第50話
シャルナは二人に導かれるままに部屋の中へと入っていき、用意された椅子に腰を下ろして一息ついた。
一方でセイラはラルクの首根っこを捕まえて逃げられない態勢を取らせたのち、シャルナには聞こえない程度の声でラルクに言葉を発した。
「…当然だとは思いますけれど、お兄様?シャルナ様になにかいやらしいことはされていないでしょうね?もしもそんな事実があったとわかったらその時は」「そ、そんなことあるわけがないだろうっ!この僕をだれだと思っているんだセイラ!!」
正真正銘ラルクはシャルナになにもしていないのだが、いつもがいつもだけになかなかに怪しい……といった様子で、セイラはラルクの事ををいぶかしげに見つめる。
「…こちらにいらしたときから、お二人はずいぶんといい雰囲気だったように見えましたけれど…?それは偶然??」
「も、もちろんだとも!いやいや僕レベルにもなれば、隣に女性を伴って歩くだけでその姿は華々しいというか、誰もが注目するというか、きっとそういうことなんだよ!」
「ふーん。…まぁいいですけれど、それでお兄様が買いこんでいたゴミの返品はきちんとされてきたのでしょうね?」
「あ」
…すっかり忘れていた、という表情をラルクは浮かべる…。そんな彼の姿を見てセイラは、その怒りの炎を一段と深くさせ……ているかに思われたが、彼女は意外にも穏やかだった。
「まぁそんなことだろうとは思いましたけれど。シャルナ様の命とお心を助けられたのなら、良しとしましょう」
「そ、それはどうも…」
ラルクには意外に思えたセイラのその反応。それはまるで、心を病んで身を投げるシャルナをラルクが救うと、最初から分かっていたかのようにも思えた…。
「(……そ、そんなまさかね……)」
そこまで話し終えたところで、ようやくラルクはつかまれていた首を解放された。一部始終を目撃していたシャルナはきょとんとした表情を浮かべていたものの、その雰囲気はどこか楽しげであった。
改めて二人はシャルナに向き合うと、言葉を交わし始める。
「改めまして!私、ラルクの妹のセイラと言います!よろしくお願いします、シャルナ様!」
「はい、お名前は存じております。私、アーロン・カタリーナの一人娘、シャルナと申します」
「そしてこの僕が、セイラにとって愛しい愛しいたった一人の兄である、ラルクです!!シャルナ様、改めガグッ!!!」
机の下でラルクは足先をセイラに踏みつけられ、自己紹介を強制的に中断させられる。二人にとってはもはや恒例行事のようになっていたが、それを初めて目にしたシャルナは意外にもあまり驚きはせず、むしろ…。
「(も、もしかして、あの時ラルク様の言っていた愛する人って…)」
…奇しくもオクトやガラル、レイラと全く同じ勘違いをしていたシャルナ。…ラルクにはなにか、周囲に妙な勘違いさせる能力でもあるのかもしれない…。
そんな二人の雰囲気を見て、一段とその心を落ち着かせた様子のシャルナ。彼女は改めて息を整えると、二人に対して言葉を発した。
「セイラ様、ラルク様…。このようなことを聞くのは失礼かもしれませんけれど、どうして私の事を助けていただいたのですか?…私、お二人に助けていただく義理など、何もないと思うのですが…」
財閥令嬢である自分の家出を手助けしても、セイラたちには何の得もない。それどころか、怒ったお父様やお母さまから恨みを買ってしまう可能性だってある…。自分一人をかくまうメリットがまったく感じられないと思った彼女は、そう疑問を抱えていた。
セイラとラルクの二人は互いに目を合わせたのち、シャルナに説明を始めた。前にカタリーナ家の召し使い長から、シャルナの事に関する相談を受けたことがあったこと、シャルナの事を二人とも気にかけていたこと、そしてなにか嫌な予感を覚えたセイラがラルクをシャルナのもとに向かわせた結果、あのような状況に遭遇したこと。
「そ、そうだったんですね…。ですけれど、そもそもどうして私を助けようだなんて…」
直接的にシャルナを助けたのはラルクだったものの、その質問にはセイラが答えた。
「…なんだか、シャルナ様の置かれている世界が、あの時の私と似ているなと思ったんです…。完全に自分の心を殺して、ありもしない愛情関係を無理矢理受け入れて、婚約を受け入れようとしていたあの頃の自分に…」
「セ、セイラ様…」
当然、シャルナはセイラの過去の事も知っている。セイラを婚約破棄して追放した伯爵は、そのことを大声で大々的にひけらかしたためだ。セイラのことを少しでも傷つけてやろうという伯爵の魂胆がそこにはあった。
「けれどセイラはね、婚約破棄…というよりも家出かな?家出を経験して、別人のようにさっぱりした性格になったわけよ!言いたいことは遠慮なく言っちゃうし、誰が相手でもひるんだりすることもないし!…まぁ兄の僕的には、前の気弱でひよこちゃんみたいだったセイラもそれはそれでかわいグギュッ!!!」
学習しないラルクは再び、その足先にダメージを負う…。相変わらず調子のいいラルクをセイラが仕留めた形だったものの、それを見たシャルナは、これまでと少し違った思いを抱いていた。
「(セイラ様がかつて気弱だったなんて、とても信じられない…。い、いったいそこにどんな心の変化が……)」
シャルナはふと、セイラの隣でもだえるラルクの方へと視線を移した。
「(も、もしかしてラルク様のおかげなんじゃ!?私だけでなく、セイラ様の心までも救っていたんじゃ!?それほどにラルク様には、そこしれない魅力と強さがあるんじゃ…!!!)」
痛がる様子のラルクだったものの、シャルナに見られていることに気づくと、再びその表情をいつものどや顔にした。
「(こ、こんなかっこよくて素敵な人なんだもの!!絶対にそうに決まっているわ!!!)」
「(シャ、シャルナ様……。お兄様を見つめて、すさまじくその目を輝かせて…。い、一体どうしちゃったんだろう……)」
…ラルクに対する勘違いが、再び始まってしまうのだった…。
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