第36話
国王に仕える騎士たちの城。そこではある噂でもちきりだった。
「なんでも、魔獣を一人で打ち倒した男がいるんだとよ…」
「またまた…。どうせ正体がどこかの天才騎士とかだったってオチだろう？？」
「いやそれが、騎士でも何でもないただの普通の男らしいんだ…」
「そ、そんなまさか…」
「う、嘘じゃないって！団長も副団長も知り合いらしいし、実力は間違いないだろう…！」
セイラが魔獣を倒したという事を知るのは、限られた人物だけだった。だからこそここでも前と同じく、セイラの隣に立つラルクの方が有名人になりつつあった。
そんな噂話に花を咲かせる騎士たちを、冷たい目で見つめる者が一人…。
「うるせぇなぁ。そんなもんただのうわさだろう？本気にするだけ時間の無駄だ」
「ターナー…。新入りのくせに生意気な口を…」
騎士たちの間に、張り詰めた空気が満たされる。ターナーは新入りの騎士でありながら、このように先輩たちに食って掛かることが多い性格だった。
「ターナー、お前も本当は興味があって仕方がないんだろう？？その例の男に」
「けっ…。どれだけの魔獣を一人で倒そうが、この俺の力には敵いはしないとも。俺より弱いものになど興味はない」
「あぁ、そうかよそうかよ」
「お前たちだって、そんなつまらない話をしている時間があるのなら、少しは鍛錬でもしたらどうだ？俺との実力差は広がる一方だぞ？」
「こ、こいつ…新入りのくせに言わせておけば…！！！」
座っていた椅子から立ち上がり、ターナーに殴りかかろうとする騎士を、その隣に座っていた別の騎士がつかまえてたしなめる。
「はぁ…。まるで烏合の衆だな…。こんな奴らと一緒にいると、俺の剣まで腐っていきそうだ…」
「貴様……！もう一度言ってみやがれ！！！」
ターナーが騎士としてここに来てからというもの、このような光景は毎日のように繰り広げられていた…。
そんなある日の事、若きターナーは団長オクトからじきじきにある命令を下された。
「ターナー、お前にはこれをやってもらいたい。新入りのお前にはちょうどいい仕事だとも」
「新入りにちょうどいい、ねぇ…」
オクトが命じたのは、ある屋敷の周囲に魔獣が湧き出てしまったために、それらを退治してこいというものだった。
「本来なら騎士の助けもいらないだろうが…。まぁせっかくだ。行ってくるといい」
「(なんなんだよ全く…。面倒だから、早く行って早く終わらせるか…)」
内心ではイライラを感じながらも、団長からのじきじきの命令とあっては断るわけにもいかない。ターナーはしぶしぶ言われた場所へと急ぎ向かうのだった。
――――
「………」
現場に着いたターナーは、目の前に広がる光景が信じられなかった。
「はあぁぁぁぁぁ！！！！！」
出現した魔獣を相手に危なげなどかけらもなく、その美しい剣技で一方的に魔獣を圧倒する一人の女性の姿がそこにはあった。華麗なダンスをするかのようなその動きを前に、ターナーはただただ目を見開いて見守るほかなかった。
「(す、すっごい綺麗…。あ、あんな女がすぐ近くにいたなんて…)」
オクトがターナーに命じた行き先は他でもない、セイラの住む屋敷だった。何者かが彼女の屋敷の近くに魔獣を湧かせ、屋敷中を巻き込んで暴れはじめたのだという。しかしセイラの攻撃が早すぎて、周囲に住む人々には気づかれる前に魔獣の退治が終わってしまい、結果大きな騒ぎになどはなっていないということだった。ターナーが来た時にはもうすでに残党狩りの様相を呈しており、文字通り危なげなどかけらもなかった。しかし魔獣発生の情報を素早く入手したオクトは、万が一のことを考えてこのターナーを現場に向かわせたのだった。
ターナーは一歩、また一歩とセイラの元へ向かう。その途中で、なにやら【＞＜】のような表情を浮かべて倒れている男が一人いたが、まぁけがもなく大丈夫そうだと考えターナーは気にしなかった。
「えっと…。あなたは騎士の方ですよね？お手伝いに来ていただいたんですか？」
「あ、ああ…」
「ありがとうございます！騎士の方がいれば、どんな魔獣も怖くはありませんね！」
魔獣との戦いの結果、身にまとっている服は多少傷がついてやつれてしまっている。しかしそれがどうしたと言わんばかりのセイラの様子を見て、ターナーはこれまでにない感情を心に宿した。
「(か、かわいい…。かも…)」
今まで力で周りをねじ伏せることしか考えてこなかったことの反動なのか、それともセイラの姿がストレートに心をつかんだのか。いずれにしても正真正銘、ターナーにとっては初めての一目惚れだった。
「せっかく来ていただいたんですし、お茶でもどうですか？美味しい茶葉が収穫できたんですよ！」
「あ、あぁ…。い、頂こう…かな…(い、今までお茶の誘いなんて乗った事がない…！なんて返事をすれば好感度を上げられるんだ…！？)」
「ほーーらお兄様！！いつまでも寝てないで起きてください！！……っ！！！」
「ギュハッ！！！！」
魔獣を見ただけで泡を吹いて気絶してしまったラルクのお尻をセイラが蹴り上げ、ラルクは意識を戻したのだった。
そんな姿を見たターナーは、その心の中でぼそっとつぶやいた。
「(や、やばいかも………俺この女、めっちゃタイプかも…)」
＝＝＝＝＝＝＝＝
いつも作品をご覧いただき、本当にありがとうございます！
少しでも面白いと思っていただけましたら、お気に入りや☆、♡をいただけますと死ぬほど喜びます！
引き続きこれからもお楽しみいただければ幸いです！
