第13話
レーチスが騎士二人と死闘を繰り広げていたことなどつゆ知らず、屋敷に戻ってきたファーラ伯爵とレリアはそれはそれは上機嫌な様子だった。
「あんな美しい景色を見ることができて、しかもその時隣にいてくれるのが君だなんて。ほんとうに幸せでたまらないよレリア」
「私も同じことを思っていますわ。今日のデートをお誘いいただいた伯爵様に、なんと感謝の言葉を告げればいいのか分かりません」
「やっぱり僕の事を本当に理解しているのは、君しかいないようだ…。他の女性たちが束になろうとも、君一人にも敵いはしない。僕はそれほどに君を…」
「そんなことを言って…。私の心はすでに伯爵様のもとにあるというのに、もっと私の心を夢中にさせるおつもりですか?」
「ああ、そうだとも!」
伯爵は周囲の人目も気にせず、屋敷広場のど真ん中でレリアを抱きしめる。
「(レリアと一緒になることで僕の心は満たされていき、セイラの聖女の力を目覚めさせ僕の言いなりにすることで、僕の運命は完成する…!なんと完璧な計画だろうか…!)」
自信の表れからか、伯爵は強く強くレリアの事を抱きしめる。…一方のレリアは、また違う事を想っている様子…。
「(苦しいし、なんだか変なにおいもするんだけど…。まぁ今だけの我慢か…。私に相応しい階級と身分を持つ相手をいずれ捕まえるための…。そういえばオクト様は、今頃どこでなにをされているのかしら…)」
それぞれの思惑が交錯する中、戻ってきた二人の姿を見つけたレーチスが大急ぎで駆けてくる。
「た、大変でございます伯爵様!!大変なことになりました!!!」
慌ただしいレーチスの様子を見て、伯爵はそれまでの機嫌をやや失う。
「なんだうるさいな…」
「も、申し訳ございません…。し、しかし本当に」「おい!」
誰の目にも、明らかに普通ではない知らせを持ってきていると見えるレーチス。しかしレリアを溺愛する伯爵の前では、そんな普通は通用しなかった様子…。
「今、僕とレリアは互いの愛を確認しあっていたんだぞ?それがどれほど大切で美しい瞬間か、分からないのか?」
「も、申し訳ございません…」
「大体なんだ?僕たちが帰って来た時にまずかける言葉は、おかえりなさいませではないのか?そうでなければ、僕たちの美しい思い出話を聞きたがるのがやるべきことだろう?そんな基礎の基礎までここで教えてやらなければならないのか?」
「こ、これは失礼しました…。素晴らしきお二人のお時間を遮ってしまった事、深く反省しております…」
「ったく…」
レーチスはそれ以上何も言わなかった。…というより、言えなかった。今まで伯爵との長い付き合いがある彼はよく知っていた。これ以上何を問いかけたところで、その先にあるのは機嫌を損ね怒り狂う伯爵の姿しかないという事を…。
「レリアは外出で疲れているんだ。これから一緒に休んでくるから、邪魔をするんじゃないぞ?いいな?」
「は、はい…。かしこまりました…」
その時のレーチスの胸のざわめきようは、二人の騎士と相対した時と同じくらいのものだっただろう…。彼は心の中で自身のうっぷんを爆発させる。
「(あぁもう!!なにが出迎えだ!なにが美しい思い出だ!!知るかそんなもの!!こっちが話があると言っているんだから聞けばいいだろうが!!!…あの状態になった伯爵は全く人の言う事を聞かなくなる…。いつもいつもこうじゃないか…。これだから伯爵は…!!)」
頭を下げるレーチスの横を通り過ぎ、二人は屋敷の中へと歩みを進める。そのさ中、伯爵はその頭にふと浮かんだことを口にした。
「あぁそういえば、君がまえに見せてほしいと言っていたセイラとの婚約誓書、そろそろ返してもらえるだろうか?」
伯爵の言葉を聞いたレリアは、それはそれは楽しそうな表情を浮かべて答えた。
「そうそう!聞いてくださいませ伯爵様!面白い話がございますのよ!あの婚約誓書、セイラのもとまで行って彼女の目の前で破り捨ててやりましたわ!」
「…え?」
「その時の悲観に満ちたあの顔…。伯爵様の目にも御覧に入れて差し上げたかったです。今思い出しても爽快だわぁ」
「え?…え?」
レリアの言った悲観に満ちた表情、それは今まさに彼女の目の前にいる伯爵の方が浮かべていた…。それもそのはず、伯爵にとってあの誓書は自分とセイラを法的に結びつける何よりの切り札だったのだから…。そしてそんな伯爵の様子をレリアは全く気にする様子もなく…。
しかし一方の伯爵も、心から溺愛するレリアのしたことを叱責することなどできるはずもなく…。
「は…ははは…さ、さすがはレリア、この僕が見込んだだけの事はあるというものだ…は、ははは…」
この場において彼は、ただただ乾いた笑い声を発することしかできないのだった…。
「(さ、最悪の時はあの誓書で婚約を強引に通そうと思っていたのだが…。こ、これはどうする…。さ、さすがにレリアに言うべきだろうか…)」
しかし満面の笑みを浮かべる彼女の姿を見て、伯爵にそんな事が言えるはずもなく…。
「(ま、まぁなんとかなるか…。だって普通に考えてもみろ?僕は貴族家の伯爵なのだぞ?この僕との婚約をあきらめるような女が、この世界にいるはずがないじゃないか…。セイラはただただ意地を張っているだけで、その内心ではきっと僕との婚約を望んでいるに決まっている…。そうだそうだ、そうに決まっている…)」
それはまるで自分自身に言い聞かせるかのように…。
そして二人から離れた位置には、伯爵に負けるとも劣らないほど頭を抱える人物の姿が…。
「(どうするんだよこれから…。な、なんとか誤魔化すしかないか…。どうせ後からすべてを伝えたところで、なんでもっと早く言わなかったんだと怒られるだけ…)」
「(そ、それにしても…。なんだか全部がセイラにとって都合のいいようになっていってないか??ま、まさかもうすでに彼女は聖女の力に目覚め…!?)」
「(い、いやそんなまさか…。あ、あるはずがない…。あるはずがないとも…)」




