第35話
セイラのいなくなった伯爵家。そこでは今日も二人の人間の会話が繰り広げられていた。
「レリア!聞いてほしい!ついに僕の念願がなかったんだ!!」
「そ、そんなに慌てて…。いったいどうされたのですか、伯爵様?」
ファーラ伯爵は子どものようなはしゃぎ様で、レリアの部屋へと押し掛けた。
「聞いて驚くんじゃないよ!?ついに……ついに魔獣の生成に成功したんだ!!」
「まぁ!!!!」
二人は勢いのままに抱き着き、そのままベッドのふちに並んで腰掛ける。
「魔獣といえば…。伯爵様が長らく研究開発しておられた幻の存在ですよね??魔力を有する者の儀式によって生まれ出て、呼び出した人間の命令を何でも聞くという…」
「その通り!その力は強大で、それゆえに封印されてしまったとさえ言われているほどだ」
「伯爵様、それはつまり…。並の人間が到底かなわない力を持つ魔獣を生み出すことができたなら、その力を使ってありとあらゆるものが私たちの手の中へと入ると…?!」
「そうだともレリア!!生み出された魔獣の強さたるや、王都に控える騎士たちでまとめてかかって相手をしたとしても、それでようやく勝率は五分五分というところだ!それほどに強力な力を持つ魔獣の生成に成功したんだ!」
ファーラ伯爵は暗殺用の毒薬の開発に並行して、半ば伝説化していた魔獣の存在をこの世界に現出させることも計画していたのだった。セイラに聖女の素質があるかもしれないところに可能性を感じた時から、魔獣の可能性にも目をつけていた伯爵。ついにそれが現実になったのだった。
「それでそれで、産まれた魔獣たちは私たちの命令をちゃんとききますの??あと力は本当に強いんですの??」
「くっくっく、よく聞いてくれたレリア!まず、僕たちの命令しか聞かないことはもう確かめてある!心配ならレリアにもあとから体感させてあげよう!仮に君が誰かを殺せと命じたなら、魔獣は忠実にその命令を守るとも!」
「すごい!!さすが私が将来を約束した伯爵様!最初からあなた様はそれほど素晴らしい方に違いないと確信していましたわ!」
「ふふふ…。強さの方だって伊達じゃないぞ??今回の計画にあたった者たちからの話では、騎士団の団長と副団長がその力を合わせてようやく、発生した魔獣たちを撃退することができた程度の力だったという!」
「あ、あの二人でやっと…!?」
「それはつまり、生半可な人間では相手にならないという事を意味する!これはもうこの世界で最強の存在を手にしたと言ってもいいだろう!!」
「すごすぎます伯爵様…!やはり私の目に狂いはなかったのですね…!」
つい先日の食事会での言葉などすっかり忘れてしまったかのように、調子のいい言葉を繰り返すレリア。しかし伯爵に彼女の心を疑うことなどできるはずもない。
しかしその話、伯爵の元にはそう報告されていたものの、現実は全く異なっていた。現れた魔獣はセイラとオクトによって一網打尽にされたわけだが、伯爵の元にはそう伝えられていなかった。…というのも魔獣の生成者たちにしてみれば、騎士団の団長であるオクトはともかく、セイラを相手にしても目立った活躍を見せられなかった魔獣の話など、口が裂けても伯爵に言えるものではなかったためだ…。
戦闘のすべてを見ていた魔獣の生成者たちは、セイラの剣技を見て震え上がったことだろう。これほどの女性を伯爵家は、一方的に冷遇し続け最後には婚約破棄まで迫ったのか、と…。
ファーラ伯爵とセイラはしばらくの会話を終えたのち、二人は再びその距離をゼロとした。お互いがその心に思っているのは…
「(これで…これで間違いなく、レリアは一段とこの僕に心を奪われたことだろう!!僕らが真実の愛で結ばれる日は近い!!)」
「(相変わらずハグが下手で暑苦しい…。けど、魔獣の存在は使えそうね…。伯爵の命令を聞かないようにして、私の命令だけ聞くようにすれば、今度こそ私に歯向かう者たちを一網打尽にできるでしょうし…♪。……あぁ、でもこいつはやっぱり臭い…)」
レリアに抱き着きすっかり上機嫌になっている伯爵は、彼女の顔を自身の胸に抱き寄せながら言葉をつづけた。
「そして僕は君のために…。魔獣でセイラに復讐をしてやろうと思う。どうだい?」
「くすくすくす…。実は私も全く同じことを考えていましたわ♪」
「たとえセイラの兄であるラルクが少々強かろうとも、あの魔獣たちを相手にできるはずがない。二人は魔獣に追い詰められて、最後には泣いて詫びることだろう。伯爵様、お許しくださいと(笑)」
「いまさら後悔してももう遅い!!というやつですね!(オクト様やガラル様があんな二人に味方をするはずもないし、これはもう勝負ありじゃないかしら?ましてやオクト様の心は間違いなく、この私の元へ向けられているのだから♪)」
「僕らにあんな恥をかかせたこと…。死んでも死にきれない思いをさせてやろうじゃないか!」
「それじゃあ伯爵様、さっさとセイラのお屋敷に魔獣を湧かせてくださいませ!ものの数分でここまでセイラの泣き声が聞こえてくるでしょうから…♪」
「ああ。魔獣に襲われるなんて気の毒に思われるかもしれないが、自分たちが悪いんだから仕方がないというものだよ!」
伯爵はさっそくその準備に取り掛かった。…しかし初見の時ならともかく、一度戦った魔獣などセイラ一人でも簡単に打ち倒すことは可能であろうに、二人は全くその可能性に気づかないのだった…。




