ショッピング
朝起きてホテルの朝食を食べに行く。
マモンは昼近くまで寝ることは無い。二日酔いになるまで飲むことも無い。朝食をゆっくり楽しむのは日々のルーティーンだ。
アレクサンドはたまにしか見ないが、サランとはいつも朝食を共にする。
「おはよう、サラン」
「あら、おはよう。お先に頂いてますわ」
「今朝はアレクサンドは起きて来ないと見ていいわね」
「えぇ、あの後繁華街に消えて行きましたわ。遅くまで楽しんだとみていいでしょうね」
食事を終え、いつものようにゆっくりと紅茶を楽しむ。
「サランは今日何するの?」
「何も考えてませんわ。マモンは何するのか聞こうと思ってましたの」
「じゃ、ショッピング行かない? 鎧の下に着るシャツも欲しいし、洋服も見たいわ」
「そうですわね、シルクシャツを新調する時期ですわ」
マモンとサランは朝食を食べるにも着替えてメイクをしている。スッピンで出歩くなんて考えられない。いつでも出かけられる準備はしている。
「さぁ、今日も紅茶が美味しかったわ。出かけましょうか」
「ええ、行きましょ」
中心街に出て洋服店を探す。
大通りは朝から賑わっている。さすがは交易都市、歩けば肩が触れそうな程に人が多い。行き交う商人や貴族、冒険者達も活動的だ。
「冒険者が多いと思ったら、ここが冒険者ギルドね。場所は覚えておかないと」
「あ、あのブティック良さそうですわよ?」
そこまで大きくは無いが、センスのいい店構えでショーウィンドウには綺麗な洋服が並んでいる。
店に入り、洋服の袖口を触ってみる。高価だがシルクの質がいい。
「デザインが良いわね、気に入ったわ」
数点の洋服を選び、試着室へ向かう。
ラインが素晴らしい。
「お気に召されましたでしょうか? 当店は『ヴァロンティーヌ』というデザイナーの直営店でございます。レトルコメルス内に数店舗構える人気デザイナーでございますよ」
「へぇ、有名なのね。ワタシ好みだわ」
「わたくしも好きですわね」
どれ一つとして似た服がない、けど全てが斬新で美しい。可愛い洋服やクールな洋服、全てがマモンの好みだ。
「ありがとうございました。またお願いしますね」
笑顔の店員に見送られ店を後にした。
「買いすぎたわ……ヴァロンティーヌか。このブランドは贔屓にするかもね」
「えぇ、本当に。わたくしも買いすぎましたわ。マモン、預かりますわよ」
「いつもありがとね」
一日サランと一緒に過ごした。
夕飯時にはアレクサンドも合流した。
「良くここが分かったわね」
「それだけ魔力を解放してれば町の外にいても分かる。もう少し魔力を抑えたらどうだ。トリプレットとやらに見つかるぞ?」
「あら、早く見つけて欲しいのよ?」
「ホントにキミは退屈が嫌いな様だ」
◆◆◆
三人は連日オシャレな店でランチをしたり、夜はバーやラウンジでお酒を楽しんだりと久しぶりの大都会を楽しんでいる。サランとお気に入りのヴァロンティーヌの洋服に身を包んで。
「都会はいいですわね。全てが洗練されてますわ」
「ジョカルドは田舎じゃないけど、ここほど都会じゃないものね」
夜は初日に絡まれたバーで飲んでいる。印象は最悪だったが、店が悪い訳ではない。今やお気に入りの店の一つだ。
「そう言えば、あれから何事も無いわね。この店にもしょっちゅう来てるのに。せっかく逃がしてあげたのに下っ端過ぎたのかしら」
「下っ端がBランク相当ってのは、組織としてはかなりデカそうだね」
ゆっくり飲んでいると、店の中心辺りで喧嘩が始まった。
「てめぇこのやろう! 俺らに絡んでくるとはいい度胸だな!」
「お前らこそだ。飲むのはいい、場を弁えろと言ってるんだ」
「うるせぇな……表へ出ろよ」
――マフィアの下っ端の小競り合いかしら。鬱陶しい。
店内が静まり返る中、奥から誰かが出てきた。スラッと背の高い明るめのブラウンの巻き髪で、洗練されたオシャレな女だ。
「どうした? 他のお客さんに迷惑だよ」
「あぁ、ボス。こいつらトリプレットです。しょっちゅうこの店に来て客に絡むんですよ」
「金払ってんだぞ! どう飲もうが勝手だろ」
「私はこの店のオーナーだ。周りの迷惑になるから出て行ってくれるか?」
「あ? ねーちゃんよ、怪我しねぇうちに引っ込みな」
ボスと呼ばれた女は外に向かって歩いていく。口調は荒いが声色は美しい。
「店を壊されたら堪らないね、表に出な」
「へっ、女がいい度胸だな」
チラッと見えたが、女は眼が緑色だ。
洋服の趣味もマモンと一緒だ、興味をそそられた。
「アレクサンド、サラン、見に行かない?」
「あぁ、ボク好みの長身美人なレディだ」
マモン達が外に出た時には、もう最後の一人を痛めつけているところだった。
三人はおそらくBランク以上だ。それを一瞬でとなるとかなり強い。女は最後の一人を痛めつけながら言う。
「私を知らないのか? 下っ端だね。マルフザンは把握してるのかい? お前達のせいで抗争に発展しかねないぞ」
「……すみませんでした……」
「私は『女豹』のボスだよ、覚えときな。マルフザンには言わないでおく、二度とこの店に来るな」
気絶した二人を置いて逃げるように帰って行った。
――弱いなら大人しくしとけばいいのに。
「美しい……気に入った」
「え? アレクサンド……?」
アレクサンドが女ボスの方に歩いていく。
これは止めた方がいいかもしれない。
「やぁ、こんなに強くて美しいレディは久しぶりに見たよ。一緒にワインで乾杯しないかい?」
女ボスは怪訝な表情でアレクサンドと、止めようとしたマモン達を睨んでいる。
「……さっきから気づいてはいたけど、タダ者ではないなお前達……あぁ、後ろの二人は私の洋服を着てくれてるのか。ありがとな」
「私の洋服……? え、この服のデザイナーなの!?」
「あぁ、私は『ヴァロンティーヌ・シモン』だ。趣味で服のデザイナーもしている」
「ホントに!? ワタシこのブランドの大ファンになっちゃったの! お酒奢らせてくれない!?」
マモンは珍しく満面の笑みを浮かべ、ヴァロンティーヌの手を取った。
「……なんなんだお前達は……まぁいい、私の部屋に招くよ。その異常な魔力の話を聞かせて貰おうか」
ヴァロンティーヌは三人を応接室に招いた。




