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第3章 ミオのドキドキ!恋愛講義


月曜になり、俺はできるだけちゃんとした服装(一応ジャケットも着た)で、ミオに指定されたちょっとお高めのイタリア料理店に向かった。

俺は若干ソワソワしながらミオを待った。よく考えてみればミオと2人で食事するのは初めてである。


しばらく待っていると、ミオが「おつかれぃ!!」と元気に走りよってきた。ミオのいつも通りのノリの軽さに、俺は少しホッとした。

ミオはまあ、普段通りと言っていい格好である。なんかのブランド(ど忘れした)の薄い黒ワンピースに、しっかりしたオフホワイトのカーディガン、機能性のなさそうなモコモコした小さいバッグ。女というのは何故こういったデザインの小さいバッグを欲しがるのだろうか。俺には皆目わからない。


俺達は端の方のボックス席に座り、めいめいにコースの料理を選び、スパークリングワインを頼んだ。

俺は店内のオシャレな雰囲気にまたソワソワしたが、年下のミオの手前、顔には出さなかった。


「んで、相談って~?」ミオは前菜のカルパッチョを口に運びながら、俺に目を向けた。


「ああ…言いにくいんだが、ミオくらいしか相談先を見つけられなくてさ」俺は魚介か何かのフリットと格闘しながら言った。


「もったいぶらないでよ~、まあ私が役に立つか、わからんけど」


「まあ立つんじゃないか、その…」


「ん?」


「恋の悩みなんだわ」


ミオはしばし目を丸くした。俺はいたたまれない気持ちで目をそらした。


「ぶは!!」ミオは吹き出した。


「まじ~~~!?ウケる!!!!」


「大声出すなって」俺は周りを気にしながら言った。


「道具屋さんが何の相談かと思ったら、恋ね!!あーあーそーゆーこと。まあそれは相談相手もいないよねー」


「…」


「まっかせなさ~い、このミオちゃんに。場数だけは豊富だからね」


その大半がろくでもない「場」だろう、と俺は思ったが、口には出さなかった。今俺はミオのアドバイスしか頼れるものがない。ヘソを曲げられたら厄介だ。


「で、相手は?」


「砂川玲だ」俺はさっさと答えた。


「えっと~、こないだ架け子として新しく来た人…で合ってる?」


ミオは不思議そうに言った。

ミオは確か、まだ一・二回しか玲サンとは会っていないはずだ。もしかしたら紹介もまだされてないかもしれない。


「道具屋さんって、アレ?オバ専、ってやつ?」


「んなっっ!!違う!!…と思う」


「だよねぇ、今までの専門はピチピチのギャルだったもんねぇ」


ミオは恋愛話が大好きなので、当然俺の恋愛遍歴には詳しい。


「道具屋さん、あの人の年知ってる?40は超えてると思うよ」


「えっ」


俺は素直に驚いた。30代くらいと思っていた。年齢が、俺の倍以上…そう思うと、なんか不思議だった。俺が赤ん坊くらいの時には、玲サンはもう大人だったってことだよな…


「さては!一目惚れだなぁ~?」


「うっ」図星だった。


「でもぉ、そんくらいの年だったら、相手いるかもよ」


ミオに言われて、俺はハッとした。確かにそうだ。それどころか、家庭の一つや二つあってもおかしくない。


「指輪は…なかったけどな」


「それだけじゃ決め手に欠けるよ~」


「確かに…」


「しかぁし!!あたしの情報収集能力をナメるなよ~、もう調べてあるから」


「えっ!?」


ミオ、まじか。実はデキる奴なのか…?


「いや、単に世間話で聞いただけなんだけど~、玲さんとロッカーで鉢合わせたからぁ」


「やるじゃん、ミオ。さすがのコミュ力」


ミオは俺の言葉にニヤッとした。


「って訳で、この先は有料となりまぁ~す!!聞きたかったらコレ、おごって」


ミオはメニューの、やたら高い赤ワインを指した。一杯5000円。


「おい!!」


「いいじゃん~、イヤなら言わないもんね」


ため息が出た。俺は知っている。ミオがパパ活相手とこういう店によく来て、ハタチになる前からそのワインより高い酒を貢がれていることを。

俺は財布事情を考慮し、コースの値段とワインの値段を頭の中で計算した。


「しゃーねぇ、一杯だけな」


「やた!!」


ミオは目を輝かせた。あーもう。

ミオは世間話で聞いた話をこう説明した。


「玲サンは未亡人なんだって」


「未亡人?」


「20年以上前に、旦那さんとは死に別れちゃって、それからはずっとオヒトリサマ。子供が一人いたんだけど、そのお子さんも、今は亡くなってるんだって」


「え…なんで死んだんだ?」


「さすがにちょっとそこまでは世間話で突っ込めなかったわ、ゴメン」


「いや…」


俺はうろたえた。思ったより、過去が重たい。未亡人か…


「でもまあ、朗報は朗報じゃない?今んとこあんたの恋に目立つ障害は無さそうじゃん」


「…まあ、そうか。」


「未亡人って何かエロいよねー、実在するとは思わんかったわ」


ミオは一欠片も重さを感じてないようだ。


ここでワインが来たので、ミオははしゃぎながらワインの写真を撮り、ボーイは俺とミオの前から空になった前菜の皿を下げた。


「それで、また何で好きになったの?」


ミオは、頼んだ5000円のワインをよく味わいながら、言った。


「何でって言われてもなあ」


一目惚れに理由を求めないでほしい。俺は単純なのだ。色々考えて一目惚れできるような人間ではない。


「もしかしたら一時の気の迷いかもよ~、だって、親くらいの年齢層じゃん?」


「…うーん、でもな」


「俺にとっては初めてなんだ。その、誰かのことが頭から離れないとか、そのせいでミスするとか」


ミオはちょっと意外そうに俺を見た。


「今までは、無かった?」


「うん」俺は正直に頷いた。


「あー、そうなんだあ」


ミオは目を細めた。これはなんとなくわかる、俺の事をカワイイと思っている目だ。俺は恥ずかしくなって釈明した。


「そんな目で見んなよ、俺はハタチだぞ…てかお前も似たようなもんだろうが!!」


なんで俺が年下の女にカワイイと思われないといけないんだ。俺はスパークリングワインをあおった。


「はいはい、20なりたてほやほやですよっと。」


そう、俺とミオは数ヶ月しか変わらないのである。なのに恋愛経験は天と地の差だ。

ミオの恋愛話はいつもかなりボリュームがすごい。詐欺グループでちょくちょくミオは俺にそういう話をしてくるが、時々勃起しそうになる話があって、反応に困る。非常に。


そこで次の料理が来たので、俺は口を閉じ、しばし料理に専念した。俺のはキノコのリゾット、ミオはボロネーゼだ。


「目に見えてる障害がないとなると、あとはどうやってアプローチするかじゃね」


「どう…ね」


「あとは~、玲サンが年下いけるかどうかとか、好きな食べ物何かとか。とりあえず夕食に誘えればだいぶ良いと思うから」


「あ、ああ」


俺は少しぎこちなく答えた。俺と玲サンが、夕食を共にしている所を想像した。…親子連れにしか見えないだろうな。


「正直玲サンの情報が、少ないよね~」


そこでミオはポンと手を叩いた。


「そうだ!!せっかくだから、玲サンも交えてメンバーの女子会を開こう!!」


「へ!?」


「飲み会で、しかも女子会ならちょっとは玲サンの気も緩むでしょ。女子少なめだったから、ちょうどいいし~」


「ちゃんと道具屋さんが入り用な情報も、集めてあげるよ。その代わり…」


ミオが再びニヤッとする。俺はイヤな予感がした。


「あと5回、おごって!!」


「はいはいあと1回な」


「ダメー」


「2回」


「もう一声!!」


「もうこれ以上は無理だぞ、3回」


「おっけい!!」


ミオはガッツポーズをした。この高めのレストランでそれはやめてほしい。


「道具屋さんも、とりあえず樫尾さんを当たってみて」


樫尾か…確かに。現時点で一番情報を握っているのは、人事のあいつだろう。気は進まないけど、飲みにでも誘うか…


「あいつ、苦手なんだけどなぁ」


「もう。それくらいの障害は乗り越えていかないと」


「ハイハイ」


メイン料理が来て、俺達はワインを飲み進めながら舌鼓を打った。メインは俺とミオ、どっちもTボーンステーキだ。赤ワインも(さっきのよりは安いやつを)追加した。


「おいし~」


笑顔のミオをにこやかに横目で見ながら、ボーイが俺達のグラスに赤ワインを注ぐ。きっとこのボーイには、俺達はありふれた若者カップルに見えているだろう。実の所はハッカーと出し子で、犯罪者組織の同僚だとは、夢にも思わないはずだ。


「ミオ、お前も結構稼いでるはずだろ。なんで俺にタカるんだ」


「あ~、ダメなんだよねあたし、買い物依存症的なやつで。貯金には向かないっていうか。出し子になって正解だったわ~、パパ活より割良いし」


「…まったく」


それでもなんだか憎めない所が、ミオの強みなんだろう。


俺は肉を食べていると次第に視界がフラついてきた。ちょっと飲み過ぎたかもしれない。ワインってわりと度数高いのを忘れてた。こういう店ってチェイサーもガバガバ飲むもんじゃないしな…

あんまりマトモな意識がないまま俺はメインを食べ終え、やっとこさ水を飲んだ。


「大丈夫~?道具屋さん弱いよね」


「余計なお世話だ」


ミオは酒に強い。ミオいわく、遺伝だそうだ。


運ばれてきた冷たいデザートを口に運び、俺はようやくしっかりとした意識の土台を発見した。

デザートを食べ終え、手痛い出費を済ます時には、気分は良いがふらつくことは無かった。


「それじゃあ、あたしは玲サンに直接、飲み会の場で玲サンの嗜好とか過去を探る。道具屋さんは樫尾さんに玲サンのことを聞いてみる。OK?」


「OK」


「よし」


ミオはぐいっと俺の襟を掴んだ。俺が反応する前に、俺の額からチュッとリップ音がした。


「グッドラック~」


ミオは俺をぽいと放すと、俺に背を向け、駅の方向に歩いていった。


「おっ、おま…」


俺は思わず額を押さえて赤面した。

合点がいった。ミオが結構な頻度でストーカーにあったり、パパ活相手から熱を上げられて痛い目にあったりする理由に。


ミオ、お前…そういうとこだぞ!!!!


ああいうことをしてきても、ミオの方は恋愛感情なんて1ミリもない。ミオにとっては名刺交換レベルの、単なる挨拶なのである。

こうやって周囲の男を骨抜きにしていく…ミオ、恐ろしい女!!


「ミオ!!駅までは、送るから!!危ないだろ!!」


俺はあわててミオのハイヒールの靴音を追った。額を押さえた指に、ミオの口紅がついていた。





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