新魔王誕生
辺りはすっかり暗い。
魔都の象徴、シルヴァニア城が月明かりに照らされて美しい。懐かしい、帰ってきた。長年思い描いたリリスの居ない故郷だ。
魔族軍は解散しそれぞれの持ち場に戻った。
鬼族軍は、魔都の城郭都市にほど近い湖辺りで野営をする予定だ。
「サンキチ、ゼンキ、魔族の幹部達と今後について交渉してくるわ。また明日ね」
「えぇ、分かりました。ありがとうございます」
「分かった! とりあえず腹減ったな……」
マモン達四人とテンとベンケイがシルヴァニア城に招かれた。
「まずは空腹を満たそう、食事を作るよう伝達はしてある。久々に兄弟で食卓を囲もうじゃないか」
「ボク達も良いのかい? 他種族だが」
「あぁ、マモンの仲間だろう? 構わない」
「シルヴァニア城に他種族が入るのは初めての事だろうねぇ。リリスの相手をしてた人族を除けばねぇ」
シルヴァニア城の中を、ベアルの後ろについて歩く。
シルヴァニア城内の一室。
かなり広い部屋の長方形のテーブルに向かい腰を掛けている。目の前には切り分けられたステーキやピザ、フライドポテトなど、例のダイナミックな食事の数々。
「さぁ、遠慮なく食べてくれ」
「やっと味の濃いものを食べられるな……ありがたい」
「そうだね……塩だけの食べ物は当分いいよ」
「これは初めて食べる料理じゃな……美味い……」
血のように赤黒いワインを食事と共に流し込む。この城で食べた料理を味わった記憶が無い、今日は全てが美味しく感じられる。精神状態が食に与える影響は大きい。
「やはりフライドポテトは止まりませんわ、ビールを下さる?」
「ボクもビールだ!」
皆魔族の料理を気に入っている。
ある程度腹が膨れた所で、長兄ベアルがワインを飲みながら口を開いた。
「まさかリリスを倒せる者がいるとはな。こんなにゆっくりと夜を過ごすのはいつぶりだ……まだ信じられないよ」
「えぇ、少し舐めてたわ、思った以上に強かった。まさか氷の魔法を扱うなんてね……」
「まさか、知らずに一人で戦ったのかい? 無謀だねぇ……」
「知ってたのなら教えて欲しかったわね」
感慨深そうに三人の兄は酒を飲んでいる。
三男マルバスも喋りはしないが、心なしかへの字口が緩んでいる。
「しかし、今日のマモンの剣筋は素晴らしかったよ。もうボクが言うことはないね」
「あぁ、練気の扱いも完璧だった。もうお前は魔法アタッカーではなく剣士だな」
「えぇ、渾身の一突きだったわ。練気術の精度を上げてなければ勝てなかったわね」
マモンはベアルの方に向き直り、声をかけた。
「ねぇベアル兄さん、ワタシは昨日も言ったけど、リリスに恨みがあってここを出た、魔族に恨みは無いの。人族の世に行ってよかった、仲間達に各種族の戦闘法を教わらなければ、あの暗君はこれからずっとこの魔都を傾け続けたわ。あの女亡き今、ワタシ達ここに居ていいかしら?」
「今更何を言う。君はあの魔王を一人で斃したんだ、我々魔都の魔族一同感謝しかない。次の魔王はマモン、君だよ」
他の二人の兄も静かに頷いている。
「今まではリリスの傾けたこの国を建て直す事だけに囚われていたからねぇ。これからは魔王マモンの補佐をさせてもらうとするかねぇ。仲間の皆も種族間の遺恨を忘れてマモンを助けてやって欲しい」
「ありがとうね兄さん達。こんなにスムーズに里帰り出来るとは思ってなかったわ」
「…………もう……一生リリスの元で……奔走しなければならないと……諦めてたからな…………礼を言う……」
――マルバス兄さんが……喋った。
上の二人の兄も目を剥いて驚いている。
兄二人の前以外で喋る事など殆ど無い事らしかった。
「でもね、王って国の皆に認められてこそだと思うの。兄さん達に認められたのは嬉しいけどね」
「軍の皆は認めているだろうがな。そうだな……分かった。マモンがリリスを討ち、奴の支配が終わったと他の町にも触れて回ろう」
マモンが魔王を自称するのは簡単だ。しかし、国民の支持なく魔王を名乗る事など、やっている事はリリスと変わらない。各町を回ることも検討したい。
「魔都はマモンの治める国になった訳だね。ボクも補佐させて貰おう、宜しく頼むよ御三方」
「わたくしはマモンの秘書になりますわね」
次は鬼族の事についてだ。
「ねぇ兄さん、昔から仙族と龍族は同盟関係にあるわよね? ワタシは鬼族達と魔都で共存したいの」
およそ一月前に鬼国で起きた事を掻い摘んで話した。
「なるほどねぇ、ベンケイの事は覚えているよ。いつからか見なくなったのはそういう事だったんだねぇ」
「うむ、徐々に戦に参加させて貰えなくなっておったのぉ。あの愚王はこのシュテンが葬った。そして我々はあの国を捨ててきた」
「それでね、ワタシ地図で見たんだけど、魔都の最北端に誰もいない町があるわよね? そこに新しい鬼族の国を作ったらどうかと思ったの」
「あぁ、最北端と言ってもここからそう離れていない。ここから我々の足で半日あれば着く。シルヴァニア城から一番近い町だった為に重税に耐え兼ねて皆が逃げた。当然、好きに使えばいい。そもそもそれを決めるのは魔王であるマモン、君だ」
結構近いらしい。
連携を取るには良さそうだ。
「オラは鬼族の皆の信頼を得て鬼王になるつもりだ。鬼族にとってもマモン達は恩人だ、有難く土地を使わせてもらうよ」
シュテンは頭を下げた。
「ミックス・ブラッドが四王を名乗る時が来るとはねぇ。時代は変わったねぇ」
アグレスの言葉に、他の二人も頷きながらワイングラスを傾けている。
「よし、リリスの居室を改修させよう、そこが新魔王の部屋だ」
「良いわよあんなに広い部屋……」
「そうはいかない、我々の象徴だ。狭い部屋に置いておく訳にはいかない。勿論皆の部屋も用意しよう」
「まぁ、部屋にシャワールームがあるのは嬉しいわね」
「よし、オラと爺ちゃんは鬼族の野営地に行くよ。明日には北に移動する」
「分かった、道案内を付けよう」
「ほんとか? ありがとう!」
「あ、テン、アナタはまだ魔力が定まってない。なるべくワタシかシュエンの近くにいなさいよ。少しでも違和感を感じたら早めに言いなさい」
「分かったよ!」
テンとベンケイは礼を言って出て行った。
「とりあえずシャワーを浴びたいわ……」
「よし、皆を部屋に案内しよう。シャワールームもな」
各自部屋に荷物を置き、シャワールームで二十日分の垢を落とした。




