第91話
「話を中断してしまい申し訳ありません。が、もう一人、お客様がお見えのようです」
「お、お客様だって!?」
上手く自分のペースで交渉を進められていたというのに、突然話を中断させられたことに対してライオネルはやや機嫌を斜めにする。しかしアーロンはそんなライオネルに構わず、そのまま一つの提案を行った。
「ライオネル様、そのお客様も併せて一緒に話をしていきたいのですが、かまいませんか?」
「は、はぁ!?」
アーロンとシャルナを脅す形で、クライムとシャルナの婚約の約束を結ばせる。その目的達成まで目前であっただけに、ライオネルはアーロンの提案に対して大きな声で抗議を始める。
「ちょ、ちょっと待て!まず私との話から解決するのが筋だろう!その新しい客人が誰だか知らないが、一体どんな理由があって私の話を遮らせたというのだ!時間稼ぎにしたって姑息だぞ!まったく非常識極まりない!」
ライオネルの言葉はもっともであるものの、それに対してアーロンの側にも明確な理由があった。
「理由ならございます。私が併せて話をしたいと考えましたのは、そのお客様がライオネル様と近しい方だからですよ」
「な、なに?」
「おそらく、あなた様と同じ目的をもってここに来られたのでしょう。それならばわざわざ別に話をするのではなく、一緒に話をする方が合理的と思いますが?」
「な、なんだって?だ、誰が来たというんだ?」
「大丈夫、ご覧になっていただければすぐにわかりますので」
自信と近しい人間がここまで来た。アーロンから言われたその言葉に、ライオネルはややその心を動揺させる。
「(わ、私に近しい人間だと…?クライムか?レーチスか?…いや、それともファーラが逆恨みでもして乗り込んできたのか…?)」
ライオネルにしてみれば、誰が現れても困るというのが本心だった。…ここまで自分の思惑通りに事が運べているというのに、妙な邪魔をされてそれを不意にされてしまっては元も子もない。
…が、自分自身と近しい人間であるならば、どちらにしても近い先に顔を合わせなければならないことには変わりない。クライムは婚約の当事者であるし、ファーラやレーチスとて無関係の人間ではないからだ。
「(…大方、クライムが待ちきれずにシャルナの顔を見にでも来たのだろう…。婚約の話はスムーズに進んでいると言ってしまっているから、それを真に受けてここまで乗り込んできたに違いない…。しかしわざわざ私がいるときに来なくとも…)」
「ライオネル様、よろしいですか?」
「……まぁ良いだろう。関係を築いたのち、いずれは顔を合わせる者同士。早いうちから話をしておく方がいいかもしれないしな」
「ご理解いただきありがとうございます。それでは…」
ライオネルに対してアーロンはそう言うと、ルイスに目で合図を送った。その客人をこの部屋まで案内せよ、と。
指示を受けたルイスがそそくさとその場を後にしていき、部屋は重い沈黙に包まれ、どこか妙な雰囲気を醸し出す…。状況は変わらず自分に有利と考えているライオネルは余裕の笑みを浮かべ、アーロンはどこか緊張感に包まれたような様子を見せ、シャルナは体を震わせながらもしっかりと自分を保つよう落ち着いて心を自制していた。
――――
静かな空気に包まれる部屋に、ある人物が近づいてくる足音が聞こえてくる。その特徴から人物を予測しようとしていたライオネルは、心の中でこのようなことを考えていた。
「(…ん?なんだかクレイムともファーラとも、レーチスとも違うような……。い、いったい誰の足音だ…?)」
ある意味で、ライオネルのその予想は当たっていた。なぜならその人物は、彼の身近の人物ではありながらも、大きく接点のある人物ではないのだから。
「失礼します♪」
「っ!?!?」
現れたその人物に、ライオネルは驚きを隠せなかった。
ライオネルの前に姿を現したのはほかでもない、現在クライムと最も距離の近い関係にあるレリアであった…。
予想だにしていなかった人物の登場に絶句するライオネルだが、レリアはそんな彼にかまわず言葉を発した。
「皆様、突然押しかけてきてしまって申し訳ありません…。私、ライオネル上級伯爵様のご子息であるクライム伯爵様と婚約することになりました、レリアでございます♪」
スカートを折って上品に挨拶するレリアだったものの、その姿を見た3人はその心の中に全く違うことを思っていた。
「(な、なんでレリアがここに!?し、しかもクライムと婚約だと!?そ、そんな話は聞いていない!!い、いったい何がどうなって…!?)」
「(ク、クライム様の……婚約者…?)」
「(こ、これは思わぬ展開…!?。もしも彼女の言っていることが本当ならば、シャルナとクライム伯爵との強引な婚約関係を断らせる立派な理由になるじゃないか!?)」
…レリアの登場により、より一層複雑化していくカタリーナ家。…ここからどのような形に終着することとなるのか?




