52話
ノドレーがセイラにフラれていた一方、魔獣の管理を行っていたノドレーが失踪してしまったことで、伯爵家は大混乱に包まれていた…。
「ど、どうするんだ一体…!このままじゃ伯爵家は…!」
伯爵家に仕える一人の使用人が、今目の前で繰り広げられている光景を見てそう言葉を漏らした。生み出された魔獣たちはコントロールを失い、見境なしに伯爵家を攻撃し始めていた。部屋を荒らし、物を壊し、たちまちその影響はおおきなものとなっていった…。
「と、ともかく伯爵様の指示を仰がないと…!」
彼は急ぎ伯爵の元へ向かい、現状を報告することとした…。
――――
「た、大変です伯爵様!!魔獣たちがこの屋敷で大暴れを始めていて、手が付けられない状態に…!」
「な、なんだって!?ノ、ノドレーはなにをしている!?はやくあいつになんとかさせるんだ!」
「そ、それがノドレー様は数日前からどこにも姿が見えず…」
「っ!?」
わかりやすいほどの”しまった”という表情をファーラ伯爵は浮かべる。魔獣の管理はすべてノドレーに投げていたために、彼がいなくなってしまってはどうすることもできなくなってしまっていた。
しかしここでそんなことを言ってしまえば、自分の尊厳を失う事にもなりかねない。伯爵は報告に来た者の目を見据え、強気な口調で言葉を返した。
「そ、それをなんとかするのがお前たちの仕事だろう!伯爵であるこの僕の事を何があっても守るんだ!もしもこれ以上う被害を拡大させたなら、その時はどうなるかわかっているだろうな?」
「そ、そんな…。わ、私たちにもどうすることもできません…。も、もはや騎士様に助けを求めるほかは」
「そ、そんなことができるものか!!」
騎士に助けを求める…。かつて自分から彼らに、脅しにも等しい手紙を送りつけたというのに、今になってやっぱり困ったことになったから助けてほしいなどと言う事は、伯爵のプライドが許すはずがなかった。しかしかといって、他に何か有効な手立てが思いつくわけでもない…。
その時、頭を悩ませていた二人の前にもう一人の人物が姿を現した。
「伯爵様、魔獣の事は私にお任せくださいませ。考えがございます♪」
そこにはレリアの姿があった。このような状況にあっても、彼女は普段と変わらない余裕綽々といった雰囲気を醸し出していた。
「レ、レリア…。だ、大丈夫だ、必ずこの僕がなんとかするとも!君に助けられてしまったら、それこそ僕の存在価値が…」
「伯爵様、私は今まで伯爵様に大変にお世話になってきました。この御恩は、私がこの先一生をかけても返せるかどうかわからないほどのものです。だからこそ、私にも伯爵様を助けさせていただきたいのです。それが私の、真実の愛なのですから♪」
「そ、そこまで僕の事を…!」
優しい口調でそう言葉を発するレリアを前にして、伯爵はすぐにノックダウンしてしまう。
「わ、分かったよレリア…!ここは君に甘えさせてもらうことにする…!」
「お任せくださいませ、伯爵様♪」
…しかし当然、レリアの中に伯爵に対する愛などあるはずもない。彼女がその心の中に考えていたのは、伯爵の考えとは全く違う事だった…。
「(ノドレーがここを出ていったのは予想外だったけれど、これは私にとっても好都合…!だって私が魔獣に襲われているという事をオクト様が知ったなら、絶対にすぐ駆けつけてくださるに決まっているもの!そしてそれをきっかけにして、私たちの距離はこれまで以上に縮められる…!そうなったならもう、この気色の悪い伯爵様の隣にいる必要はなくなるもの!)」
その瞳をキラキラと輝かせるレリアと、その輝きは自分に向けられているのだろうと勘違いするファーラ伯爵。…そもそもオクトが好いている相手はレリアでなくセイラの方であるので、レリア自身も大きな勘違いを抱えているのだった…。
「…」
そしてこの場でただ一人、伯爵に対して魔獣の報告に訪れた者だけは、二人の考えのずれに気づいていた様子…。しかしそれを口にしようものなら、二人からどんな言葉を返されるか分かったものではないため、ただただ静かにその場を去るほかなかった…。
彼は失礼しますと告げて二人の前から立ち去るとき、心の中につぶやいた。
「(はぁ…。伯爵様はレリア様のどこがそんなに好きなんだろうか…私にはさっぱりわからない…。例の食事会で彼女の本性を学んでくれたと思っていたのだけれど、何も変わっていないようだ…。伯爵様は絶対に彼女に利用されているだけなのに、そんなに気づけないものだろうか…?)」
彼が部屋から出る際に最後に目撃したのは、満面の笑みでレリアの事を自身の胸に抱きとめる伯爵の姿であった…。




