第77話
「セイラともう一度関係を築くことだ。それこそがただひとつ、お前が助かる方法だ」
真顔でそう言い放ったファーラの言葉を聞いて、3人はその表情をフリーズさせる。かけられた言葉は、自分たちが予想していた言葉の想像の上を行っていたからだろう。
「セイラにはまだ婚約者はいないはず。それならばまだ間に合う。クライム、今なら僕を悪者にすることで、セイラに接近することができるだろう。その場で誠意をもって謝罪し、もう一度伯爵家との関係をやり直してほしいと頭を下げれば、まだ可能性はあると思うのだ」
「おいおいおい、冗談で言っているんだろうが笑えないな。つまらないぞ兄上」
「聞けクライム。建前上は、セイラはまだ伯爵家から家出した身分という事になっているはず。…いやそれもこじつけになってしまうかもしれないが、少なくとも伯爵夫人となれることを彼女に持ち掛ければ、今からでも話をまとめることは」
「くすくす…(笑)」
真剣な表情で言葉を並べるファーラの姿を見て、レリアは笑いがこらえきれなくなった様子。
「ねぇファーラ様、私の話を聞いていませんでしたの?もうすでに私とクライム様は、深く強い真実の愛で結ばれていますのよ?大好きだった私の事を、自分の弟であるクライム様に横取りされてしまったことに嫉妬してしまう気持ちはわかりますけれど、だからといってそこでセイラを持ち出すだなんて、もう笑ってしまいますわ(笑)」
「まったくだな…(笑)。兄上、自分がどれだけ間抜けなことを言っているのか分かっているのか?セイラとレリアを比べてどっちがすぐれた女かなんて、誰の目にも明らかじゃないか。それをわざわざ劣る方と結ばれに行くなんて、それこそ誰かさんのような愚かな人間のすることだろう?♪」
レリアもクライムも、愉快で仕方がないといった表情を浮かべていた。ファーラはあくまで警告を送ったにすぎないのだが、それさえも二人の目には自分たちに嫉妬することからくる悪あがきに見えたのだろう。
「そもそも俺には、財閥令嬢との婚約だって決まっているんだぞ?兄上だってそれは聞いているじゃないか。それを捨てろとでもいうつもりか?」
「そ、それはそうかもしれないが…」
「いいから、もう黙って俺の仕事ぶりを見ていればいいんだよ。父上も俺に任せておけば間違いないと判断して、俺の事を伯爵にしたんだろうさ。財閥令嬢との婚約を手配してくれたのだって、俺がそうするにふさわしい人間だと確信しているからだ。そうに決まっているだろ?」
「…(もうこれ以上の警告も無駄か…)」
調子のいいことを言うクライムと、クライムを説得することをあきらめかけているファーラ。そんな二人の会話を、レリアは腑に落ちなさそうな表情で見ていた。
「(…財閥令嬢??一体どういうこと…??私を伯爵夫人にするって約束じゃなかった??まさか……まさか、ほかにも婚約者をとるっていうの??)」
レリアには、シャルナの話はここが初耳だった。クライムは自分だけに夢中であるに違いなく、すべて自分の言うとおりに行動しているのだろうと信じ切っていた彼女にとって、その一言は当然聞き流せるものではなかった。
「伯爵様、財閥令嬢との婚約とは…?」
「あ」
レリアから向けられる視線を受け、思わずしまったという表情を浮かべるクライム。しかし彼は動揺を見せたら負けだと思っているからか、有りもしない嘘で取り繕いはじめる。
「…まさか、私にかけていただいた言葉は嘘だったのですか?」
「あぁ、君にはまだ言っていなかったな。実は父上がこの俺に、財閥令嬢との婚約話を持ち掛けてきたんだよ。だが、俺にはすでに将来を約束したレリアがいる。だから断ろうとしたら、父上は俺にこう言ったんだ。「財閥家と一旦婚約関係を結んだ後、適当な理由をつけて切り捨てるのだ。そうすれば莫大な金を引きずり出すことができる」とな。今はその作戦の真っただ中というわけさ。どうだ、すごいだろう♪」
「…なるほど!!そんな素晴らしい作戦が!!」
クライムの大嘘に丸め込まれたレリアは、表情を一気に明るくするとそのままクライムに勢い良く抱き着いた。しかしその内心では、全くクライムの事を信じてなどいない様子…。
「(なるほど、そういう事だったのね。…まぁまだ腑に落ちないところもあるけれど、今はそれで納得してあげるわ。私がすべての権力を手にするまでの間の、我慢ですもの)」
「(くくく、やっぱり女はちょろいなぁ…♪こんな適当な嘘でも、伯爵の権力欲しさの前に一切の追及をやめてしまうのだから…♪)」
それはお互いが心の中で思っていたことで、互いに表には出していなかったものの、その姿を見ていたファーラは二人の心の中までも読み取っていた様子。
「(…あれでどこが真実ので結ばれた関係だというのか…どちらも全く相手を信用していないじゃないか…。このままじゃ本当に、最悪の結末まっしぐら…)」
ファーラの警告の真意が二人に届くはずもなく、いよいよ伯爵家は破滅への道を一歩、また一歩と進んでいくのであった…。




