決戦の日
マモン達が突如王都を訪れてから二十日が経った、指定した日まであと十日。王都には変わらず厳戒態勢が敷かれている。
レトルコメルス、ジョカルド等の周辺都市は王都の後方にある為、騎士を王都に派遣している。当然各町の治安維持の問題もある、全ての騎士を派遣することは出来ない。
ユーゴとトーマスはジョカルドという町には行ったことがない。王都の東に位置するらしいが、仙王の話では長くマモン達の拠点になっていたという事だ。
ユーゴ達はあれから王都の軍事演習に参加して指導に回ったり、自分達の術の精度を上げる為、龍族や仙族の皆と一緒に演習場で互いの術を高め合っている。
今日も演習場に仙王、龍王を筆頭に各国の幹部クラスが集まっている。
「オレ達すごい所に居るんだよな……始祖四王とその側近中の側近達と演習してるんだもんな……」
「ゴルドホークを出る時はこんな事になるとは夢にも思わなかったよね……」
仙王と龍王が話しているのが聞こえる。
「錬気術は本当に素晴らしいな。もっと早く互いの術を教え合えば良かったと後悔している」
「うむ、仙術を採り入れた龍族も戦闘能力が跳ね上がったからの。魔法剣技を試して見たか? ユーゴが編み出した技だが、あれは剣の常識を変えるぞ」
「確かにあれは素晴らしい、魔族の戦闘法も我らを大きく変えた」
ユーゴの思い付きで皆の戦闘能力が上がっている。こうして皆で更に術を昇華させる事は素晴らしい事だ。
特に今は魔族と鬼族が手を組み、ウェザブールに攻めて来るかもしれない。王都には緊張が走っている。ただ、この緊張が皆の戦闘力を上げる要因になっているのも確かだ。
◇◇◇
そして日は流れ、明日が決戦の日。
オーベルジュ王の玉座の横の部屋に皆が集まっている。ユーゴ達四人も招集された。
「さて、明日が例の日だ。予定通り我々が砦内に魔力を抑えて伏せる。ユーゴ達四人で奴らを待ち、皆で叩く」
向こうにはシュエンもいる、おそらく来るだろう。エミリーの快癒をかける余裕など無い。色々考えを巡らせたが、まず奴らの考えている事が分からない。何か策を巡らせている可能性すら感じる。
ユーゴは手を挙げて発言を求めた。
「ユーゴ、なんだ?」
「はい、どうしても奴らだけで来るとは思えないんです。そこまで奴らは馬鹿じゃない。何かを目論んでる可能性も視野に入れるべきです」
「それは我も思っている。我の千里眼には気づかないまでも、奴らの行動が我らに筒抜けである事は向こうも理解していると見ていい。兵を追わせて伏せる可能性は高い。物見を増やして対応しようとは思う」
ユーゴ達は奴らとぶつからなくてはいけない。伏兵が動く前にヤツらを叩けばいい。
――となるとやっぱり父さんは。
「シュエンが心配か?」
ユーゴの表情を見てか、里長が言った。
「いえっ……はい……。助けたいけど、どうしようもないのは分かってます。その躊躇で軍を危険に晒すことも。今日の夜で切り替えます、大丈夫です」
「左様か、儂が責任を持ってあ奴の相手をしよう。お主は存分に暴れるが良い」
「はい、分かりました」
里長に任せるしかない、こればかりはどうしようもない。
明日の早朝に王都を出発し、決戦の正午に備える。皆の意志を統一して軍議は終わった。
「ユーゴ、私が里長さんと一緒にシュエンさんに当たるよ。快癒は範囲が広いからね」
「アレクサンドの相手は良いのか?」
「私じゃ敵わないよ。皆で掛からないと奴らには勝てない、それくらい私にも分かるよ」
「あぁ、そうだな……頼むよエミリー。オレも切り替える、こんな気持ちじゃ戦えない」
これはユーゴの私情を挟んでいい問題ではない。世界を巻き込んだ戦だ。
◇◇◇
次の日の早朝、軽く軽食を腹に入れ、砦に向けて進軍する。
予定通り、王国騎士団、仙族、龍族の精鋭部隊が砦内に魔力を極限まで抑えて潜む。
正午前には布陣を終えた。
ユーゴ達四人は砦前に出た。
太陽が真上に来た、正午だ。
マモンとアレクサンドとシュエン。
額の角を見る限り、あれが鬼王シュテンだろう。あと、ダークブラウンの髪の昇化した知らない女が一人いる。
「さぁ、本当にアナタ達四人だけなのかしらね。砦の中に誰かいるのかしら?」
「お前らこそ五人なのか? 嘘は嫌いだと言ってたが」
先程確認した時点では物見は帰ってきていない。奴らの後ろに何がいるのかは分からない。
魔力を抑えたまま、仙王と里長達が出てきてユーゴ達の横に着く。同時に精鋭たちがその後ろに出て来た。
その時だった。
ユーゴの脳裏に未来が映った。
アレクサンドが突如剣を抜き、凄まじいスピードで仙王に斬りかかった。
ユーゴは視えていたのにもかかわらず、咄嗟に刀を抜き守護術を施し、仙王の前に出る事しか出来なかった。
『キィィ――ン!!』
ユーゴの刀とアレクサンドの片手剣がぶつかり合い、高い金属音が響き渡った。
仙王、ユーゴ、アレクサンドが重なり合ってすぐ、三人を四色のオーラの様なものが包み込んだ。紅、蒼、黄、翠、宝玉と同色のオーラが頭上で渦巻き、ユーゴの中から何かが抜ける感じがした。
皆何が起きたのか分からない。
勿論ユーゴもだ。
ゆっくりとオーラが晴れる中、ドサッと一人の女性が落下した。うつ伏せで顔は見えない。
渦巻くオーラが晴れ、一人の男が現れた。
大柄で赤髪、肌は浅黒く目付きが鋭い。
「ファ――ッハッハッ! やったぞ! やっと解放された! しかもオレ様の元の身体も込みときた!」
突如出現した男の周りにマモンとアレクサンド、鬼人と仙人が近寄る。
「やったわ! 成功よ!」
「テメェらはオレ様の復活を画策してたヤツ等だな?」
「えぇ、そうよ。感謝しなさい」
「敵じゃねぇって事だな、まぁよろしく頼むわ。それはそうと……」
――まさか……例の魔神なのか……? て事はあの女性は母さん?
シュエンは呆然と立ち尽くしている。
「おい……黒髪野郎……よくも何度も何度もオレ様の邪魔をしてくれたもんだな……覚悟しやがれよコノヤロゥ!!」
『火魔術 炎熱領域!』
――魔術……?
途轍もない炎がシュエンを襲った。守護術を吹き飛ばし、シュエンは地に落ちた。
その術の威力は、皆の動きを止めるのに十分だった。
「トドメだクソ野郎! 剣をよこせ!」
――ヤバい……! けど間に合わない……。
魔神がマモンから剣を受け取り、シュエンにとどめを刺そうとしている。ユーゴが全力でシュエンの方に駆け始めたその時。
周りの動きが一瞬止まった。
高い金属音が鳴り響き、ユーゴの守護術と刀で魔神の剣を止めていた。
「……何ぃ? テメェあの距離から……あぁ、その眼……おい、一旦引くぞ」
「そうね、目的は達したわ」
いつの間にか魔族と鬼族の軍が、奴らの後ろに控えている。
「仙王、龍王、聞きなさい。ワタシ達はすぐにこの世をどうこうしようという気は無いわ。とりあえずは五年ね、五年後にまた使者を送るわ。それまでお互いゆっくりしましょ」
そう言い残してマモン達は帰って行った。




