第19話
レリアの姿を見た伯爵は、それまでの悲観的な表情を吹き飛ばし、一転して満ち足りた表情を浮かべた。
「待っていてくれたのかいレリア!」
「当然ですわ!一秒でも早く伯爵様にお会いしたかったのですから!」
ライオネルにこってり絞られた反動からか、伯爵はすぐさまレリアに抱き着いて自分の心を癒し始める。
そんな二人の姿を見て、レーチスは静かにその場を後にしていった…。
「伯爵様、ライオネル様のお話とはなんだったのですか?」
「あ、ああ…」
愛しのレリアの前ではいい格好をしたい伯爵に、ありのままを話すことなどできるはずもなかった。
「ど、どうやらセイラには味方をする謎の男がついているらしいんだ…。そいつのせいで、レーチスの計画が邪魔されたのだと…。話によると、相当な実力者らしい…」
「へぇ…」
相当な実力者で、セイラに気を許す男。その言葉を聞いたレリアは、当然のようにその心の中であることを想いつく。
「(そんなに強い男が味方をしているだなんて…。もしかして、どこかの有力な貴族の息子だったりするのかしら?それくらい優良物件だったら、私のものにしてしまいたいわね…♪)」
かつてセイラの元を訪れた際、レリアはラルクの顔は見ているはずだったが、やはり興味を持たない彼の事は印象として残らなかったらしく、覚えてもいないらしい。
「ねぇ伯爵様、その男の話をもっと詳しく聞かせていただけませんか?セイラがそれほどに入れ込む相手がどこの誰なのか、気になってしまいます」
それは建前であり、その内心は…
「(もちろんそんなのはうそ。もしもその相手がこんなゴミ伯爵よりもかっこのいい使える男だったら、私が寝取ってやるんだから♪)」
こうしてレリアは、そのターゲットをラルクへと向けるのだった…。
――――
一方のセイラとラルクは、ある意味大変な日々を送っていた。というのも…
「あ、あいつらこの辺りじゃ有名な3人組だったが…。それをたった一人でねじ伏せたというのは本当ですか!!」
「お、俺はあいつらに家族を大変な目にあわされたんだ…!仕返しをしてくれたこと、本当に感謝しているよ!!」
「ぜひ今度、彼らを破ったあなたのその体術を教えてほしい!!」
目をキラキラと輝かせる人々に囲まれているのは、セイラ…ではなく…。
「いやいやそれほどでもありませんとも!!!まさかさまさか…!こんな急にこの僕の時代が訪れることになろうとは…!!!」
うっきうきな様子で人々の歓声に答えるのは、同じくその表情を輝かせるラルクであった。
「(まったくお兄様ったら…。すぐ調子に乗るんだから…)」
一方のセイラは、そんなラルクの事をジト目で見つめる。
どうしてこんなことになっているかというと、3人組がレーチスに対して語った言い訳がそのまま噂話として広まっていき、結果としてこれほどまでに大きく知れ渡ることとなってしまったためだった。
あの3人組はこれまでに、人々から嫌われるような仕事を数々こなしてきていた。そしてそれに歯向かおうとする者がいたなら、暴力を用いて一方的に鎮圧を図っていた。それはたとえ相手が女子供であろうとも変わらず…。
そんな憎むべき3人組をたった一人で蹴散らしたラルクという存在が、人々からもてはやされないはずがなかった。
「いやいやみんなありがとう!!これからもみんなのために頑張らせてもらうからね!!」
「ぜひ私と付き合って!!!あなたのような勇敢な方と結ばれたいの!!」
「か、彼と結ばれるのは私よ!!」
「なによなによ!私はずっと前から彼の事を追ってたんだから、私の方が結ばれるべきよ!!」
「いや~、モテる男というのも大変だなぁ~。今度神様に、僕の分身を作ってもらうよう頼まなくっちゃいけないなぁ~♪」
「はぁ~…お兄様、もうこのあたりで…」
調子に乗るラルクを、いつものようにノックダウンさせようかとセイラが考えていた時、一人の女の子が駆け足でラルクの前に姿をあらわした。
「これ、あげる!!」
そう言って女の子が差し出したのは、小さな石を連ねて作られた可愛らしいブレスレットだった。ラルクはその場に身をかがめ、女の子と同じ目線をとる。
「私のお母さん、前にあいつらに連れていかれたの…。けど、昨日帰ってきたんだよ!お母さんの話だと、あいつら急に自分たちの基地から逃げ出していったんだって!だから、そのお礼!」
心の底から浮かべているであろう、その明るい笑み。ラルクは朗らかな表情で、差し出された贈り物を丁寧に受け取った。そこには、ついさっきまでのお調子者の雰囲気はかけらもなく、むしろ紳士的な様子さえ感じられた。
「ありがとう、ずっとずっと大切にするよ。…けれど、本当にすごいのは僕じゃないんだよ?」
「すごいに決まってるよ!だから、将来私が結婚してあげる!」
突然の電撃告白を行ったと思えば、その女の子は足早にその場を後にしていった。
「告白されちゃいましたね、お兄様♪」
「こ、こまったなぁ…」
二人は、特にラルクはこのような様子で、日を追うごとに有名人になっていった。
そしてこの騒ぎは瞬く間に貴族家たちの耳にも入ることとなり、ラルクが信じられないほどの強さを持っているという噂は、日に日に真実であるかのように語られていく…。




