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第4章 樫尾の非常にメンドーな性格



翌朝、俺は若干の二日酔いを抱えつつ事務所に顔を出した。


「おはよう、双」


樫尾はいつも早いので、とっくにデスクにいる。


「はよーございまーす」


俺は形式的に挨拶し、俺のデスクに向かおうとしたが、そうだと思い直し、樫尾に呼びかける。


「樫尾さん、その」


「なんだ?ってお前、酒臭いな。まったく、ほどほどにしろよ」


俺はウッと言葉に詰まった。樫尾はいつもこうだ。細かいというか世話焼きというか。小一時間説教されたりすることも一度や二度じゃない。困った、飲みに誘いづらくなってしまった。


「なんでもないです」俺は口をへの字にする。


「はぁ?まあ、いいけど」


俺はそそくさと席に着く。飲みの誘いは昼休みにしよう。

始業時間が過ぎ、俺は仕事を始めた。今日は調子が戻ってきたようだ。こないだのように気が散りまくることもない。

ちらりと、玲サンの方を伺う。始業前、玲サンの所にはミオを含む数人の女子が集まり、なにやらヒソヒソと話していた。ミオはさっそく女子会の根回しを始めたのかもしれない。

今は、玲サンは電話器を片手に、忙しなく喋っているようだった。つい見惚れていると、視界にいびつな髪型の男が入った。――サルだ。


サルはもちろん本名ではない。こいつは名前を頑なに明かさないので、サル顔の外見からそう呼ばれている。サルはこの詐欺グループで、「受け子」つまり詐取した金やクレカなんかを受け取る役目をしている。この役目は一番捕まる危険性が高い。本当は詐欺をするような度胸なんてないし、本人は嫌がっているが、暴力団団員への借金で首が回らなくなったのでここにぶち込まれたのだ。

そのため、この詐欺グループでのカーストは最下層。サルはグループの暴力団員に日々脅され、金は借金のカタに取り上げられながら、今日も死ぬほど似合わないスーツを着て老婆から金を受け取りに走っている。


俺は憎々しげに言った。


「邪魔。玲サンが、見えねんだけど」


サルは飛び上がって、直ぐにサッと横にずれた。


「…ハイ、すっ、すんません」


ペコペコと頭を下げる。そして、玲サンの方を振り返った。


「アレ、あの人…」


「新しく入った、架け子の砂川玲さん。聞いてねーの?」


「あ、ハイ…でも、以前同じ職場だったことあるんで知ってます」


「えっ!?」


俺は驚いた。俺にとってのサルの価値が、突然爆上がりする。サルと玲サンが、元同僚?


「マジで!?ちょっと詳しく…」


「イ、イヤ、俺これから外回りなんで。それに、そう詳しいことは知らないですし」


そう言うとサルは机のカバンを取り、そそくさと俺から離れようとした。

外回りというのは、つまり詐取金を取りにいくということだ。

そして、ふと俺を振り返った。


「き、気をつけてくださいね、道具屋さん」


「は?何に?」


「あの人にです。あの人には、色々と…事情がありますから。下手に関わらないほうが、いいですよ」


なんだそれは。

俺は憮然とした。サルの方が俺より玲サンをよく知っていることに、無性に腹が立つ。


「あーそーですかー」


俺はそう言いながら、サルの襟首を掴む。サルの喉からグェッという音が鳴った。サルは怯えた目で俺を見た。


「おサルさんこそ口の聞き方、気ぃつけろや」


俺が親父直伝の凄みを利かすと、サルは顔色を変えて謝った。


「すっすみません、ごめんなさい。」


俺は舌打ちをしてサルを離した。サルは一目散に出口へと飛んでいった。

もう一度玲サンを見ると、玲サンは俺の方をチラリと見たが、特に反応もなく、今度はパソコンに向かって何かを入力していた。

俺は少しばつが悪くなり、席に戻って真面目な顔を作った。


昼休み、昼食に向かう樫尾を捕まえて、俺は用件を切り出した。


「あのー、樫尾さん」


「なんだ、また双じゃないか。」


「最近、お忙しいですか?よかったら、飲みにでもいかないかなって。ほら、俺も、ハタチになったし」


樫尾はだいぶ驚いた顔をした。まあ、当たり前だろう。俺から飲みに誘うなんて、数週間前ならあり得ない。


「おいおい!!双も、いいこと言うようになったじゃないか。」


樫尾は上機嫌にバンバンと俺の背中を叩いた。


「痛いって」


「双もリッパな、大人だもんな。よし、来週の金曜でどうだ?」


「了解です」


「あ、あと。サルをあんまりいじめてやるなよ。あいつ、前のグループからここに来た理由、イジメだって知ってるだろう。あいつに飛ばれたら困るんだから」


「ハイハイ。別にそんなことはしてないですよ」


やっぱり樫尾は、口煩い。俺は適当な返事をして、昼食へ向かう樫尾の背中を見送り、少ししてから事務所を出た。


事務所の近くの行きつけの店で昼食を取っていると、ミオからラインが来た。『女子会は来週土曜夜になった』という知らせが、そこには書かれていた。返事を返す。『再来週、会えるとき教えて。そんときに詳しい話よろしく。昨日より高い店はかんべんな』


昼食を終えてなに食わぬ顔で事務所に戻ると、俺はまた、いつものようにクラッキングに勤しむ。玲サンは外食みたいだった。


今日も大漁。データを手早く確認する。情報は鮮度が命だ。ここは出来高制だから、量ももちろん大事だけど。

樫尾も今日は満足そうだ。俺の調子が治ったからだろう。さっき飲みに誘ったからってのも、あるかもしれないが。


「ただいま、戻りました…」


相変わらず顔色の悪いサルが、帰ってきた。収穫を暴力団員の一人に報告し、暴力団員はさっさと金を金庫に詰めにいった。サルはヨロヨロとこっちにやってきた。


「お、お疲れさまです」


「おつー」


俺は顔を上げずに返事をする。


「あ、あの…さっき、ミオさんが、用があるって言ってました」


俺は眉根を寄せる。さっきのラインの続きだろうか。


俺は「わかった」と言い、出し子のいる部屋に向かった。


「あっ、きたきた。」


俺が扉を開けるなり、ミオは俺の手に大量の菓子を押し付けた。


「これ、あげる。甘いの好きでしょ」


「どうしたんだ、これ?」


「パパ活相手に貰ったんだけど、あたし甘いの苦手でさ」


「やれやれ。まあ、ありがたく頂いとくけどな」


「樫尾さんには、もう声かけた?」


「ああ」


「気をつけなよ。樫尾さんああ見えて鋭いから」


「…わかってる」


樫尾の観察眼は確かだ。確かすぎて煮え湯を飲まされたことは、既に何度かある。


「じゃあまた。ちょっと再来週の予定は決まってないから、決まり次第ラインするね」


「了解」


そうして、平日はダラダラと過ぎ、ようやく金曜になった。





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