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最終章 エンドロールに蜜月を




ゆっくりと朝刊の頁を繰る。


『千代田区女子大生殺人事件から2日。取り調べを受けた交際男性は容疑を否認している。しかし、交際男性と美澪さんとの交際はうまく行っておらず、事件当日はまさに、交際が破局した日だったという。男性に事件当日のアリバイは無く、警察は状況証拠を挙げるため捜査を続けている。しかし現場は防犯カメラの死角が多いこともあり、捜査は難航する見通し』


どうやら巧くごまかせたようね、と私は思った。あの娘と仲良くなっておいて良かったわ。こうして()()()()もつつがなく済ますことができた。

あの女が、あの娘ほどに隙だらけだとは思わない。それでも練習をするか、しないかは重要でしょう。


コーヒーをひとくち飲み、私は時計を見る。家を出る時間まではあと10分あった。私は立ち上がり、お気に入りの香水を手首に刷り込んだ。匂いのキツくない、リラックス効果のある香水だ。


今日は、昼食でもご一緒しようかしら。きっと真面目なあの子は尻尾を振ってついてくる。

あの子はとても操り易い。目を見ればわかる。足りない親の愛情。浅い恋愛経験。若さゆえの無鉄砲。恐らくは生まれつきの、内包した空虚。


迷いはしても、最後にはあの子は逆らえない。そう確信していた。

むしろ確信がないのは──。


いや、止しましょう。私はコーヒーカップを片付け、バッグを手に取った。


もう、後戻りはできないのだから。




───────────────────




「悪かったわ、ごめんなさい、やめて、ごめんなさいぃ」


「出来心だったのよ、あんたが鼻につくから、ちょっと、辞めてくれないかなって、思って……本当にあんたの息子の嫁の、おばあちゃんが引っ掛かるなんて、思ってなかったんだってぇ!!」


涙混じりの懇願を無視して、私はついに、女の首に巻いたロープに力を込めた。ひぃ、と悲鳴が上がる。心地いい音だ。昨日の夜から1日中じっくりとなぶって、散々聞いたけれど、まだ聞き足りない。防音の部屋にしておいて良かった。

女は必死に抵抗している。女の足がテーブルに当たって、置いていた私のスマートフォンが落ち、画面が明るくなる。画面には、金魚の水槽の前で撮った写真。


私はそのとき、自分の胸のうちに微かな抵抗を感じた。あれ、今更、何かしら。

一旦手を止めて考える。女は、こちらが殺す途中で手を止め、自分をいたぶろうとしていると思ったようで、さっきまでの怯えた表情とは一転して、鬼のような形相で唸った。


「呪ってやる、呪ってやるぅ!!あんたなんて地獄に落ち、」


思考を邪魔してくるうるさい口にペンチを突っ込み、おもむろに歯を1本抜く。ギャアアと声がして、静かになった。


しばらく頭の中を探って、私はようやくさっきの抵抗の理由を悟った。写真の中でぎこちなく笑う双くんを見つめる。



ああ、そうか。簡単なこと。


私、まだ双くんと一緒にいたいのね──。



そうだ──あの時も同じだった。予行演習にあの娘を選んだ時、手が勝手に動くような、変な感覚があった。きっとあの時には、もう囚われていたんだわ。


潮時、という言葉が頭に浮かぶ。そうね、私は今までひどい目にばかり遭った。復讐で心がすみずみまで真っ赤に染まっていた。でももう、この女は思う存分痛めつけられたし、そろそろ、じぶんの幸せってものを追及してもいい時なのかもしれない。


私はロープから手を離し、スマートフォンを操作して、震える女の目の前に別の写真を突きつける。女の目がゆっくり見開かれる。


「──っ」


「わかる?この写真。貴女も写ってる。」


女は沈黙する。


「渡辺真理子さん、可哀想にねえ。とても、いい人だったのに、どうして殺したの。あの人を慕う人は多かったじゃない。」


女の目に怒りが浮かび、吐き捨てるように毒づく。


「どこが?あんな、ウスノロ。こっちの身を危なくしやがって。死んで当然よ」


かかった。私は口端を引き上げる。


「サルくんが噂を教えてくれたのよ。貴女が指示して彼女を殺したって話はあちこちに出回ってたわ。サルくんは実行犯が誰なのかをぼんやりと知っていた。貴女のグループにいる、貴女に弱みをしっかりと握られた男──そう、佐藤信くん。」


「ちっ、あの、馬鹿が…」


「…貴女が実行犯を自分の近くで、ずうっと監視下に置くだろうことは分かってたわ。だからサルくんの伝手で、貴女に反感を持ってる人間に協力を頼んだ。貴女のグループにいる人で、協力してくれる人は一人や二人じゃなかったわよ。はっ、よっぽど恨みを買ってたのね」


「私も貴女みたいに弱みを掴んで、ぶんぶんと揺さぶってあげたら、最後には信くんは貴女を裏切った。そうしてこの写真は私の手元にある。…証拠不十分だとは思わないで。実はさっきのやり取り、録音してあるから。」


女が驚いたように顔を上げる。


「それに、あのスナッフフィルム…信くんはまだ持ってたの。私も見させてもらったわ。顔は映ってなかったけど、貴女、それはそれは楽しそうに笑ってた。酷いわねぇ。」


「あのフィルム、何個か貴女の身体的特徴──ほくろの位置だとか──が分かるの、気づいてたかしら?この写真と注意深く照合すれば、貴女だと特定できると思うわ」


女は悔しそうに顔を歪める。


「でも貴女には、特別にチャンスをあげる」


「私はこれから、()()()()あなたを突き出すために自首するわ」


「…は?」


「でも、貴女が私にされた拉致・監禁・拷問について黙っててくれるなら、私も貴女のした()()()()()()は黙っててあげる」


「な──」


「どう?悪くない取引だと思うんだけど」


女が、頬をピクピク痙攣させながら、やっとのことで笑みの形に歪ませる。スナッフフィルムの中とは、えらい違いね。


「……断ったら?」


私は間髪いれず、満面の笑みで答える。


「此処で死ね」




───────────────────




近くの宝石店に、素敵な指輪があった。南国の海を、そのまま掬いとったような鮮やかな色。アパタイト、って言うんですって。迷わず買った。箱も、思った通りちょうどいいサイズだった。


巧妙に真実のみを切り取ってしたためた手紙に、蝋で封をする。

そして、手に収まるほどのちいさな箱から指輪を抜き取り、小包に箱を詰める。手紙も一緒に入れる。そこまでやり終えて、私は深呼吸して小包に両手を置いた。


私はこの箱で、貴方に魔法をかける。


巧くかかるといいのだけれど、と思っている自分に気づいて、苦笑した。

どうやら私はファム・ファタールには役不足ね。操り人形で遊んでいるうちに、いつの間にか魔法にかけられていたのは私の方だわ。


箱から抜き取った指輪を、まだうっすら跡が残っている薬指に通して、窓に向けてかざす。海を掬いとったような、鮮やかなブルーの宝石。窓から差し込む月明かりはとろりとした蜂蜜色をしていて、アパタイトの青に甘い誘惑を乗せた。

直接する代わりにと、指輪にキスを贈る。呪いのように。


ああ、なんて可哀想な双くん。

私はちっとも優しくなんてないのよ。私は最期まで修羅として生きる。そして、貴方を地獄の底の底まで連れて行く。


それが私の選んだ道だから。





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