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第53話

 この一件を気に、オクト騎士団長との距離を間違いなく縮めることができる。心の中にそう確信するレリアは、伯爵との抱擁の熱も冷めぬうちに、数名の使用人を伴って騎士の城へと足を進めていた。


「(頭の悪い伯爵も、そろそろ捨て時かしらね…。結局、セイラに罰を受けさせるといっているのに何にも進展していないし、それどころか私へのプレゼントだって少なくなる一方じゃない。そんな体たらくを見せびらかしておいて私には愛してほしいだなんて、虫が良すぎるのよ)」


 …そもそもその原因を作ったのはほかでもない自分自身であるというのに、そんなことは全く頭の中からなくなっている様子…。


「(オクト様…。前に会った時から、少し時間を空けたのも私の作戦通り…。きっと今頃、オクト様は私に会いたくてうずうずされているに違いないもの♪)」


 …レリアがこれほどまでに自信過剰になっていることには、ある理由があった。彼女は伯爵が魔獣の件で動き回っていた最中、数名の騎士たちと関係を持っていたのである…。


「(あの中級の騎士、名前は何と言ったかしら…。少し胸を押し付けるだけで私の誘いに乗ってきて、ほんとちょろかったわ♪それにその部下の騎士も、私の甘い声におびき寄せられて…。まぁ仕方ないわよね。天性の魅力がある私に直接言い寄られたら、断れる男なんてどこにもいないもの♪)」


 …名前も思い出せないほどの短い関係で終わったということは、決して相手を手籠めにできたわけではない……ものの、彼女にとって大事なのは関係を築くことではなく、彼らから聞き出したある秘密を手に入れることだった。


「(私の前じゃ、魔獣計画はすべてうまくいっていると言っていたのに…。あの伯爵はうそをついていたのね。しかも生み出された魔獣を退治したのは、他でもないあのラルクだって話じゃない。…私の誘いを断った愚かな男のくせに、ほんと気に入らないわ…)」


 …本当に活躍しているのはセイラの方なのだが、彼女の意志でそのことは伏せられており、騎士たちもまたそのことは知らされていなかった。だからこそレリアの耳に入った情報も、魔獣の退治に当たっているのはラルクだという話だった。


「(ラルクも気に入らないけれど、問題なのは伯爵の方よ。仮にも婚約者の関係にある相手を欺くだなんて、ほんと最低な人間のすることだわ。そんなの、切り捨てられて当然よね?)」


 伯爵との関係を切り捨てる思いを固めたとことで、彼女は騎士の城に到着した。迎えに現れた若い騎士たちに迎え入れられるままに、オクトの待つ団長室へと向かうのだった。


――――


「お久しぶりでございます、オクト様!ずっとずっとお会いしたく思っておりました!」


「お世辞はいらない。レリア様、今日は何の用だ?」


「(まぁ、表情をこわばらせて…。私と話をすることを、まだ恥ずかしがってるのかしら…♪)」


 レリアの目には、低い口調で言葉を返すオクトの姿は自分への恥ずかしさからくるものだと映った様子。しかし彼女はそこには触れず、そのまま本題に入ることとした。


「…どうしても、オクト様のお力をお貸しいただきたいのです…」

「僕の力を?なんのために?」

「実は…。伯爵様が秘密裏に生成を行っていた魔獣たちが暴走し、伯爵家は大変なことになってしまっているのです…」

「ほぅ…」


 まさかレリアが自分の方から魔獣の一件を認めてくるとは思っていなかったオクトは、やや意外そうな表情を浮かべる。


「…そして私は、ある噂を聞いたのです。伯爵様によって生み出された強力な魔獣たちであっても、オクト様の手にかかれば簡単に退治することができるのだと…!」


 レリアが適当な騎士に関係を迫ったのは、その秘密を聞き出すためであった。


「…オクト様、私たちを助けてはいただけませんか?伯爵様は今もなお魔獣と戦っておられるのです…。あまり時間の猶予もありません…。だからこそあなた様に…」

「だがそもそも、魔獣の勝手な精製などタブー中のタブーだ。そんな禁忌を犯した人間を、騎士が簡単に助けることはできない」

「(…まぁ、そうなるわよね)」


 ここまでは計画通りな様子のレリア。彼女はここで一段と深刻そうな表情を浮かべ、それをオクトにひけらかした。


「…このようなことはあまり言いたくはないのですが、実は魔獣の生成を伯爵様に迫ったのは、かつて伯爵様と婚約関係にあったセイラなのです…」

「……」

「…どうやら彼女は伯爵様の権力を手にするだけでは飽き足らず、魔獣の力をもって強引に人々を自分の意のままにあやつろうとしていたのです…。しかしその影響が自分に及ぶことを恐れて、一人伯爵家から離れていったのでしょう…」

「……フーーッ……」


 レリアがまだ話している最中であったが、オクトはふところからたばこを取り出し一服を始めた。セイラのもとを訪れた時には、タバコに火をつけてもいいか確認をしたオクトだったものの、レリアの前ではそうしなかった。


「…セイラは本当にどこまでも自分勝手な女なのです…。私たちは散々振り回されて、挙句の果てにこのような事態にまで陥ることになってしまい……。だというのに彼女には、味方をする人物がいるらしいのです。彼女の事を好きだという人物もいるらしいのです。私は彼らに聞いてみたいですね、いったい彼女のどこにそんな魅力があるのかと。オクト様もそうは思われませんか?」

「…」


 …もはやたばこに怒りをぶつけるだけでは収まらない様子のオクト…。彼はまずいったいなにからレリアに説明するべきかと、自身の頭を抱えた…。


「(…彼女は本当に私に助けを求めているつもりなのか?私に嫌われることをわざと言っているようにしか聞こえないが…。いやいや、私の神経を逆なでしてイライラさせるためにここまで来たというなら、ここで感情的になってしまってはそれこそ向こうの思うつぼ…。本当ならこの場で蹴飛ばしてやりたいが、気持ちを抑えるしかないか…)」


 騎士ならではの自制心に従い、なんとかオクトは高ぶる感情を想いとどめる。


「…本当なら助けに応じる理由はないが、被害が広がって周囲の人々が魔獣によって傷つけられるのは騎士としていただけない。ひとまず、魔獣退治の依頼に応じることとしよう」

「ありがとうございますオクト様!!(ほらやっぱり!私が頼めば来てくれるということは、やっぱり私に気があるってことじゃない!今にみてなさいよセイラ、ラルク!私はオクト様と結ばれた後で、あなたたちにちゃーーんと罰を与えてあげるんだから♪)」

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