悪魔族の戦闘法
【魔都 シルヴァニア城】
「という事で、ファーヴニルを倒してアザゼル達にワタシが魔王を名乗る事を認めてもらったわ」
「あのアザゼル殿とラミア殿か、リリスへの警戒からこちらに来る事は無かったが、これからあの町との交流が出来るようになるのか。金の採掘は彼らと相談の上取り掛かろう」
マモンの報告を聞き、長兄ベアルが今後について思案する。
ファーヴニル討伐から戻り、一日ゆっくり休んでから皆を集めて今後について話し合っている。
食事をしながらの会議はもうやめた、理由は言うまでも無い。
「グラシエルから数人こちらに派遣されるという事だ、それを待って軍事演習をしよう。ルシフェルもまだ万全ではないだろう、皆で他種族の戦闘法を教え合おう。私達もまだまだ修練が必要だ」
「そうね、魔都の戦士全員が戦闘力を上げないと話にならないわ。向こうの人族は潜在能力が低いと言っても数がとても多いの。しかも、練気術をレクチャーされていると見ていいわ、戦力が跳ね上がってるわよ」
紅茶をズルズルと音を立ててすすっていたルシフェルが口を開いた。
「なぁ、前にオレ様の魔術と天魔剣術の説明したよな?」
「えぇ、闘気に魔力を混ぜ込んで扱うって言ってたわね」
「その事だが、簡単に言えばそういう事だと付け加えたのを覚えてるか? 移動中に詳しく話しても意味がねぇと思って言わなかった」
ルシフェルのおやつにポテトチップスが運ばれて来て話が中断した。
――あの嬉しそうな顔……こうなったらダメだ、少し待つしかないわね……。
バリボリと音が部屋に響く。
「で? 何かいい話?」
「あぁ、魔術で扱うのは魔力には違いないが、変質させて扱う。悪魔族はそれを『咒力』と呼んでる」
――咒力……聞いたことも無いわね……。
見回しても誰も聞いた事は無さそうだ。
「で、それはキミしか扱えなければここで言う必要はないが?」
「あぁ、神族も扱うことが出来たからテメェらも問題なく習得は可能だとは思うが、難易度はかなり高ぇな」
「その咒力を習得出来れば闘気を扱えなくてもかなりパワーアップしそうね。そんな話聞いたらウズウズしてきたわ、今から外に行かない?」
全員が頷いた。
皆自身のスキルアップには興味がある、準備をしてルシフェルの教えを乞う事になった。
城郭都市を出て適当な森に向かい、ルシフェルのレクチャーを受ける。
「さっきも言ったが、咒力への変質は難易度が高ぇ。まず言葉で説明するのが難しい……どう言えばいいか……『ガァ――ッ!』って感じだな」
ルシフェルは両腕で掻き回すようなジェスチャーを交えて皆に指導した。サッパリ分からないが。
「ルシフェル、前に自然エネルギーの扱い方をアナタの脳裏に写したわよね?」
「あぁ、あれは分かりやすかったな」
「アナタの咒力の記憶を貰えない? その方が分かりやすいわ」
「あぁ、別に構わねぇが」
許可を得てルシフェルの頭上に掌を乗せる。
ルシフェルは人に何かを教えるのが苦手らしい、戦闘法の全てを貰っておこう。
「なるほどね、記憶を貰ってもいまいち分からないわ……まぁ、皆にも写すわね」
皆にその記憶を配り、実践に移る。
「これは確かに難易度が高そうだな……」
「あぁ、悪魔族でも皆が出来る訳じゃねぇからな」
皆が試行錯誤して理解しようと試みている。
ベアルが何かに気が付いたように口を開いた。
「あぁ、ルシフェルのさっきのジェスチャーはミキサーじゃないか? 君はこの間メイドがフルーツジュースを作っているのを見ていたな?」
「それだ!」とルシフェルは手を叩いた。
「あれはミキサーって言うのか。そのイメージだな」
「なるほどね、身体の中の魔力を勢い良く掻き混ぜるイメージか。もっと言えば、魔力の粒を均一にするって感じかな」
「それよ、魔力の粒子の均一化だわ。言葉で言うのは簡単だけど、確かに高難度だわ」
半日体内で魔力を掻き混ぜ続けた。
魔力が体から出る訳ではない為、魔力の消費は無い。しかし、これはかなり難しい。
「一日で習得するのはさすがに無理だ、オレ様も練気術の空中歩行を頑張ろう」
城に帰る時もシャワーを浴びる時も、食事の時も寝る時も、体内で魔力を掻き混ぜ続けた。無闇に混ぜるのは良くない、意識して魔力の粒子を均一にするイメージを大切にする。
要はミキサーの様に魔力の粒子を細かくし、更に均一化するのが最終目標だ。
体は何もしていないのに疲れている。そのまま眠りに落ちた。
◇◇◇
朝食を皆で食べるのは日課だ、思ってる以上にマモン達は仲間意識が強いのかもしれない。
「鬼国側にはヤトノカミっていう魔物がいるって言ってたわよね? そこでは間違いなく悪鬼ラセツの思念が見られるわね」
「そうだろうな、また同じ話を聞かされるだろうけどね」
あれを見にわざわざファーヴニルクラスの魔物を倒しに行く必要があるのかどうか。自分の力試しはファーヴニルで事足りた。
――あぁ、力試しか。
「じゃあ、こうしない? ワタシ達が咒力を、ルシフェルが練気の空中歩行を習得出来たら、力試しにヤトノカミを倒しに行くの」
「そうだな、ボクは賛成だよ。今のところ全く掴めないけどね」
「オレ様は文句ねぇ!」
皆口々に賛成の意を表した。
「じゃあ、当面の目標はヤトノカミ討伐ね。数日内にグラシエルから派遣があるし」
テンは魔力が定まるまでマモンの近くにいた方がいい。ベンケイは軍事演習の準備の為シルヴァニア城に来ている。
北の鬼族の町づくりは順調に進んでいるらしい。山や森が近く木材が豊富であるのと、元々建造技術がある者が多い為だ。さらにその大きな体躯が作業効率を大幅に上げている。もう体躯の大小で差別をする物もいない、皆の関係は良好だ。
「ベンケイ爺さんも咒力の習得はして欲しいわね、鬼族の更なる戦力アップが望めそうだわ」
「この老いぼれもまだまだ鬼族に尽力せねばならん、ワシも参加させてもらおう」
◇◇◇
次の日の昼前にグラシエルからの派遣が来た。
「あら、アザゼルさんとラミアさん自ら来たのね」
「あぁ、久しぶりにシルヴァニア城を見たくなった、相変わらず美しい。それに、新たな戦闘法を学べるのに屋敷でじっとしているのもな。俺達はまだまだ元気だ」
「そうね、いつまでも現役でいたいものね」
二人はそれぞれ十人程の共を連れて来た。
魔族の重鎮二人の登城にシルヴァニア城は蜂の巣を突っついたような騒ぎだ。急遽宴会が開かれる事になった。
城内のホールでの立食パーティー。
色々な人と話せる様に配慮した。三兄弟も相当久しぶりに顔を合わせるようだ。
長兄ベアルが会を仕切る。
「アザゼル殿とラミア殿がおよそ1000年振りにシルヴァニア城にお越しになられた。今まで魔族の為に尽力なされたお二人に、暗君リリスのいないこの城を十分に楽しんで頂きたい」
ベアルがグラスを掲げると、皆もグラスを持ち上げた。宴会が始まりすぐに久々に会う魔族達の歓談が始まった。
――いい光景ね。
マモンがいた頃でも、皆が笑顔でグラスを傾けている姿など見たことがない。アスタロスが落ちて以来の暗黒の1000年を取り戻す必要がある。
良くも悪くも、暗君リリスのお陰で重税と引き換えに技術だけは発展した。1000年間発展し続けた人族の世と比べれば劣るが。
「早速明日から軍事演習を開始するわね」
「あぁ、それでいい。こんな会まで開いてもらって悪いな」
「ねぇ兄さん、いつも軍事演習ってどこでしてたの?」
アザゼルとラミアに挨拶を済ませたベアルに問い掛ける。
「あぁ、城郭の外に演習場がある、いつから使っていないのか覚えても無いけどね。整備はしてあるから各部隊には伝えておく」
「あぁ、最近綺麗にしてたあの平地ね。あれが演習場なのね、分かったわ」
政治的な事は長兄ベアルに、軍事的な事はその下の二人の兄に任せっきりだ。
まずは城内の軍の進捗状況の確認と、グラシエルの人達に仙術等をレクチャーする事から始めよう。
その後は咒力の説明だ、持ち帰って貰う他ない。何せマモン達もできない事だ。
明日からは再び魔族を一つにする軍事演習が始まる。