練気術の精度
「おい! 何だそのスピードは!」
シュエンの飛行速度は異常に速い。皆ついて行くだけで必死だ。
「あぁ、すまない。そうだな、錬気術から教えるか」
「まず、なぜ龍族のキミが浮遊術を扱える?」
「んー、どう言えばいいか……仙族に教わった訳じゃ無いんだが……俺も分からない」
「記憶を貰ったワタシにもどう言えば良いか分からないわ。まぁ、皆にその錬気術ってのの扱い方を映すわね」
マモンはアレクサンドとサランの脳裏に記憶を映した。ついでにシュエンにも魔族の戦闘法を。
「おぉ、これは便利な能力だな」
「なるほど、気力の扱い方が違うのか。この発想は無かったな」
「気力の節約はありがたいですわね。修練して剣の斬れ味も試してみたいですわ」
ジョカルドに向けた街道を少し逸れて、森の中で錬気術の指南を受けた。風エネルギーを錬気に混ぜた途端、皆打ち上がった。
「あえて言わなかったが、やはり皆そうなるんだな。予想通りで可笑しかったぞ」
「何よ今のは……調整して使わないととんでもない事になりそうね……これは凄いわ」
「あぁ、一番変わるのは魔法や仙術の威力と剣の斬れ味だ。気力のボールを錬気にしてみろ、割れることは無くなるはずだ。これは素晴らしいぞ 」
錬気術のお陰で三人の戦闘能力は跳ね上がった。移動速度は勿論、剣の斬れ味は格段に上がった。シュエンも術の圧縮の恩恵を受けている。
『剣技 流星斬り』
首を斬られたスレイプニルが、数歩歩いて倒れた。
「とんでもなく斬れるわね。シュエンちゃんのその剣は何?」
「あぁ、刀だ。俺の故郷の武器だ」
「へぇ、綺麗ね。龍族の剣に流派はあるの? ワタシはアレクサンドに仙神剣術を教わったけど」
「龍族の剣術は龍王達が基礎を作った。が、流派は無い。上・中・下など基本の構えから繰り出す技は多数あるが、基礎を教わった後はそれを修練し各自で昇華させるよう刀を振り続ける」
「なるほどね、一度シュエンちゃんとも手合わせ願いたいわね」
アレクサンドが意外そうな表情で、二人の顔を交互に見ている。
「……マモンがちゃん呼びしてるな。シュエン、キミは気に入られた様だ。ジョカルドのバーテン以来じゃないか?」
「そうだったかしら? まぁ何でもいいじゃない」
「まぁ嫌われるよりはいい。マモンは恩人だ、よろしく頼むよ」
その他、補助術は強化術として身体能力を底上げし、守護術も別物になった。
「ワタシの防御もこれでマシになるわね、素晴らしいわ」
「あぁ、ボクも盾役として更に強くなるね。技名は堅牢だったかな? ボクは今まで通り堅固な城壁で守護術をかけるよ」
「自然エネルギーを組み込んでるんだ、もう龍族の堅牢じゃない。さっきも言ったが、基本さえ習得すれば自分で昇華させてこそ技だ」
錬気術を教わりながら野営で一泊し、ジョカルドに到着した。
「着いたわね……シャワーを浴びたいわ……」
「あぁ、今までで一番長い移動になったな」
「すまなかった……俺のせいで」
「わたくしの屋敷に行きましょうか。まとめてお金を渡して維持はしてますわよ」
マモンが魔力を吸収してからはシュエンは落ち着いた。魔力過多による意識障害は消え失せたようだ。
魔力障害を患っているようで、物静かな声遣いの奥には言いようの無い苛立ちを感じる事がある。
「シャワーを浴びてから食事にしましょう。今日は屋敷でゆっくりしませんこと?」
「そうね、少し疲れたわ」
「では、食事の用意をさせますわね」
サランの屋敷は定期的に掃除され綺麗に保たれていた。メイドを呼び、食事の準備をするように頼んだ。
シャワーを浴び、ダイニングに集まる。
「あぁ、やっと来た。先に飲んでるよ」
マモンとサランが遅いのを見越して、男二人は先にワインを飲んでいた。
「酒なんていつぶりだろうか、また楽しめる時が来るとはな」
「アナタの指導でワタシ達はさらに強くなれたからね、魔力吸収は任せてちょうだい」
すぐにサランも来て食事を頂き、食後もワインを飲みながら話す。
「さてシュエンちゃん、アナタの面白そうな記憶について聞こうかしら。二人の脳裏にも映しとくわね」
アレクサンドとサランにも記憶を共有した。
「魔神だって……? 何者だそれは。キミのワイフが息子のユーゴの中に自分と共に封印したという事だね。キミはその魔力を吸収し続けて暴れていたと言う事か」
「あぁそうだ。息子の名は出さないでくれ、頭が割れるように痛くなる」
シュエンは見る限り中等症の魔力障害だ。重度になると破壊衝動を抑える事が出来なくなるらしい。魔神の魔力の増大で意識障害にかかったのが良かったようだ。
魔力障害による苛立ちや憎悪は全て親密な関係にあった者達に向けられている。特に息子には強く働いているようだ。
話を聞いている限りでは、記憶の錯綜があるようだ。息子のせいで妻が居なくなり、自分が自我崩壊にまで追い詰められたと。シュエンに魔力障害の自覚はない。
マモン達に関しては、親交が無かったうえに、意識障害から救ってくれた恩人だという気持ちが働いている。
「ね? 面白そうでしょ? 記憶で見てるんだもの、存在を疑う余地はないわ」
マモンはその魔神を解放させたい。
しかし、シュエンはそれを許さないだろう、妻が必死で封印した敵だ。
――どうしようかしら、ウソをつくのは嫌なのよね。
「あれを面白そうとは随分軽く見てるな。あれはやばいぞ」
「シュエンちゃんの奥さんだけを助ける方法は無いかしらね。望みはそれでしょ?」
「あぁ、それが出来れば一番いい」
アレクサンドが何かを思い出した様に喋り始めた。
「……大昔、子供の頃にお祖父様から聞いた話があるんだが」
「なぁに?」
「始祖四種族はそれぞれ『宝玉』と言うものを所持し、奪い合っていたそうだ。途中からそんな物は関係なく争っていたようだが。四つ集めたら何が起こるかは分からないが、いい事が起こるんじゃないか?」
「……宝玉ね、シュエンちゃんは龍王の息子でしょ? 聞いたことないの?」
「いや、聞いたことも無いな」
「四つ集めたら願いが叶うのか、何かが手に入るのか。とにかく何かは起きそうね。その魔神もどうにかできそうじゃない? シュエンちゃんの奥さんも」
「なるほどな。そう都合良く事は進まないだろうが、何かは起きるだろう。それに賭けるのも有りか」
――宝玉か。また面白そうな話を聞いたわね。
「もっと詳しい話を聞けないかしら?」
「話を聞くとすれば、始祖四王クラスに聞きに行くしか無いだろうね。難しいよ」
「そうよね……」
シュエンはワイングラスを飲み干し、静かに口を開いた。
「……俺は魔神の魔力のせいで、ここ十年近くまともに眠れていないんだ。でも、今日からは少し眠れる気がする。体調との相談もあるが、皆で錬気術や剣術の制度を上げないか? 俺もかなり腕がなまっている。始祖の三種族が集まっているんだ、俺達はかなりのパーティーになるだろう。その後、龍王に宝玉について聞きに行っても良いんじゃないか?」
シュエンの提案に三人は首を縦に振った。
「そうね、向こうもワタシ達に暴れられたら困るでしょうね」
「あぁ、龍王は龍族の死を嫌って争いから降りた過去がある。俺達が暴れて同族が死ぬことを良しとしない。脅しにもなるだろうし、宝玉を出せと言っても良いかもな」
四人はギルドの依頼がてら剣や術の修練をする事にした。錬気術を習得したマモンならリリスなど敵では無さそうだ。一対一なら、の話だが。
各自部屋に戻り、旅の疲れを癒した。




