第57話
魔獣を生成する張本人ノドレーも伯爵家からいなくなり、新たに生み出される魔獣はいなくなっていた。残された魔獣たちはそのすべてがセイラに……でなく、世間的にはラルクによって掃討されたこととされた。様々な野心を抱いき、その実現の可能性を魔獣に期待していたファーラ伯爵とレリアだったものの、結局その計画は全くうまくはいかずに終わりを迎えるのだった。
伯爵家の惨状を目撃してきたオクト団長は、騎士の城に戻ったのち、自身が信頼するガラル副団長と話を始める。
「さて、オクト様。魔獣生成の黒幕は想像通り伯爵様だったわけですが、いったいどのような処罰をお考えなのですか?」
「あぁ、そのことを話そうと思ってお前に来てもらったんだが…」
オクトは自身の椅子から立ち上がると、そのまま窓から外を見つめはじめる。その表情はいつもの通りポーカーフェイスであるが、その際彼が一瞬だけ見せた表情の変化をガラルは見逃さない。
「オクト団長、魔獣がいなくなって寂しいのですか?」
「…は?」
「だってこれで、セイラ様にお会いできるきかっけがひとつ、なくなってしまったじゃないですか。魔獣の退治に騎士が単体で向かうこともありましたが、セイラ様とご一緒されているときはすっごく楽しそうにされていましたからねぇ…♪」
「…」
オクトはガラルの言葉に返事をすることなく、自身の懐からたばこを取り出したじめる。慣れた手つきで準備を整え、紙先にマッチで着火した。
「(…団長、もうそれ自分の気持ちを白状しているようなものですよ…)」
「フーーーッ……」
自分に背を向けて白い煙を吐くオクトの姿を、ガラルはやれやれといった表情で見つめていた。
「ガラル、ファーラ伯爵の件だが…。生み出された魔獣によって誰かが被害を受けたわけでもなく、大きな混乱が起きたわけでもない」
「えぇ、そうですね」
「ゆえに、この先魔獣の生成を二度とおこなわないと伯爵が誓うのなら、騎士としてはこの一件、特にこれ以上深入りする必要はないかと思っているが、どうだ?」
「僕も同じ思いです!なによりあのお屋敷を見たら、もうすでに彼らは相応の罰を受けたとも考えられますしね!♪」
立派で豪勢な作りだった伯爵の屋敷は、半壊と形容するに他ならない状況になっていた。伯爵やレリアの収集していた宝石や絵画も痛み切っており、その被害額の大きさは想像を絶するレベルであると容易に想像できる。
「ただ、ここまでやらかしてしまった伯爵様の事を、彼と敵対する貴族家の人々は黙ってはいないことでしょうね。もしかしたらもう、伯爵でさえいられなくなるかもしれません」
「無理もないな。もとはセイラ様との婚約をないがしろにしたことから始まった一件。むしろこうなるまでに時間がかかった方かもしれない」
「つまりこれで、名実ともにセイラ様に直接アプローチがかけられるようになったということですよね?だってそれを邪魔してくるであろう伯爵様が状態なのですから、もう誰もオクト団長に横槍を入れる人間はいないことと思いますよ?」
「さぁ、それはどうだろうな」
「???」
オクトがそう言葉を発したのとタイミングを合わせたかのように、一人の人物がオクトの部屋を訪れた。
「入るぜ~」
「おっと、ターナー君じゃないか。どうしたんだい?」
「あぁ、ちょっと団長に報告があってな」
「言ってみろ」
「伯爵の件をどうするか話をしに、俺はこれからセイラの屋敷に行ってくる。かまわないよな?」
「(ピキ…)」
「(おっと、これは!?)」
静かに、それでいてピリピリとした雰囲気が部屋の中を支配する。ガラルだけはその雰囲気にワクワクしているようだが…。
「それなら団長である私が話をしに行こう」
「何言ってる。こんな雑務、わざわざ団長様が出向くまでもないとも。新入りである俺が向かうのが一番だろう?きっとセイラだってそう思ってるさ」
「いまだにセイラ様の事を呼び捨てにするような失礼な男を、騎士の代表として向かわせることなどできないな」
「おいおい冗談だろう?まだ堅苦しい呼び方をしてるのか?それじゃいつまでたっても何も進展しないわけだ♪」
「(へぇ~♪二人ともなかなかやりますねぇ♪)」
熱いレスバトルを行う二人の姿を、うっきうきな目で見つめるガラル。一瞬の静寂が空気を支配した後、ガラルがある提案を二人に行った。
「それじゃあここは騎士らしく、手合わせで決めるというのはいかがですか?あぁ、当然オクト団長には多少のハンデをつけてね」
「手合わせか…。たまには面白いかもしれないな」
「あぁ、俺もいいぜ…。最近調子に乗ってる団長様に、少し痛い目をみてもらおうじゃないか…」
「(よしよし、これは楽しくなってきましたよ!)」
…思いがけない形で実現することになったマッチアップ。それもほんの少しセイラに話をしに行くだけの任務をかけた二人の戦い。果たしてこの結果はどうなるのだろうか…?




