第46話
ルイス家に現れたのは他でもない、今やこのあたり一帯ではそれなりに有名になっているラルクと、その妹のセイラだった。
「セ、セイラ…!?なんでこんなところに…!?」
「そ、それにとなりの男って…!?」
セイラたちの姿を見るや否や、二人はその体をこわばらせる。
「先日、私がお呼びしたのですよ。この国に住まう困った人々のために、その力を遺憾なく発揮されているラルク様と、それを支えておられるセイラ様。ぜひともそのお話をお聞きしたく思いましてね」
…実際の二人の役割はその正反対なのだが、その事はルイスも知らない様子…。そしてルイスの話を聞いてなお、ボルトとシャルフはセイラたちに敵対的な視線を送っていた。
「……セイラ、僕ら完全に敵対視されているけれど、知り合いかい?」
「さぁ?会ったこともありませんので…」
伯爵家でも位の低い二人。かつて伯爵の婚約者であったセイラからしてみれば、当然のようになんの印象も持ってはいない様だった。
「こ、こいつ…!伯爵に捨てられた分際のくせに、生意気な口を…!」
「おいボルト!ちょ、ちょっと耳を貸せ!」
感情を高ぶらせるボルトをいったん落ち着かせ、シャルフは自身の考えを彼に耳打ちで伝える。
「この状況は願ってもないものだ…。セイラの隣にいる男、噂じゃ王族の関係者か貴族令息らしいじゃないか…。魔獣を使って一瞬のうちにセイラを人質にとって脅せば、きっと相当な金をゆすることができるとは思わないか…?」
「な、なるほど…それは確かに…!」
二人は互いに不敵な笑みを浮かべ、そのまま手で魔獣に合図を送った。次の瞬間、彼らのもとに控えていた魔獣は猛スピードでセイラめがけて発進し、その首元に牙を突き付けようとした。………ものの…。
「ふんっ!!!!!」
セイラは魔獣の攻撃を一瞬のうちに伏せてかわすと、そのまま強烈なアッパーカットを魔獣のお腹にお見舞いした。その威力はひとたまりもなかったようで、魔獣は一撃だけでノックダウンしてしまう…。
「「………………へ?」」
ラルクをのぞく男三人は、そろいもそろって開いた口がふさがらない様子…。
「(お、おいおい…。セイラって確か、気弱で面白みがないから伯爵に捨てられたんだったよな…?こ、これはいったい何の冗談なんだ…?)」
「(お、俺たち……夢でも見てるんじゃないだろうか……)」
ボルトとシャルフは魔獣の生成を担当するノドレーの部下だったが、セイラが魔獣を倒しているという事実は隠されていて知らなかった。信じがたい現実を目にして固まる二人だったものの、すぐに気持ちを切り替える。
「こ、このまま金を得ずに帰ることなんてできるわけがねぇ!このことがバレたなら、きっと俺たちは伯爵家を追放されるんだからな…!」
「あ、あぁ…!魔獣でだめなら仕方ない、俺たちが直接やるしかねぇ!」
自らを奮い立たせるようにそう言葉を発する二人。男ふたりの力づくでセイラを人質としようとした様子だったが、そんな二人の前に一人の男が立ちふさがる。
「この僕を目の前にして、そんな事ができるとでも?」
「「っ!?」」
「君たちには最初に言っておこうか。今までこの僕と相対した人間で、無事に帰った人間など誰もいはしないんだ。…自分たちだけは例外だとでも思っているのかい?」
額に手を当て、自分が思うカッコいいポーズを見せびらかすラルク。…そんな姿は妹のセイラには、非常に恥ずかしく映っている様子…。
「(お兄様、さすがに恥ずかしすぎる…!ここには財界への影響力を持つ、ルイス様もいらっしゃるというのに…。その姿が噂にでもなったら、私まで痛い性格なんだと思われるかもしれないのに…!)」
しかし一方で、他の男三人たちは正反対の事を想っている様子…。
「(こ、こいつやっぱり噂の男に違いない…!こんなに余裕でいられるのは、もうすでに勝利を確信しているからだろう…)」
「(な、なんで俺たちはこうなるんだ…!せっかく魔獣を盗み出してきて金持ちになって、遊んで暮らせると思っていたのに…!)」
「(ラ。ラルク様…。構えはあまり強そうには見えないものの、だからこそ相手につけ入る隙を与えないのだろう…!なんとレベルの高い技術をお持ちなのか…!)」
「さぁ、来ないのかい??まぁ仕方ないか。かわいいかわいいひよこ二匹では、目の前に立ちふさがる恐竜を倒すことなどできないだろうからね♪」
「「っ!?」」
ラルクが見せつけたただのかっこつけのどや顔が、二人には鳥肌が立つほど不気味なのもに見えたらしい。…それは決して間違った感情ではないのだが、二人にしてみればこれほど恐ろしいものはなかったようで…。
「こ、ここでやられるくらいならまだましだ!!逃げるぞ!!!」
「く、くそったれ!!!」
……先ほどまでの勢いはどこへやら、二人は息をぴったりと合わせてカタリーナ家から飛び出していった…。そんな二人の姿を見届けた後、ラルクはセイラに振り返って決めセリフを放つ。
「どうだいセイラ?これで僕への愛をより深いものに」「殺しますよ?」「すみません…」
すぐに調子に乗ろうとするラルクと、そうはさせまいとくぎを刺すセイラ。行きぴったりな二人の様子を見て、ルイスは心の中にこうつぶやかずにはいられなかった。
「(こ、この兄妹はいったい何者なのか…)」
しかし二人の勢いに押されてしまっては、カタリーナ家に仕える召し使い長の名が泣くというもの。ルイスは少し深呼吸をしたのち、二人に向けて言葉を発した。
「それではあらためて…。本日はこの屋敷までおいでくださったこと、誠に感謝申し上げます。私、この屋敷で召し使い長をしております、ルイスと申します」
ルイスの挨拶を受けて、セイラとラルクもまたそれぞれ挨拶を返した。そしてルイスの口から、二人をここに呼び寄せた理由が語られたのだった。
「実は……主人であるアーロン様のご令嬢であられるシャルナ様について、お二人に相談したいことがございまして…」




