第84話
すさまじい音がとどろいた後、闘剣場には剣を振り下ろした状態で固まっているラルクの姿と、ついさっきまで持っていたはずの剣を場外に弾き飛ばされ呆然とするターナーの姿があった。
たった一瞬で決着するという、あまりにハイレベルな対決を目の当たりにした騎士たちは、各々驚きを隠せない…。
「こ、こんな一瞬で決着が……」
「お、おいおい…。今の轟音はなんだ……。お、俺にはとてもまねできないような音が聞こえてきたぞ……」
「ば、化け物じゃないか……。まさかこの国に、あんな桁違いな奴がいたなんて……」
ターナーは生意気な新人騎士と認識されていながらも、その実力は騎士団の中で話題になるほど高いものとして知られていた。ゆえに、それほどの存在であるターナーがまさか手も足も出ず、一瞬のうちにここまで派手に負けてしまうことになろうなどとは、全く想像できるものではなかった…。
圧倒的な反応速度でターナーとの戦いを制したラルク、彼がその心の中に思っていた事は…。
「(あ、あれ???な、なにが起こったんだ??怖くなって目をつむって、適当に剣を振りかざしたところまでは覚えているんだけれど……。気づいたらターナー君は剣を持っていないし、なんだか僕が一方的に勝ったかのようになっているし……)」
…やはりというべきか、ラルク自身にも何が起こったのか理解できていない様子。しかしそれもそのはず、たった今一瞬のうちに起きた出来事を完璧に理解している人間は、ここには3人しかいないのだから。
「……今の見ましたか団長?」
「あぁ……。本当に、なんと美しい剣技……」
…二人が見ている目線の先には、ラルクではなくセイラの姿があった。彼女は二人の視線に気づいてやや気恥ずかしくなったのか、それをごまかすかのようにラルクに向け言葉を発した。
「きゃ、きゃーーおにいさますごーーい(棒)」
…誰に目にも明らかなほど棒読みなセイラの言葉。しかしすっかり固まってしまっているラルクを調子づかせるには、十分だったようで…。
「そ、そうだろうそうだろう、すごかっただろうセイラ!!きちんと見てくれたかい!!僕はうそを言っていなかっただろう??本気を出したら僕だって、これくらいの事は簡単にできるってことさ(キラーン」
「きゃーーおにいさまかっこいいーー(棒)」
そんな二人のやり取りを見た観衆たちは、またたくまにラルクに対して熱視線を送る。
「や、やっぱり何かの間違いなんかじゃない!!彼は本当にターナーを破ったんだ!」
「う、噂に聞いていた実力は本物だったということか…!?なんてひとだ…」
「や、やばいかも…。あのキメ顔に私、きゅんと来ちゃったかも…」
「お、俺今からラルク殿に弟子入りしようかな……」
騎士たちが各々の感想を口にしている中、オクトはガラルを伴ってセイラのもとまで歩み寄っていった。そしてどこか嬉しそうな、それでいてやや呆れたような表情でこう言葉を発した。
「さすがだよ、セイラ様。今の投剣がまねできる人間は、この騎士の城には一人もいないだろう」
「お呼びした僕が言うのもなんですが、まさかここまでの物を見ることができるとは!」
そう、実はセイラはラルクの剣先とターナーの剣先が触れ合うその瞬間をめがけて、近くにいた騎士から剣をひったくってそのまま放り投げたのだ。ゆえにターナーの剣を弾き飛ばしたのはラルクではなく、セイラによる投剣なのだった。しかしあまりに早いその剣は観衆の目にとらえられることはなく、一瞬のうちにそのまま場外へと消えていったために、周囲から気づかれるすべは全くなかった。
目立つことやもてはやされることを嫌い、自分の代わりにラルクを立たせたい彼女らしい作戦だったものの、それを見破られてしまった今は少し恥ずかしそうにしていた。
「わ、私は何もしていませんから!お兄様ったら本当に勝っちゃったんですよ!!す、すごいですよね!!!」
どこまでも頑張って取り繕うとするセイラの姿に、オクトとガラルは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「そうだったか、俺たちの勘違いだったか」
「なあんだ。ただただラルク様がお強かっただけですか~」
自分の存在については明かさないでほしいと以前からセイラに言われている二人。それゆえにそれ以上何を言う必要もなかった。
…が、何かを言わずにはいられない男が闘剣場に一人…。
「(…お、俺は本当に負けたのか…?確かに、今まで感じたことのないほどの力で剣を弾き飛ばされたのは事実だが…)」
呆然とするターナーだったものの、ゆっくりとその場から立ち上がり、場外に飛ばされた自らの剣を拾いに行き、その手に取って観察し始める。彼自身によって丁寧に磨き上げられた剣先には傷一つなく、あれほどの音と衝撃を受けたとはとても思えなかった。
「(…まるで、俺の剣を傷つけないようなやり方で吹っ飛ばしたみたいじゃないか…。それだけの技術が、あの兄にはあるというのか…?)」
そう心の中で言葉をつぶやくと、ターナーはそのままラルクの方へと視線を移す。すっかり人気者になっているラルクの周囲には騎士の人だかりができており、先ほどの対決がもたらした影響の大きさを感じさせた。
「私は気づいていますよラルク殿!!!実はラルク殿がオクト団長とターナーの二人の戦いを止めたのでしょう!?」
「こればかりは秘密にしておこうと思ったのですが……。いやはや、隠せないほど実力が大きいのも困りますねぇ…」
「ぜ、ぜひこの俺に剣技を教えてください!!」
「まぁお待ちください。僕を目指してくれるのは大変うれしいのですが、なかなか簡単な道ではありませんよ?」
「い、今のどうやったんですか!?早すぎて見えませんでした!!」
「大丈夫、きちんと鍛錬を積めばいずれ見えるようになりますよ。この僕の心の中もね!(キラーン」
「っ!!///」
…一人、また一人とラルクの謎の力の前にとりこになっていくのだった…。




