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第48話

 もうすぐここに、お父様とお母さまが戻ってくる。二人をがっかりはさせたくないから、すぐにいい子の私の戻らないと…。

 今までだってそうだったじゃない。二人のために必死に自分を殺してきて、理想の従順な娘を演じ続けてきた。その甲斐あって私は何に困ることもない、順風満帆な人生を歩んできた。……そう、二人の言うようにこのままランハルト様と婚約することが、今の私のするべきこと…。それが間違いのない選択だと、二人が言っているのだから…。


 だけれど、何度そう自分に言い聞かせようとしても、もう心は限界だった。ずっとずっと押し殺してきた自分の思いが、ついに爆発してしまったかのよう。ほかの人から見たら、私の苦しみなんてかわいいものなのかもしれないけれど、私本人はその苦しみにもう、耐えられそうにない…。

 今、私の目の前には天国への扉が開かれている。ここをくぐれば、もう理想の娘を演じなくてもよくなる…。二人の機嫌を取ることばかりを考えて生きてきたけれど、それももうしなくてもよくなる…。なにより、もう自分の心を押しとどめる必要もなくなる…。


 私は上履きを丁寧に窓の下にそろえ、その勢いのままに自分の身を窓から投げ捨てた。


――――


「……あ、あれ…?」


 意を決して窓から飛び降りたシャルナ。しかし彼女の体は大地まで落ちることはなかった。その寸前のところで、下で待っていた一人の男に抱きかかえられたからである。


「いけませんよシャルナ様、このようなことをされては、せっかくの美しいお体とお心が台無しになってしまいます。このラルクがいる前でそんなこと、絶対にさせませんとも♪」


 ラルクはいつもと変わらない様子で、痛いセリフを言いながらその歯をキラーンと輝かせる。……本当は落下してきたシャルナを受け止めた衝撃で、泣き出したいほどの痛みがその体に広がっているものの、彼は根性だけでそれを我慢している様子…。


「え、えっと………。わ、私……」


 なにがなんだかわからないシャルナは、言葉に詰まってしまう。それもそのはず、彼女はついさっき自ら命を絶つ選択をしたのだった。にもかかわらず、名乗られるまで名前さえも知らない一人の男性に、お姫様抱っこのような形で抱き留められている。男性と触れ合う事さえ初経験の彼女にしてみれば、動揺しない方が無理な光景だったことだろう。


「大丈夫、シャルナ様の言いたいことはすべてわかりますよ?突然に僕のような素敵な男性に抱きかかえられて、心のときめきが止められないのでしょう?心配はいりません。それはこの僕とて同じなのですから…♪」


 こんな状況でも変わらないラルクの口ぶり。普段ならこのあたりで痛い目を見て終わるのがいつもの彼なのだが、今日は違っていた。というのも、他でもないシャルナ自身が、これまでの女性たちとは違った感情をその心に抱いていたからである。


「(…こ、この人………なんて素敵なの…!!!!!!)」


 …まったく男性への免疫を持たないシャルナの目には、自信満々に言葉を語るラルクの姿は輝いて映った様子だった…。


――――


「っ!?」


 ラルクはシャルナの事を抱きかかえたまま、素早く近くの草むらに身を隠した。その直後、彼女の使用人とみられる二人の人物が息を切らしながらこの場に姿を現した。


「はぁ…はぁ…。ま、まずい…。シャルナ様、いったいどこに行ってしまったのか…!」

「こ、婚約式典を前にいなくなったなんてことになったら、大問題になるぞ……!」

「そ、そもそもこれが旦那様に知られたら、お前たちは一体シャルナをどう管理していたのかと激怒されるに違いない…。な、なんとかしなければ…」


 少し周囲を見回したのち、二人はそのまま違う場所を目指して走り出していった。その様子を見届けたのち、シャルナがラルクに対して言葉を発した。


「…あ、あの……ラルク様、どうして私の事を…?」


 シャルナからそう質問されたラルクは、やや笑みを浮かべながら説明を始めるのだった。


――――


 カタリーナ家を訪れた時、シャルナの置かれている状況を聞かされたセイラとラルク。それ以降二人はシャルナのことを気にかけ続けていた。

 そんなある日の事、シャルナに関して突然になにか胸騒ぎを覚えたラルクは、運命に導かれるかのように自分の屋敷を飛び出し、彼女の元へ向かった。そこで遭遇したのが、まさに飛び降りた瞬間の彼女だったという。


「わ、私なんかのためにそこまで…」


「仕方ないじゃないか。僕らは運命によって導かれた関係。そこに理由なんてないんだよ」


「っ!(////)」


 …決め顔でそう言葉を返すラルクと、その表情を赤く染めるシャルナ。…しかしラルクの言葉には、ある大切な事実が抜け落ちていた…。


『お兄様!!!!なんですかこの薄気味悪い洋服は!それに気色の悪いバッジまでついてるんですけど!!』

『そ、それはその………。それを着れば町ゆく女性たちがみんな僕に振り向いてくれるという、それはそれは特別な魔法が付けられた』『ああもう!また余計なものを買ってきましたね!今度という今度はもう許しませんよ!』

『き、聞いてくれセイラ!今度こそ本物に違いないという確信が』『いいえ!!これを売りつけてきた人間を死ぬ気で探し出して、全額返金されるまで帰らないでください!!いいですね!!!』

『は、はい……』


 …といういきさつにより、ラルクはただただセイラに叱られ飛び出てきただけだった…。そこに彼の言う運命などは、あまり感じられない…。


 とはいっても、彼が命の危険を賭してシャルナの事を助けたのは紛れもない事実。明らかにラルクのことを好いている様子の彼女を前にして、ラルクはこれからどうしていくのか…?

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