第68話
ライオネルがシャルナを前に撃沈したことなどつゆ知らず、クライムは自分の部屋で今後の展望を妄想していた。
「(…伯爵の座を手に入れ、財閥令嬢との婚約関係をも手に入れる。これで俺はまごうことなき最大級の権力者として、貴族界さらにはこの国の頂点に君臨することだろう…!それもこれもすべて、ファーラの失態のおかげだ。その意味じゃあいつには感謝しないといけないな♪)」
クライムの頭の中には、まさかシャルナが自分との婚約を関係を断る可能性など、存在さえしていない様子だった。
「(しかしそうなると、レリアとの関係をどうするかということになるが…。正直、あれほどに肉体的でかわいらしい女を切り捨ててしまうのはもったいない…。だからといって、レリア一人だけを妻として選ぶのは面白みに欠けるし、それならシャルナを正妻にするほうが賢いに決まっている。…さて、どう落としどころをつけるか…)」
地方に飛ばされてからというもの、クライムの元には魅力的な女性からのアプローチなど一切なかった。そしてクライムの方から声をかけに言ったところで、当然のように誰も振り向きはしなかった。
そんな生活を送っていた中で、突然自分の目の前に現れたレリア。心身ともに自分の事を満足させてくれた彼女の存在は、クライムにとっても非常に大きなものになっていた。
「(…なによりレリアは、俺が伯爵の座を奪還するよりも前に俺の事が好きだと言ってきた…。これは間違いなく、彼女は俺の立場が好きなんじゃなく、俺自身の事が好きだという何よりの証拠…!)」
レリアと体を重ねた記憶を思い出し、クライムはその心を高ぶらせる。…さすがはファーラと兄弟なだけあって、全く同じ手口でレリアに付け込まれている…。彼もまたレリアの巧みな立ち回りの前に、すっかりその心を奪われてしまっていたのだった。
「(…まぁこの際、やはり重婚でも問題はなかろう。俺は伯爵となった選ばれし男。この肩に背負うものは並の人間の比ではなのだから、そんな俺の事を支える女は一人では足りないというもの。妻が二人いようが三人いようが、そこになんの問題点もなかろう♪)」
自分の中で複数の妻を持つことを正当化するクライム。その時、彼の脳裏にもう一人の女の名が浮かんだ。
「(…そういえば、ファーラはレリアの前にもう一人別の婚約者を持っていたな…。名前は確か…セイラとか言ったっか?)」
クライムはセイラのことはあまり知らなかった。特別興味を抱いていなかったためだろう。
「(…破局したような相手に別に興味はないが、わざわざファーラが婚約者として選んだという事は……そいつにもなにか秘密がありそうだな…。もしかしたら、シャルナを超えるような財閥や貴族家の令嬢だったりするのか…?)」
あのファーラに限って、なんのメリットもない婚約などするはずがない。その点においてクライムは鋭かった。
「(…まぁ、その辺も併せてあいつに聞いてみることにしよう。そのために呼んだのだから)」
クライムが心の中にそう思ったとほぼ同時に、呼び出していた人物が彼の部屋を訪れた。
コンコンコン
「し、失礼します!!」
やや緊張しながらクライムの前に姿を現した人物。かつてセイラに婚約の強行を迫って刺客を送った張本人、レーチスであった。
「久しぶりだな、レーチス。ファーラに干されたらしいが、元気にしていたか?」
「は、はい!!ありがとうございますクライム様!!」
レーチスはあの一件以降、ファーラからの愛想を完全に尽かされてしまい、追放にも等しい処分を受けていた。一瞬にしてすべてを失い、途方に暮れていた彼に声をかけたのが、伯爵の座を奪還したクライムだった。
「こうして取り立てていただいたこと、もうなんと感謝の言葉を申し上げればいいか!」
「別にいいさ。お前だって心の中では、ファーラの機嫌を取ってばかりの毎日にうんざりしていたんだろう?」
「もう本当に!…かつてクライム様とともに過ごしていた日々を思い出さない日はありませんでした…!そして毎日のように、クライム様の貴族家への復帰を心待ちにしておりました!その願いがこうしてかなったこと、本当にうれしくおもっております!」
「はっはっは!それでこそレーチス、俺の見込んだ男よ」
「あ、ありがとうございます!」
レーチスは何度も何度も、その頭をクライムに対して深く下げる。この二人には面識があり、まだクライムが地方に飛ばされる前、レーチスはこのクライムに仕えていたのだった。しかしクライムがスキャンダルを起こし、ライオネルの逆鱗に触れて以降は彼の事を見限り、ファーラの側について生き残っていた。
…しかし今度はそのファーラがいなくなったことで、レーチスは再びクライムの側につくことを決めたのだった。…もっとも、レーチスをさそったのはクライムの方からだったが。
「(レーチス…。一度は地獄に落ちた身から、この俺が救い上げてやったんだ。今まで以上に、血みどろになるほど俺に仕えてくれることだろう…。)期待しているぞ、レーチス」
「はい、クライム様!!」
レーチスの返事の力強さを感じたとことで、クライムは早速本題に移ることとした。
「さて…。レーチス、かつてファーラが婚約していたセイラについて何か知っていることはあるか?」




