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第75話

 突然二人の会話の間に割って入ったのは他でもない、話題の只中にあったクライム本人だった。その登場にファーラはやや驚いている様子であるものの、レーチスはすでに知っていたような態度を見せた。


「兄上、この僕の事を過小評価したい気持ちはわかりますが、そんなことばかり言っていても何にもなりませんよ?あなたの時代はもう終わったのですから♪」

「…」


 クライムその雰囲気はたった今到着したというよりも、かなり前から近くにはいて、二人の会話を聞き届けていたように感じられる。


「さて、セイラの件の話でしたね。レーチスも言ったでしょう?伯爵家の名誉を傷つけた人間をこのままにしておくわけにはいかないのですよ。セイラたちにはきっちりと痛い目を見てもらわなければ、伯爵として周囲への示しがつかない」

「やめておけ。僕はこれでもお前の前の伯爵だ。何をしたらまずいかということくらい心得ている。今はセイラと争いを起こしている場合では」

「やれやれ…。そんな弱気だから、なんの価値も力もないセイラなんかに一方的に負けてしまったのではないですか?」

「…なんだって?」

「だってそうでしょう?セイラだのその兄のラルクだのいろいろと噂されていますが、しょせん噂は噂。奴らの事を兄上が過剰に恐れるあまり、そんなありもしない話が沸き上がってくるというわけですよ。奴らはただ運が良かっただけで、実力なんてこれっぽっちもありはしない。俺はそう確信していますとも」


 セイラはともかく、ラルクに関してはこの上なく適切な分析をするクライム。もしかしたらそれは彼が初めてだったかもしれない…。

 しかしファーラがそれで引き下がるはずもない。彼はクライムがまだ知らないと思っている、ある事実を示すこととした。


「お前は知らないだろうが、セイラの体には」

「聖女の血が流れているんだろう?誰でも知っている伝説の登場人物のな」

「っ!?」


 クライムはそのことを知らないであろうと思っていたファーラは、驚きを隠せない。…そしてクライムにそれを伝えたのがレーチスであろうことを察知すると、そのままファーラはレーチスの事をにらみつけた。


「おいレーチス!誰にも言うなと言っただろう!!」

「わ、私はもうあなた様にお仕えする身ではないですから!!自由になった後で誰に何を言おうが、私の自由ですので!!」

「き、貴様…!」


 …そもそもファーラが、お酒の勢いのままにレーチスにすべてを話してしまったところから始まっているのだが…。


「ともかくクライム!それが分かっているなら、もうセイラを挑発するような真似は」

「おいおいおいおい、まさかそんな伝説を信じているのかよ??くくく…。これはこれは…(笑)」


 ファーラの反応を見たクライムは、笑いをこらえるのがこらえきれない様子だった。レーチスもクライム同じく、ファーラの事を見下すような視線で見つめた。


「まさかとは思うが、そんなありもしない幻影におびえ続けた結果がこの有様だって言うんじゃないだろうな?♪架空の存在を恐れるあまり自分の家を壊すなんて、滑稽を通り越して愉快ですらあるな。レーチスもそう思うだろう?」

「はいはい!まったくでございます!…その話を聞かされたのはずいぶんと前ですが、その時にも笑いをこらえるのに必死でした♪この人は一体何を言っているのだろうとね」

「(うそつけ貴様…。僕からその話を聞いてからというもの、誰の目にも明らかなほどに機嫌をよくしていただろうが…)」


 ファーラはレーチスに対していぶかしげな視線を返すが、レーチスにはそんなもの関係ない様子。そもそもレーチスはセイラの脅威をその目では見たことがないからか、クライムと同じくセイラの実力に懐疑的な様子だった。…その一方、ラルクに対しては正反対の評価を持っていた。


「(セ、セイラが聖女かどうかはともかく、ラルクの方はまずい…。私が最も信頼していたならず者たちが一方的に撃退されたのだから、伯爵の言うような存在では決してない…。そこだけは立ち回りを間違えないようにしなければ…)」


 …立場こそ同じ側の人間である二人であるが、その心に考えていることは全く正反対だった。


「父上も浮かばれないだろうなぁ…。あんなにも期待をかけていた兄上が、こんなみっともない計画しか立てられていなかったなどと…。いや、父上だけじゃない。婚約者だったレリアだってがっかりだろうなぁ…。将来を期待していた麗しい伯爵様の正体が、まさかこれほど残念な男だったとは…♪」

「けっ。それは僕だけじゃなく、お前だって同じことだろう。…セイラに挑発をかけるというのなら、お前だって父上から頂いた伯爵の位を今度こそ滅ぼすことになるだろう。…その時父上はさぞ後悔されるだろう…。お前なんかを後継者においてしまったことを」

「好きに言ってろ♪」


 …実の兄弟ながら、鋭い視線を互いに送りあう二人。そんな二人の姿を見て、レーチスは心の中に思った。


「(…ま、間違ってないよな??絶対ファーラよりクライムの側に付くべきだよな??これが正解の立ち回りだよな??)」


 …今後ファーラが力を取り戻すことなどないであろうと踏んで、彼はクライムの側に付いた。そしてそれと同じことを考えていた人物は、もう一人…。


「あら、皆さまお集りで楽しそうでございますね。私も混ぜてはいただけませんか?♪」

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