マモン・シルヴァニア
彼は魔都シルヴァニアで魔人として産まれた。
魔王リリスと人族の男との子、髪は赤いが魔族特有の鋭い犬歯は無い。
父親は見たこともない。母リリスと人族の父が恋に落ちて産まれた子ではない。
兵器として造られたに過ぎない。
このままではリリスにこき使われる。
マモンは欠陥品を演じた。
演じたとはいえ、面と向かって欠陥品と言われた時は落ち込んだ。リリスはマモンに対しての愛を微塵も持ち合わせていない。
マモンもリリスに従ってやる義理はない。あの女には憎悪の感情以外何もない。
◆◆◆
マモンは男に生まれたが、心は女だった。
かなり早い段階で気付いてはいた。が、誰にも言えなかった。モレクにも、メイドのエナリアにも。
ある日、エナリアに頼み事があり部屋に行った。部屋には居なかった。
少し開いたクローゼットからエナリアのワンピースが見えた。
マモンは、それを着たいという衝動を押さえきれなかった。ワンピースを身に纏い、鏡の前に立つ。
――可愛い……。
こんな服を着て外を歩けたら。化粧もして、もっとお洒落して出歩きたい。鏡に映る自分の姿を楽しんだ。
ガタンと入口から音がした。
モレクだ、顔から血の気が引くのを感じた。
「モレク……いや、違うんだ……」
シーッとモレクが静止する。
「マモン様、女の子の服を着たいという気持ちは悪いことじゃありませんよ」
「ホントに……? ワタシ、男なのに悪いことしてない?」
「マモン様にだけ言うわね、私もなの。私も男に生まれたのに、心は女なの……」
モレクもマモンと一緒だった。
何かが解放された気がした。
自然と涙が出てきた、二人で抱き合って泣いた。
エナリアもマモン達を理解してくれた。
モレクとエナリアは恩人だ。
しかし、本当の自分を解放したからなのか、マモンの中に凶暴性が芽生え始めた。
それはマモンには悪い事ではない。
母であるリリスを殺すその日まで、心の中の悪が育つならそれでいい。
◆◆◆
15歳でモレクと一緒に魔都を出た。
ノースラインでAランク冒険者になり、ウェザブール王都に行った。
王都で出会ったショーパブという華やかな場所。お化粧をして煌びやかな服を着てショーをする。マモン達が輝ける場所はここだ。
仙族のアレクサンドと出会い、ショーパブ『リバティ』を開店した。
でも、バカにされる事が多いこの仕事は、やはりマモンには合わなかった。最初は楽しさが勝っていたが、客への殺意が大きくなり半殺しにしてしまった。
マモンの凶暴性で店の子達に迷惑をかける事になる。もう、この店には出られない。
「アレクサンド、ワタシはリバティにはもう出ないわ」
「そうだろうね、客を半殺しにしてしまっては流石にね。王都の裏側を見てみるかい? いくらでも鬱憤を晴らせるよ。なんなら殺してもいい」
王都は四方の門から王城に向けて大通りが通っている。門や通りから離れると、全く違った景色が広がっていた。
どこの町にも無法者がいる。王都は広い、その分社会から溢れる者は多い。
「へぇ、煌びやかな王都でも、路地に深く踏み込めばこんな世界が広がっているのね」
周りを囲む高い城壁のせいで昼間でも薄暗い。清掃は行き届いていない、無法者達が至る所でケンカをしている。
「あぁ、こんな所が沢山あるよ。王都は広いからね」
少し歩けば睨まれる。
目が合うだけで絡まれる。
「おい、待てよテメェ。気持ち悪ぃ格好しやがって」
「あら、ワタシの事?」
「テメェ以外誰がいんだよ。殺すぞオカマ野郎」
「オカマ野郎は失礼ね。ねぇアレクサンド、こいつ殺してもいいの?」
「あぁ、好きにすればいい」
マモンは単純な暴力で男を痛めつけた。拳に直接、相手の骨が砕ける感触が伝わる。顔面の形が変わるまで殴り続けた。魔法では味わえない高揚感。
「あら、もう死んじゃったわ。ねぇ、アナタ達も殺して欲しい?」
「……いや、悪かった……こいつの非礼は詫びる……」
「じゃ、この死体はアナタ達が処理しときなさい」
マモンの中の悪が歓喜している。心が高揚しているのが分かる、ここなら暴力が許される。
マモンはアレクサンドと毎日のようにスラム街を練り歩いた。
王都の四隅には同じようなスラム街が広がっていた。
魔族と人族のミックス・ブラッドの噂は『魔人マモン』と言う名で広がっていった。
もう、王都の悪党でマモン達に逆らうものは居なくなった。暴力を振るおうにも相手がいない。
「人を殴るのも、もう飽きたわね」
「キミは本当にいい顔をして人を殴るね。ゾッとするよ」
「アナタに言われたくないわね。ワタシより悪党のクセに」
「他の町に行ってみるかい? その方がボクもレディに手が出しやすい」
「好きねアナタも。いいわ、出ましょう」
◆◆◆
王都の北東に位置する王国最北端の町。久しぶりのノースライン。
マモンの希望でまずはここに腰を据える。
金はある。
いいホテルに長期宿泊すればいい。チェックインを済ませ、夕食に出かける。
「この町の料理が忘れられないのよね。お酒も美味しいのよ。王都にも似たようなスパイス料理はあったけど、ここのは別格だわ」
「へぇ、それは楽しみだな」
魔都を出て初めて寄った町。
数年前の記憶を辿り店を探す。
「あぁ、あったわ。ここよ」
店に入る。
田舎は王都ほどセクシャルマイノリティに理解がない。
「やっぱり変な目で見られるわね、鬱陶しい」
「まぁ、仕方ないんじゃないか? ボクの青い眼も同じだよ。少数派はどこの世界でも住みにくいさ」
「そうね、なら自分の国を創るのも面白そうね」
「なるほどね。国を奪うのが手っ取り早そうだ」
「リリスを殺して、魔都をワタシの国にするのも面白いわね」
「そりゃいいね、賛成だよ」
その為には、もっと強くならないと話にならない。あの女は強い。
「じゃ、アレクサンド、改めてよろしくね」
「あぁ、旅の相棒だ。よろしく」
「乾杯」
グラスを目の前に掲げ、口に運ぶ。
――はぁ、美味しい。
「このフルーツのお酒が美味しいのよね」
「んー、ボクはウイスキーとかの方が好きかな……確かにこのスパイス料理は美味しい。これにはビールが合いそうだ」
本当にこの町の料理は美味しい。
当分堪能できる。
「本当は旅の共はレディがいいんだけどね」
「何を言ってるの。アナタは飽きてすぐに捨てるじゃない」
「ならその都度取り替えればいい」
「物のように……本当に女となるとクズね……それに、ワタシの心はレディよ? ちょうど良いじゃない」
「ボクがレディに求めるのは心なんかじゃない。キレイな容姿と身体だよ」
「ストレートなクズね……」
アレクサンドとの奇妙な二人旅は、ノースラインから始まった。




