしね。ユーゴもエマと会いたいだろうし」
「えっ、あぁ……まぁそうだな。じゃぁ午後から騎士団詰所に行かないか?」
食後のティータイムをゆっくりと楽しみ、北エリアの騎士団詰所を目指す。
鉄格子の門前、すぐに団長への面会を許され案内を受けた。
――いや、ロンと話せればそれで良かったんだけどな……。
ジュリアがいるのもあるだろうが、ユーゴ達の顔もまぁまぁ広い。
団長室前、ノックをすると中から返事があり、中に入る。
「これはこれはジュリエット様。相変わらずお美しい」
「世辞はいいよテオドール。お前はどの女に対してもそう言うだろ」
「これはお手厳しい……で、どのような御用で?」
応接のソファに案内され、皆で座る。
「いきなり面会に応じてもらってすみません。ホント大した用事じゃないんですけど」
運ばれてきた紅茶に口をつけて用を告げる。
「騎士団に休暇は与えるんですか?」
「あぁ、厳戒態勢は解かれたからね。いきなり全員って訳にはいかないけど、三グループに分けて十日づつ与えようと思っている」
「なるほど、弟子を連れてレトルコメルスに帰ってもいいなと思ってましてね」
「ロナルドだね? 彼は今回の戦で素晴らしい働きをしたよ、勲章を与えようと思っている。ロナルド達は明後日から休暇を与える様に伝えているよ」
――へぇ、一年目のロンがそんな働きを……。
「それは師匠の一人として鼻が高い。ではロンに伝言をお願いできますか?」
「分かった、預かろう」
休暇を貰い次第レトルコメルスに帰る準備をし、オーベルジュの城を尋ねるように手紙を認めて、テオドール団長に渡した。
ロンからすれば、三年振りのレトルコメルスだ。しかも意中の女性を残して来ている。想いを伝えてはいないが。
「明後日から休暇だって言ってたな。いつでも出られる様に準備しとくか」
◇◇◇
二日後。
朝食を終え四人で食後のコーヒーを飲んでいる。
「皆様、お客様がお見えの様です。ロビーでお待ち頂いております」
「あぁ、分かりました。すぐに行きます」
皆がカップを飲み干したのを確認して声を掛ける。
「じゃあ、準備してロビーに向かうか」
「あぁ、今からなら日没までには着くね」
準備は既に済んでいる。
というより殆どを異空間に入れている為、いつでも出られる。着替えて部屋を出た。
ロビーの応接ソファには二人座っている。
「おまたせ。ユリアンも一緒か」
「おはようございます。もしお邪魔で無ければご一緒させて貰いたいなと」
「全く問題ない。一緒に帰ろう」
ほんの少し遅れて三人が降りて来た。
レトルコメルスまでに野営は必要ない、皆軽装だ。
「ロン! あんた勲章貰ったらしいじゃん!」
「あぁ、全騎士の前でいきなり呼び出されたから何を怒られるかと思ったよ……」
「確かにロンの働きは凄かったですよ。騎士団の被害が思いのほか少なかったのは、間違いなくロンの力です」
「おいおいユリアン……褒めすぎだって」
「クララとペドロは後日休みを貰うのか?」
「うん、二人とは隊が違ったからね。十日後に里帰りするって言ってた」
「そうか、んじゃ全力で飛ぶか」
話もそこそこに南東に向けて飛び立つ。
顔前に守護術を張らないと窒息する程のスピードだ。話そうとした所で声など聞こえない。皆無言で飛んでいる。
昇化した二人は気を使わなくとも問題なく着いてくる。このペースだと思ったより早く着きそうだ。
夕日が空を染める頃、レトルコメルスに到着した。
ロンとユリアンにとっては三年ぶり、ユーゴ達も何気に久しぶりだ。
「ホテル取って飯でも食うか。ユリアンも来るだろ?」
「えっ、ご一緒しても良いんですか?」
「もちろん! ご飯は大人数の方が美味しいからね!」
皆がいつものホテルにチェックインする。ユーゴはエマの所に世話になろう。ユリアンは実家に帰る、ホテルは必要ない。二人でロビーのソファに腰掛けている。
「こないだまで敵と戦ってたのに、ここは平穏そのものだな」
「そうですね、かなり神経をすり減らしましたよ……この休暇でリフレッシュしないと」
「ユリアンは別に門限があるわけじゃないだろ?」
「有りませんよ。何歳だと思ってるんですか」
「んじゃ今日は付き合ってもらうぞ!」
皆が降りてきた。
そのまま道向かいの冒険野郎に直行だ。
各自好きな料理とビールをオーダーし、乾杯する。
「カンパーイ!」
ユーゴの乾杯は話が長いからと、エミリーの元気な声が響き渡った。
かけがえのない仲間達と、生きて酒を飲んでいる。それだけで感慨深いものがある。
「美味いな。生きてるって感じがする」
「あぁ、アタシなんか死んでてもおかしくなかったからな」
「あぁ、オレなんて左腕が吹っ飛んだんだ、よく生きて帰ったもんだよ」
皆に言える事だが、よく生き残った。
エミリーは昨日、親族達の墓に報告に行った。心の整理がつかなくてずっと行けてなかったらしい。
この大戦で亡くなった兵も多い。更に大きな悲しみが生まれているのも事実だ。
二度とこんな過ちは犯してはならない。魔族と鬼族はこちらに戦を吹っかけて来ることはもう無いだろう。それほど完膚なきまでに叩きのめした。
多く悲しみを生んだ戦だったが、仲間達にとっては前を向いて進む事が出来る転機になったのは確かだ。
多くの犠牲の上に得たこの平和を守り続けなければならない。騎士団に所属するロンとユリアンにはその気持ちが特に強い。
ユーゴ達も何かあればすぐに駆けつける。
自分たちの幸せの為に生きてもバチは当たらないはずだ。
気心知れた仲間達と美味しい食事と酒。
話は尽きる事無く長い夜が始まった。