表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第13章 サルも人間のうち




俺はオフィスに戻ってきたサルにずかずかと近づき、有無を言わさず連行した。サルは俺の尋常でない様子に気づいたのか、驚いて逃げようと試みたが、俺が睨みつけると観念し俺に連行された。樫尾が訝しげに俺たちを目で追い、何か言いかけていたが、知るもんか。


俺はサルを連れ歩きながら、身の内に渦巻く殺意に翻弄されていた。今まで一回も感じたことのない感情に揺さぶられていた俺を、なんとか一線を越えないよう押し留めていたのは、驚いたことに──師匠の教えだった。


『ハッカーに必要なのは、段取りだけではないんだよ』


突然師匠の声が響く。羽根と輪っかをつけた師匠が脳内に現れ、暴れ回る真っ黒い殺意に向かって、子供に言うようにゆっくりと言い聞かせる。


『いいかい、フシギソウちゃん。ハッカーに一番大切なのは、うろたえないことさ』


殺意が、師匠に向けて、『引っ込め!!』とか『ペテン師!!』とか罵声を浴びせるが、師匠は悠々と飛び回る。


『んーん、フシギソウちゃん、カッとなりやすいでしょ~。覚えが悪い分、しっかり考える癖つけないと、やってけないよ』


うるせえ死ね!!俺は脳内の師匠を巨大な手でぶっ潰す。


気づけば、俺はファミレスでサルと向かい合っていた。おかしい。ここに来るまでの記憶が無い。これは現実だよな?そうだよな?


「はーっ、はーっ…」


「…大丈夫ですか?」


うぇ、サルに心配された。俺は混乱しながらも水をかっ食らい、ガンッとグラスをテーブルに勢いよく置いた。サルがびくりと跳ねる。


「…えーと、サル。」


「は、はい。」


「俺、お前を連れて、このファミレスに入ったんだよな?」


「はあ…そうですが。」


やっぱり記憶が無い。どうやら本格的に俺はおかしくなっちまったらしい、と俺は思った。普通の俺だったら、剣呑な話し合いにファミレスは選ばないだろう。…どうしてこうなったんだっけ?屋上で俺が考えてて、玲サンの声が聞こえて、玲サンと、サルが…


「そうだ!!お前が…!!」


俺は再び憤怒に満たされ、サルを指差した。


「お前なんかが、なんで玲サンと一緒にいんだよ!!」


サルは突然怒鳴った俺にびっくり仰天して、俺の指と顔を交互に見た。しかし、呆気にとられたような顔をしたまま、サルは何も答えない。俺は大声で叫び、テーブル越しにサルの首根っこをひっ掴んだ。


「言えよ!!じゃないとぶち殺すぞごらあぁ!!」


店じゅうの顔がこちらに向く。案の定近くの店員がすっ飛んで来て、「他のお客様のご迷惑になりますので…」と止めてきた。俺は舌打ちし、ゼェゼェと息を切らしながら、しょうがなく手を離した。サルは震えて下を向いたが、今度は、言うまいというように唇を噛み締めた。その顔を見て俺はまたムカムカしてきた。


「…言え、ません」


「何で」


「誰にも言わないって、あの人…玲さんに、約束したんで…」


「…は?」


約束。玲サンと、サルが、約束。

また殺意が暴れだしそうになった時、サルが思いもよらない言葉を続けた。


「じっ実は…俺、山本亜子に、三年くらい前からずっと、いびられてたんです」


「え」


「他の奴らが俺を目の敵にしてくる中、玲さんは、俺なんかにも、優しくしてくれてたんです…それもあって、山本亜子は、玲さんのこと嫌いだったみたい、ですけど…」


サルの語尾が、だんだんと情けなくなる。サルは切れ切れに、あえぐように続けた。


「玲さんが辞めた時、俺っ、申し訳ないと、思ったんです。辞めた事情は、なんとなくしか、知らないんですけど、元はといえば、俺のせいなんだって、思って…。金、受け取ったのも、俺だし」


「…」


「だから、俺、あの人には、恩があるんです!!俺は、自分にできることなら、それを、返したいんです!!ですから、申し訳ないですけど、口が裂けても、秘密を、話したり、できません!!」


サルは怯えながらも、確固たる決意を持って俺を反抗的に見返した。


俺は、玲サンがサルに優しくしていたという点にはムカついたが、同時にサルを見直した。

なんだか、サルに『恩返ししたい』という概念があったことに感動したのだ。俺は無意識のうちに、サルをそれこそ猿以下のように思っていたことに気づいた。グループ内でマトモに人間扱いされてないサルを、人間として見たことが無かったのだ。底辺のレッテルを貼って、負け組だとバカにしていた。


こいつも人間なんだな、と俺は当たり前のことを思った。ふと気づくと、あんなに荒れ狂っていた殺意は鳴りを潜め、怒りのボルテージは大きくダウンしていた。

俺は久しぶりに落ち着きを取り戻し、「…分かった」と言った。サルはホッとしたように力を抜いた。


「一応聞くが、玲サンと付き合ってる…とか、そういうわけじゃ、ないよな?」


サルは目を丸くした後、合点がいったような表情をして、ぶんぶんと首を横に振った。


「断じて、そういうわけじゃないです!!」


それを聞いて俺の怒りはほぼゼロにまで減少した。

そうか、と俺は思った。俺はこいつを人間だと思ってなかったからこそ、玲サンには俺とこいつを同じように扱ってほしくなかったんだ。俺は、サルに申し訳ないとは思わないまでも、これからはサルをちゃんと人間扱いしてやろう、と自分勝手に決心した。手始めに俺は店員を呼び、自分とサルの分の二つ、アイスコーヒーを頼んだ。サルは俺の豹変に着いていけないようで目を白黒させた。


間もなく運ばれたアイスコーヒーを飲み、一息着いたところで、俺はあることを思い付いた。


「サル。怯えさせて悪かった。さっきの質問には答えなくてもいい」


「はあ。そしたら、もう戻っていいですか?」


「…二つ、別の質問に答えれば、戻っていい」


「…えぇ…まあ、いいですけど」


サルは少し嫌そうにしたが、了承した。


「お前から見て、山本亜子はどんな奴だった?」


サルは目を泳がせた。考え考え、話し出す。


「恐ろしい人…ですかね。…亜子さんは、人の弱みを握るのが、上手いんですよ。握ってから、好きなだけ、操るんです」


「それは怖いな…」


「亜子さんに、表立って逆らう人はいませんでしたけど、ひそかに反感を持ってる人は、多かったと思います」


「お前もその一人ってわけか?」


「…まあ、そうですね」


俺はなんとなく、玲サンがサルに近づいた理由が分かるような気がした。玲サンと共通の敵を持つサルは、共闘にはうってつけの相手だ。俺は自分の浅はかさを恥じた。玲サンと山本亜子の間に確執があるように、サルと山本亜子の間にも何かあることくらい、予想できたってよかったのに。


「もう一つ」


俺は深呼吸して、サルを見据えた。


「玲サンは、山本亜子を、殺したいほど恨んでいると思うか?もしチャンスがあれば、何がなんでも殺そうとするほど恨んでいると、そう思うか?」


サルは目を見開き、間を置いてから、無言で頷いた。そして言った。


「…それは間違いなく、そうだと思います」


「…そうか。分かった。ありがとう」


俺は礼を言って、サルを解放した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ