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第70話

 クライムの話に不安を感じながらも、その言葉にノーなど言えるはずもないレーチス。彼はそのままクライムの首を縦に振って聞き流しながら、機嫌を損ねないように気を付けることに精いっぱいだった。


「(こ、これじゃあ仕える相手が変わっただけで、ファーラの時と状況は何も変わらないじゃないか…!あぁ、話が長くてうっとうしい…!)」

「それがうまくいったなら、俺は次に王政に進出する。そうなれば俺は真にこの国を、さらにはこの世界を支配する存在となる!どうだ?見事な計画だとは思わないか?」

「は、はい!実に素晴らしい!(く、くそぅ…!本当だったら今頃、私が伯爵の座に就くはずだったのに…。それもこれもすべてあいつの…あいつのせいだ…!!!)」


 心の中にそう思いながらも、やはりイエスマンになるしかないレーチスは、クライムの話が終わるまでその態度を繰り返すほかなかった…。


――――


 しばしの時間が経過し、ようやくクライムの演説から解放されたレーチス。このまま言われたとおりに立ちまわるかと考えていたものの、今回のレーチスは少し違っていた…。セイラを前に同じ失敗はしないようにと考えに考えた結果、彼が編み出した秘策は…。


コンコンコン

「失礼します、ライオネル様」

「入れ…。って、レーチスじゃないか!?貴様今までいったいどこで何を…!?」

「そ、その節は大変ご迷惑を…」


 レーチスが目指した場所はほかでもない、自分が使える伯爵家における大ボス、ライオネル上級伯爵のもとだった。上級伯爵とは肩書だけの存在で、実権はすべて伯爵の座にあるものが握っているものの、それでも彼の影響力はいまだ大きなものだった。

 呼び出されない限りは絶対に近づきたくない、大嫌いな相手であったものの、今回はあえてその懐に飛び込んでいく作戦をとったのだった。


「…セイラに関する失敗以降、随分と長く雲隠れしていたようだが…。今更何のつもりだ?」

「う…」


 …相変わらずのすさまじい圧を発するライオネルを前に、小心なレーチスは全身を硬直させる。が、ここでこのまま固まっているわけにもいかないため、なんとか必死にその口を動かした。


「せ、先日クライム伯爵様に拾っていただき、この身を仕えさせていただいております…。ゆえに、ライオネル様にも改めてご挨拶をと思いまして…」

「ほぅ…。仕事と責任を放り投げておいて、今更戻ってくるなど、いい度胸をしておるわ…」

「う…」


 以前からライオネルの高圧的な態度は苦手にしていたレーチスだったが、今日は一段と彼の機嫌がよくないなと読み取った。しばらく会っていなかった相手ではあるが、レーチスのそういう危機察知能力はいまだ健在な様子。


「(や、やけに機嫌が悪い様子…。これはなにかあったな…)」


 レーチスは思い当たる情報を必死に検索する。すると、上機嫌なクライムが言っていたある話が思い起こされた。


「(…そういえばクライムのやつ、財閥令嬢のシャルナという女性と婚約することになったと言っていたな…。ライオネルが手配する関係なのだから、もう決まったものも同然だと…。もしやそれか…?)」


 これまでさんざんライオネルには攻撃されてきたレーチスは、少しちょっかいを出してみることとした。


「…それにしても、クライム様とシャルナ様のご婚約、本当にめでたいことですねぇ。ライオネル様も、さぞお二人の将来を楽しみにされていることでしょう?」

「っ!?!?」


 なにかの書類に記入していたライオネル手が一瞬、止まった。が、すぐにその手を動かし始める。


「あ、あぁ…。この私が働きかけるのだから、実現しないはずなどない。もう決まりだとも」

「(…私は二人の婚約、めでたいですねとしか言っていないぞ…。にもかかわらず実現の可否を話してくるとは、やはりなにかあったんだなこれは…)」


 思わぬ情報を手に入れたことで、レーチスはしめしめといった表情を浮かべる。


「そ、それで一体何の用だレーチス。あいにく私は多忙でな。くだらない話に付き合う時間はないんだ」

「あぁ、そういえばそうでしたね」


 レーチスは忘れていたことを思い出したかのように、話題を元に戻す。


「そのクライム様、どうやらセイラにちょっかいを出すつもりのようですよ?」

「なっ!?」


 予想さえしていなかったその言葉を聞いて、ライオネルは勢いよく席から立ち上がった。


「な、なぜそんなことを!?今はカタリーナ家との話し合いで手一杯であるというのに、今セイラに妙な攻撃を仕掛けたりすれば、それこそこの家は終わってしまいかねないぞ!?」

「えぇ、この私も同じ思いです」

「た、ただでさえ魔獣の一件で伯爵家への信頼は大きく揺らいでいる…。それを挽回するためのカタリーナ家との婚姻であるというのに、もう一度セイラや騎士たちに打ちのめされてしまったら…!?」

「えぇ、その通りですライオネル様」

「あ、あいつめ…。伯爵の座に就いたからと調子に乗って…!」


 もとはと言えば、ファーラを追放しなかったことも、性格に難のあるクライムにその後を継がせることにしたのも、すべてライオネルが決めたことではあるのだが…。


「ライオネル様、そこでひとつ提案がございます」

「…なんだ?」

「このままクライム様までもが暴走し、伯爵家が滅んでしまったならそれこそ本末転倒…。それを防ぐために、この私を伯爵の座につかせてはいただけませんか?」

「お、お前を伯爵に…?」

「もちろん、普通に考えれば不可能なことでしょうけれど、上級伯爵様の特別推薦があれば、ごり押しすることは可能でございましょう?私は長らくファーラ様のおそばでその仕事ぶりを見てきましたし、十分素質を持っているかと」

「ふざけるな!!!」

「ひっ!?」


 …勢いで押せば行けると思っていた様子のレーチスだったが、声を荒げるライオネルを見ていつもの弱気な状態に戻ってしまったらしく…。


「調子に乗るなよレーチス!!お前のようなろくでもない人間に伯爵など勤まるはずがない!いいか!クライムはこの私の血を引く人間なのだ!多少回り道をしようが、かならずや伯爵として大成するに決まっている!わかったか!」

「ひぃっ!!」


 …圧倒的な貫録を振りかざされ、レーチスはそのまま逃げるように部屋を立ち去るほかなかった…。


「(く、くそぅっ…!は、伯爵の座に一番ふさわしいのは私しかないだろうに…!あの男はなんにもわかっちゃいない…!これだから頭の固い無責任な人間は嫌いだ…!!)」


 レーチスは心の中にそう叫びながら、結局再びクライムの機嫌を取りに行くのだった…。

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