蒼の思念
里長の屋敷の前に着くと、すぐに執務室に案内された。
「遠路遥々よく来てくれた。まさか仙王自ら来るとは思わなんだが」
「いや、事が事だけにな」
執務室ではこの人数での話は出来ない。広間に移動し、各自座布団に座る。ジュリアがキョロキョロしたあと正座で座った。座布団など当然初めてだろう、足が痺れないといいが。
「さて、仙王には通信機で粗方話したが、封印の祠の話だ」
シャオウとメイファの後に続いてユーゴの両親も広間に入ってきた。皆が座ると里長が話しを始めた。
「里に帰ってすぐ、もう一度あの祠を詳しく見てみようと中に入った。奥にある台座を照らしよく見ると、四つの窪みのうちの一つだけが青く染まっているのに気が付いた。おそらくだが、その窪みに蒼の宝玉を嵌め込めば何かが起きそうだ」
「この島は仙神国に近い、本来我々が見つけるべき物だったのかもしれんな」
話もそこそこに早速ナグモ山に皆で飛び、封印の祠に着いた。
巨大な岩をくり抜いた様な洞穴で、入口には何かの模様の様な物が彫刻されている。どう見ても自然に出来たものではない。
「ヤマタノオロチと呼んでいた化物はこの祠を護る様にここにおった。封印が解けた時には禍々しい魔力であったが、ここに移住してきた時は禍々しさは無く途轍もない魔力であった。八つの首から放たれる災害の様な火魔法と、近づけば自由に動く首と八つの尾による攻撃、そして刀も通さぬ硬い鱗。手に負えんかった」
――そんな化物を父さんとヤンさんは二人で相手して斬ったのか……。
しかし、シュエンの日記には火魔法の描写は無かった。
「確かにヤンの能力との相性の良さはあったのかもしれないが、魔法を扱う気配は無かったな」
「あぁ、俺の能力は足止めに特化してる。でも魔法を封じる様な能力じゃねぇ」
「封印された事で魔力の変質がおきたか。意識障害の様な状態であったのかもな、まぁ考えても分からぬが」
里長を先頭に祠に入る。
火魔法で中を照らすと、思った以上に広く奥行がある。最奥まで進み、四つの窪みがある台座を照らし覗き込むと、確かに右下の窪みだけが青く染まっている。
「本当だな、よく観察せんと分からんレベルではあるが、確かに青く染まっている」
「翠の宝玉を嵌めても何も起きんかった。蒼を嵌め込んでみてくれるか?」
仙王は空間から宝玉を取り出し、台座に嵌め込んだ。すると、台座が青く発光し暗い祠の中を明るく照らした。
台座の上に人物が浮かび上がった。
ウェーブがかかった金髪に長い金の顎髭、そして綺麗な青い眼。
仙王によく似た老人だ。
「これは……まさか我々の始祖だと言うゼウスか……」
薄く透き通った人物の返事は無い、おそらくこれは思念だ。
浮かび上がった人物はゆっくりと喋り始めた。
「余は『ゼウス・ノルマンディ』だ、貴様ら仙族の祖である。良くぞあの八つ首を倒した、今の貴様らは天界の愚物共に対抗し得る力を付けたと見て良かろう」
倒したのは仙族ではないが、確かに里長達が束になっても敵わなかった化物だ。今は他種族の戦闘法を身につけ、皆が更に強くなっている。
「天界の愚物共と言うたが、貴様らには分からぬだろう。天界で何があったのか、何故貴様らが生み出されたのか、それをこれより見せる。余の恨みを共有せよ」
そう言うと、ゼウスの思念が流れてきた。
◇◇◇
「理解したか。サタン等との共闘など有り得ん、余の従者であるレイの龍族であるならば共闘すれば良い。とにかくあれを倒した貴様らだ、他の種族を併呑し封玉を集めここに置け。天界の道が開かれる故、その力であの愚物共を蹴散らしてくれ。それが余の唯一の願いだ、頼んだぞ」
ゼウスの思念は消え、祠の内部は暗闇に包まれた。再度火魔法で辺りを照らす。
「天界二種族への恨みか……我々には関係の無い話ではあるな」
「うむ、こちらから行かねば向こうから手を出される事もなかろう。魔族と鬼族との共闘など奴らから願い下げであろうがの」
確かに、天界の二種族にこちらからケンカを売る必要は無い、ゼウスには悪いが関係の無い話だ。むしろ、天界二種族のお陰で存在しているとも受け取れる。
――でも、マモンは面白そうな話だと思うんだろうな……厄介なヤツが敵にいるもんだ。
「魔族や鬼族の土地にも強力な魔物がおるのであろうの」
「おそらく、神龍の思念はニーズヘッグが守っていたと見て良いな。ユーゴ達がすでに倒している」
「なるほど、翠の宝玉を持って行かねばな」
「何にせよ、ますます宝玉を奴らに渡す訳にはいかなくなったな。奴らは必ず天界への道を開くだろう」
暫しの沈黙の後、ソフィアが口を開いた。
「ルシフェルは四種族の因子を全て持つ唯一の存在です。そして天界に恨みを持っている、必ずこちらの宝玉を狙ってきます。誰が持っているのか分からないようにしましょう」
「なるほど、そうだな。我とユーゴが宝玉を持っているのを奴らが知った事で、ルシフェルの復活を許してしまった。他に渡す必要があるな、それは後ほど考えるとしよう」
こんな暗い中で長々と喋る必要は無い。
祠から出ると正午近く、目が眩むほどの陽の光が差していた。