双頭の犬
「パラメオント山脈に連なる『アズガルシス山』で採れる鋼の質がすこぶる良くてな。ここの産業の一つだった」
「だった? 今は採れないの?」
「いや、採れる……が、20年ほど前になるか、アズガルシス山にとんでもねぇ魔物が住み着いたんだ。双頭の犬の魔物『オルトロス』がな。タチの悪ぃ事に坑道に住み着きやがった」
それを倒せば最高の防具が手に入るのは間違いない。ただ、SSランクを超える魔物だろう。
「その鋼で作った合金はないのか?」
「あるよ、小さいけどな」
そう言って主人は奥から一枚の金属板を持って来て、アレクサンドに手渡した。
「ほぉ……これは見事だね。ここに並んでるどの防具よりも上質だ」
「アナタの国にも無かったの?」
「うちの加工金属もかなり頑丈だからね。でも良い金属はあったな……あぁ! アズガルシス鋼か! 思い出したよ。入手難易度が高すぎてなかなか出回らない金属だと聞いたが」
「……あぁ、オルトロスが住み着く以前からアズガルシス鋼の入手難易度は高い。まず、あの山にはSランクの犬の魔物『ヘルハウンド』が住み着いてる。一匹や二匹じゃねぇ」
Sランクの魔物を複数体相手するとなると、冒険者ランクで言えばSSランク相当だ。そんな冒険者はゴロゴロいる訳では無い。
「まず、アズガルシス鋼を入手するには、鉱夫に採掘を依頼しなきゃならねぇ。そいつらを守る戦士も必要だ。普通は防具が欲しい冒険者が鉱夫に依頼するが、ほとんどがヘルハウンドに食い尽くされて全滅だ。だから鉱夫が行きたがらねぇ。そもそも採掘する者がいねぇんだ」
「……そりゃ相当難易度が高いな」
「オルトロスを討伐して、ヘルハウンドを数頭仕留めて帰ったら鉱夫達の信頼は得られるかしら? SSランクの冒険者な訳だし」
「あぁ、SSの冒険者なら安心だ。普通は最初に遭遇したヘルハウンドを討伐させて、冒険者の実力を見てから坑道に向かう。じゃねぇと、見ず知らずの冒険者に命は預けられん」
まずはオルトロスの討伐だ。
それが出来ない事には話は進まない。
「どう? 二人共。アズガルシス鋼の防具、欲しくない?」
「あぁ、ボクは欲しい。かなり良い物ができるのは間違いない」
「わたくしの防具の質も跳ね上がりますわね」
「じゃ、ご主人、オルトロスを討伐したら、鉱夫を紹介して貰えるかしら? あと、加工と防具作成はアナタに任せるわ」
そう簡単に言ってのける三人を交互に見て、主人はあんぐりと口を開いている。
「……本当に行くのか? あぁ、俺に任せてくれ。弟子達にも見せてやらねぇと後世に伝えられねぇ。武具の整備は明日の朝までに終わらせとくよ」
オルトロス討伐は明日だ。
さすがのアレクサンドも女漁りには行かなかった。ゆっくり身体を休めよう。
◆◆◆
「おはよう二人とも」
アレクサンドとサランは既に朝食を食べている。
「あぁ、おはよう」
「おはようございます。調子はいかが?」
「えぇ、よく眠れたわ」
朝食にもソーセージ。
パンによく合う。
「昨日の鍛冶屋の主人、昇化してたわね。武具作成の他に剣術も使うのかしら?」
「いや、何も武に秀でた者だけが昇化するわけじゃないよ。常人が出来ない様な努力をして、その道を極める程に打ち込んだ者が稀に昇化するんだ。学問や武具作成等で昇化する者もいる」
「そうなのね、今まで会った仙人は皆ある程度強かったからてっきりね」
「例えば、学問を極めて昇化した者が修練して剣士や術師になる事もあれば、そのまま学問の道を更に突き進む者もいる。全ての仙人が武に秀でてる訳ではないね」
なるほど。
昇化するほど武具作成に打ち込んだあの主人はかなり腕が良さそうだ。信頼して良いだろう。
「さて、行こうか。まずは武具を取りに行って、ギルドだね」
そこまで大きな町ではない。大まかな地理は頭に入っている。少し歩いて鍛冶屋に着いた。
「おう、出来てるぞ。久しぶりに特級品の武器を触ったよ」
「ほぉ、これは見事だね。さすが昇化するほどの鍛冶師だ、腕が良い」
鞘から抜いて観察する。
今まで見た事が無い程に剣が光り輝いている。
「あぁ、鍛冶仕事に人生を捧げてるからな。60過ぎた頃だったかな、いきなり眼が緑色になって驚いた。武器を打つのに槌に気力を纏うからな、気力量が増えたのが一番嬉しかったよ」
主人は50歳前後に見える。昇化すると若返ると言う話は本当らしい。
「ありがとね、行ってくるわ。鉱夫の件、頼んだわよ」
「おう、任せとけ」
整備の代金を支払い、冒険者ギルドへ向かう。
「なかなか賑わってますわね」
「えぇ、パラメオント山脈が近いと、魔物の討伐依頼も多そうね」
ノースラインのギルドに比べると建物も大きい。冒険者の数もそこそこだ。
依頼を確認する。一番目につくところにオルトロスの依頼書がある。相当討伐して欲しいらしい。
「これね、やっぱりSSランクよね」
「サランもSSランクに昇級できるし、防具も良くなる。いい事ずくめじゃないか」
オルトロスとヘルハウンドの依頼書を持ってカウンターに行く。
「おぉ、オルトロス討伐の受付は久しぶりだな。たったの三人で行くのか?」
「三人パーティーなもんでね」
「そうか……気をつけてな! 討伐したら領主んとこに行ってくれ!」
アズガルシス山は、歩けば少し距離があるが浮遊術ですぐの所だ。
討伐に手こずらなければ昼までには帰れるだろう。




