第40話
「ファーラ伯爵様、魔獣作戦はすべて順調に進んでおります!」
「そうかそうか!」
ノドレーからの言葉を聞き、ファーラ伯爵は一層その機嫌をよくする。生み出された魔獣によって、自分たちの思惑通りに事が運んでいる。そう信じて疑わない伯爵はノドレーに命じて、魔獣の召喚を続けていた。
最初はセイラに向けられていた魔獣は、次第にその範囲を広げ、今では伯爵が快く思わない敵対貴族や反抗的な部下、果ては一部の王族にまで向けられるようになっていた。
「しめしめ…。魔獣に襲われた者たちはみな、恐れおののいていることだろう…!」
…しかし伯爵は全く気付いていなかった。発生させた魔獣たちはことごとく騎士たちとセイラの存在によって退治され、世間的には魔獣の発生は突然の雨くらいの関心しかなく、結果的にまったくその意味をなしていないという事に…。
「魔獣によって僕に歯向かう者どもを痛めつけ、天罰を与える。そうすることで伯爵家の威厳は保たれ、僕に反抗する者たちはいなくなる…!そうして力をつけた僕の事をレリアは心から愛し、セイラは深く後悔する。…これほど完璧な計画、父上とて思いつかなかったことだろう!ついに僕はあの忌々しい父親を超えたのだ!」
「さ、さすがは伯爵様…。お見事でございます…」
魔獣の件に関して、ライオネルはファーラに何も言ってはこなかった。ファーラはその理由を、自分の計画がすべてうまくいっており、文句の付け所がないためだと分析していた。しかし現実はそうではなく、あらゆる情報に精通するライオネルの耳にも全く入らないほど、魔獣の影響はないに等しいものだったからだ…。
「それでノドレーよ、魔獣によってすべてに決着がつくのはまだなのか?いつになるのだ?」
「(ギクッ!!)」
伯爵からの問いかけに、心臓をどきりと鳴らすノドレー…。現実は決着がつくどころか、最初の一歩を踏み出すことさえ成功していない……などとは言えるはずもなく、ノドレーは震える心を何とかごまかしながら伯爵に言葉を返した。
「い、今はですね、その~…魔獣の召喚にかかる魔力の調達の段階でして、なのですね、もう少しかかるかなぁ~と思われます…」
「…はぁ?」
「そ、それに…。お言葉ですが、こうも魔獣を連続的に召喚していますと、みなの負担も増すばかりです…。体を壊し始めているものも出てきていますし、できれば少し休息の時間を…」
それは嘘偽りのない、ノドレーの本心からの言葉だった。しかし伯爵は聞く耳を持たない。
「体を壊すだって?僕のために働いた結果そうなったというのなら、名誉な事じゃないか。雇われる者たちは雇っている者のために身を粉にして働く、それが使命というものだろう?」
「そ、それは…」
寝る間も惜しんで魔獣の召喚にあたっている者たちへのねぎらいの言葉を言うどころか、伯爵である自分のために身を犠牲にするのは当然だと言い始める。レリアなど関係なく、彼自身の傲慢さが垣間見えた瞬間だった。
「まぁいい…。僕はこれでも寛大だからな。…それじゃあ、来るべき決着の日に備えて、早めに手を打つとするか…」
「ど、どのような…??」
一難去ってまた一難……。そう考えるノドレーの心など知る由もなく、伯爵は自身のアイディアを披露し始める。
「くくく…。決まっているだろう?『魔獣の発生を止めてほしいなら、これから先は永遠にファーラ様に従いますと誓いに来い』と記した手紙を国中に送りまくるのだ。僕は優しいからな。僕の事を嫌う貴族たちは、助けてくださいと僕には言いづらいのだろう。だからこちらから助け舟を出してやるというわけだ」
「っ!?(そ、それはまずい!魔獣になんて何も困っていない人たちにそんな手紙を送ってしまったら、それこそ伯爵様がただのイタい勘違い男だと思われてしまう…!これまでごまかし続けてきた嘘が、一瞬のうちに発覚してしまうかもしれない…!)」
「どうだ?手紙を送りつけるにはそろそろいいタイミングだとは思わないか?」
「す、素晴らしい案であるとは思うのですが、わ、わざわざ伯爵様の方から助け舟を出される必要はないかと!!伯爵様はただどんと構えて、向こうが泣きついてくるのを待つべきかと!!」
ノドレーは今までの人生で最も必死に言葉を発した。…が、その必死さは伯爵には伝わらなかったようで…。
「その必要はない。このあたりで伯爵であるこの僕の度量の広さを見せつけてやろうじゃないか。きっとその方がレリアにも好印象だろう。ノドレー、さっそく準備にとりかかってくれ」
「は、はい…」
ここまで言われて、当然ノドレーに拒否などできるはずもない。彼はしぶしぶ伯爵の計画を受け入れ、これからいったいどうするかという事に頭を悩ませるのだった
…。




