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第62話

「はぁ…。俺は一体いつまでこんな生活をしなければならないんだ…」


 うす暗い部屋の中で、一人の男がそうつぶやいた。ここは王都から遠く離れた位置にある、クレオート地方と呼ばれる場所。セイラたちがにぎやかな雰囲気の中にいる一方で、ここで暮らすこの男は長きに渡って日の当たらない生活を送っていた。


「…あのバカ兄貴は今頃、伯爵であることをいいことに、美女を侍らせて美味いものをたくさん食べて、至福の毎日を送っているんだろうな…。くそっ!!」


 足元にあった空箱を蹴飛ばし、イライラを隠せない男、その名はクライム。彼はほかでもない、セイラを婚約者としていたファーラ伯爵の弟である。


「(…あの兄もむかつくが、ライオネルもライオネルだ…。俺が少しトラブルを起こしたくらいで、こんななにもない地方まで島流ししやがって…)」


 クライムは今でこそこのような状況となっているものの、もともとは兄ファーラと双璧をなす対等な立場にあった。しかしクライムはその時に、自分の妻を持っていながらほかの女性と関係を持ってしまった。それが発覚しそのことを彼女たち二人から追及されると「自分は悪くない、誘惑してきたのはあの二人の方だ」と言い張った挙句、二人に宿っていたおなかの子を強制的に堕胎させるに至った。二人はそのショックからかクライムの元から去っていき、クライムもまた二人の事を追いかけることはしなかった。

 本人はそれで終わったつもりのようだったものの、事態を重く見たライオネルによってクライムは表舞台から降ろされ、今に至るまでこの地で半ば飼い殺しに近い生活を送っていた。

 クライムはファーラの弟だけあってなかなか良い性格をしており、こうしてクレオート地方に送り付けられたことは自分のせいではなく、ライオネルひいてはファーラのせいであると考えている様子だった。


「(…俺は貴族の男なんだぞ?女の一人や二人使って遊ぶことくらい普通だろうが…)」


 …もっとも、クライムがここに飛ばされるに至った理由はそれだけでなく、ほかにも子どもに手を出したり、貴族令嬢に襲い掛かったりなど数えきれないほどの問題を起こしていたからなのだが…。


 今だイライラを隠せないそんなクライムのもとに、一人の使用人が知らせを持ってきた。


「クライム様、お客様がお見えなのですが…」

「お客様?誰だ?」

「レリア様と名乗っておられるのですが、いかがいたしますか?」

「レ、レリア…?」


 クライムは自身の兄ファーラとは、ほとんど絶縁にも等しい関係だった。しかしそんな状況にあっても、ファーラと親しい関係にあるレリアの存在は知っていた。

 …なぜ知っていたかというと、彼女のスタイルや容姿に惚れ込み、なんとか自分のものにする手立てはないかと本気で考えたことがあったからだったが…。


「…ファーラの女が何の用だか…。まぁいい、会おうじゃないか」

「承知しました」


 クライムは使用人にそう返事をすると、レリアを自身の部屋まで案内するよう指示した。


「(…俺はどうせこのままここで飼い殺しなんだろうし、だったらむかつく兄の女を襲うくらいしても面白いかもしれないな…♪)」


 不穏なことを考えるクライムのもとに、レリアが案内される。彼女の付き人は部屋の外で待つよう言われたため、現在クライムの部屋の中には彼とレリアの二人きりとなる。

 二人は互いに顔を合わせた後、先にレリアの方から口を開いた。


「こうして面と向かってお会いできましたこと、大変うれしく思います!ファーラ伯爵の屋敷から来ました、レリアでございます♪」


 レリアはそう言いながら、上品な動きで自己紹介をした。それを見たクライムは、早速その心を高ぶらせる。


「あ、あぁ、よく来た。(あ、足を見せびらかして胸元もざっくり開けて…。これはもう俺を誘惑しに来たに違いないな…。襲ったところでなにも文句は言われまい♪)」

「(その欲望にまみれた視線…。やっぱり男なんてこんなものよね…♪)」


 どうやらレリアには、この状況は計画通りな様子。クライムが過去に女性関係で大きなトラブルを起こしていることなどレリアは当然知っていようが、そんなもの彼女には関係ないようだ。


「突然の来訪になってしまいましたのに、こうして快く受け入れてくださったこと、やはりクライム様の御心は大変に大きいのですね!…本当ならあなた様の方が、伯爵となるに相応しいことでしょうに…」

「…!!…それは、本気で言っているのか??」

「もちろんです!…私、今までずっとクライム様の事を見ていました。…あのみっともない女二人のせいで明るい未来を奪われてしまったこと、自分の事のように悲しく思っておりました…」

「…!」


 レリアの言葉が強く胸に刺さったらしいクライムは、突然に腰かけていた椅子から立ち上がる。


「お、俺が全く悪くはないという事、わかってくれているというのか!?ファーラもライオネルも誰も俺の味方をしてはくれなかったというのに、それでも俺の味方をしてくれるというのか!?」

「当然です!……いまだから白状しますけれど、私がファーラ様に近づいたのは、こうしてクライム様との関係を夢見たからなのです。あなた様があれ以来どうなったのかがわかりませんでしたので、このような方法しか思いつきませんでした…」

「そ、そんな…。き、君がこの俺の事を…(か、かなわない愛だと思っていたレリアがまさか、向こうからこの俺のもとに来てくれるだなんて…!こ、こんな夢みたいなことがあるとは…!!)」


 クライムはそのままレリアのもとまで駆け寄り、その体を強く抱きしめた。


「…俺は伯爵でも何でもないんだぞ?それなのに俺でいいのか?」

「はい、私にとって一番大切なのは、伯爵などという位ではないのです…。クライム様の隣にいることこそ、一番大切なことなのです…!」


 あの一件以来、誰からも愛を向けられることはなかったクライムには、レリアの刺激的な言葉と振る舞いは大きく効いた。…普通に考えればそんなおかしなことはないと気付けるだろうに、今の彼にはそれさえできないほどだった。

 完全な自業自得からこうなっているというのに、いまだに自分に非があるとは思っていないクライム。レリアはそんな彼の心をうまくつかんだ。


「この場で約束しよう。レリア、君をこの僕の婚約者として迎え入れる。…そして必ず、あの兄と父に復讐をしてやろうじゃないか…!」

「まぁ、それは楽しみですわ!(くすくす、それでこそ私の選んだ次期伯爵様…♪)」


 それからほどなくして、クライムを次期伯爵とするというライオネルからの知らせがもたらされるのだった。

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