移動速度の大幅アップ
ユーゴは数日お世話になっているエマの部屋へと帰った。シャワーで汗を流し、就寝前に二人で飲み直す。
「ねぇ、私がウェザブール王の玄孫ってのにもびっくりしたけど、ユーゴ君はそれ以上の人だよね? あのお伽話だと思ってた仙王と仲がいいんだもん」
「え……? いや、仲がいいって事は無いけども……まぁお知り合いではあるな……」
「私にも言えない事……? ちょっと悲しいな……」
――まぁ、いずれバレる事だろうしな……エマなら良いか。他言する事は無いだろうし。
「これはキツく口止めされてる事なんだ……だから他には言わないでくれるか?」
「うん、今でも結構口止めされてるもん」
――うん、確かに……間違いない。
「オレは龍王の孫だ。オレは龍族だよ、この黒い髪はその証だ」
「はぁ!? えっ……ちょっと……想像超えてきたんだけど……うん、別にユーゴ君が何者でも良いんだ。私はユーゴ君の全てを知りたいの」
「分かった、もう隠す事はしない」
――でもややこしいから神族の話はやめとこう……。
「でも……そっか、龍族って事は長寿なんでしょ? ユーゴ君は若くても、私はお婆ちゃんになっちゃうね……」
「前にも言ったけど、トーマスやオリバーさんは眼が緑色だろ? 彼らは仙族の因子で昇化した人族なんだ。常人が成し得ない様な努力をした者が稀に昇化する事がある。だから武術を極めたらエマも昇化するかも知れない、そうなれば寿命は仙族と変わらなくなる」
「そっか、私はずっとユーゴ君と居たい。そしてお店も大事。頑張って武術に打ち込むよ!」
「うん! オレもサポートする!」
エマのそばにはロンがいる、奴に任せればエマは更に強くなるはずだ。
今日はゆっくり休んで明日はリーベン島へ向け移動する。エマとの暫しの別れを惜しむ様にベッドで重なり合った。
◇◇◇
朝食を済ませ領主の屋敷の門前に着くと、すでに皆集まっていた。後は仙王達二人を待つだけだ。
「すまん、待たせたか?」
「いや、アタシ達も今来たとこだよ」
「そうか、では行こう」
レトルコメルスの東門を出て、浮遊術でリーベン島を目指す。一泊の野営が必要だ。
「そうだ、仙王様達は増幅した風エネルギーで浮遊するんですか?」
「いや、うむ。まぁやってみれば良い」
意味深な反応だ。
とりあえずやってみよう。
浮遊術で飛びながら、増幅エネルギーを練気に混ぜてみる。
すると、とんでもないスピードで前進した。
――早すぎる! これ凄いな、すぐ着くぞ!
と思ったのも束の間、速すぎて息が出来ない。
失速し呼吸を整えていると皆が追いついた。
「分かったか?」
「えぇ、窒息しますねこれ……」
「速すぎて息が出来ないって事か?」
「うん、速すぎて風が顔にへばりつくと言うか……呼吸が出来ないから新たな風エネルギーも取り込めない」
「じゃあ、顔の前に守護術張って空間作ったら良いんじゃないの?」
皆の顔がエミリーに向いた。
「その通りだな。何故そんな簡単な事に気が付かんかったのか……」
早速顔の前に守護術を張り、思いっきり飛んでみる。守護術が風よけになり、呼吸を妨げることは無い。横から吹き込む風で問題なく風エネルギーを取り込める。
張った守護術を鋭角にして更に風の抵抗を無くすとスピードがアップした。皆がそれを真似てかなりのスピードで移動している。当然この速度で会話は難しい。
野営一泊の予定だったが、日が沈んだ頃にルナポートに着いた。
「まさか一日で着くとはな……二日あれば王都に着くって事か」
「最初は十日以上かかってたのにね……凄い進歩だよ」
流石に日没後に里長の所に行くのは気が引ける。
「俺ん家に来てもらってもいいんだが、ここの料理を食うのもいいよなぁ、仙王様、どうします?」
「そうだな、ヤンガスの家に世話になるのはご家族に迷惑だ、ここに泊まろう。もう目と鼻の先だ、明日の朝に海を渡ろう」
皆で海鮮料理を楽しみ、各自ホテルに帰った。
◇◇◇
次の日の朝、朝食をとった皆がホテルの前に集まっている。リーベン島まではすぐそこだが、ユーゴには会いたい人がいる。
「すみません、会っておきたい人がいるんです。皆さん先に島に渡っておいてもらえませんか?」
「そこまで時間がかかる事でも無ければ待つが?」
「本当ですか? お待たせしないよう早く済ませます」
「いや、紅茶を楽しんでおく、ゆっくりするといい」
皆で港の方に飛び、集合場所を打ち合わせた。
「もしかしてハオさん?」
「あぁ、ロンは元気にしてるって伝えとこうと思ってな」
「じゃ、私も行くよ!」
皆がカフェに向かう。
ユーゴとエミリーは出航前の船に近づいた。
「ハオさんどこかなぁ?」
「船の整備してるのは里の人じゃないんだな、聞いてみよう」
船の点検をしている男に近づいて聞いてみる。
「すみません、船長のハオさんはどちらにいらっしゃいますか?」
「あぁ、船長室にいるはずだよ。少し待ってくれ、案内しよう」
船の点検を終えた作業員が船長室まで案内してくれた。
「ハオさん、お客さんだよ」
「ん? あぁ、入ってもらってくれ」
「おはようございます。初めまして、ユーゴと言います」
「あぁ、里長のお孫さんだったな。初めましてじゃないだろ? 船に乗ってたの覚えてるぞ」
――あぁ、覚えてくれてるんだ。まぁ仙族連れてたしな……オレは知らなかったけど。
「ロナルド・ポートマンはレトルコメルスに無事送り届けましたよ。今騎士になる夢に向かって頑張ってます」
それを聞いて、ハオの顔が綻んだ。
「ロンか、懐かしいな。あいつはあの年ですぐに術を覚えたからな、面白くて会う度に術を教えた。まだあのボロボロの剣なのか?」
「いえ、レトルコメルスにヤンさんの刀が売ってたので買ってやりました。アイツはいい騎士になりますよ」
「ほぉ、ヤンガスさんの刀を。またここに寄った時は声を掛けるよう伝えといてくれるか? そうか、あいつ元気にしてるか。いい話が聞けたな、ありがとう」
ハオはニッコリ微笑んで仕事に戻った。
ユーゴとエミリーも一言挨拶し、ティータイム中の皆と合流し島へ飛んだ。