死神の目を持つ王子
かなり死に関する内容が出てくる話になる予定です。
苦手な方はご注意を。
「やぁ。いつも可愛いね。コマドリ」
鎌を振りかざすラファーリアを、甘い笑顔で迎えたのはこの国の第1王子のアレクレイドだった。
読んでいた本を置いた彼は、ラフな格好とはいえきちんとした身なりで、広い私室のソファーで優雅に腰掛けていた。
夜のような藍色の髪に紫の瞳をしていて、その顔立ちは恐ろしく整っている。
魔法も天賦の才を持っていて、頭脳も明晰だという。性格は差し引いても、彼がこの国を治めれば民は安心して暮らせる日々が続くだろうに。
その寿命だけが彼にはなかった。
「……今夜こそ。その魂を狩らせて貰います。アレクレイド王子」
20歳までに死ぬと宣告された彼の命には、はっきり死の糸が垂れ下がっている。
ラファーリアの死神の書に名が刻まれて既に6年。本来ならとっくに魂を刈り取られているはずなのに、彼はまだ生存していた。
「俺は他の人間と違って君の姿がはっきり見えてるからね。そんな大振りの鎌はさすがに当たらなんじゃないかな。でも君に追いかけられるのは嬉しいな」
アレクレイドは死霊魔法にまで精通していて、その魔法でラファーリアの前任から死神の目を奪うほどだ。そのせいで彼の目にはラファーリアの姿が鮮明に写っている。
かなりイレギュラーな存在で、お目付役のジョゼもその上司も手を焼いていた。
ちなみにジョゼは魂狩りには参加せず、指示を出したり遠くでラファーリアの仕事ぶりを監視するだけだ。実に気楽な仕事である。
「ねぇ。今日は泣いてないんだ。他の魂は狩って来なかったの? 良かったね」
にっこりと微笑まれる。この前の醜態を思い出し、羞恥に頬を染めた。
「っ。余計なお世話!!」
ぶんと鎌を振っても、避けられて全然当たらない。無意味な行為に怒りを覚えながら、いつもそれに救われた気分になる。
死神の書に名を刻まれたら、その者の魂は書の所有者である死神に狩られる。それは即ち、寿命だ。
ラファーリアの姿は普通の人間には見えないから、魂を刈り取るのに失敗することはまずない。ただ鎌を振り下ろして命を断ち切る瞬間は何度経験しても慣れなかった。
重い病で死にたがっている人でさえ、魂を狩った後はしばらく涙が止まらない。
親子3人の魂を事故のために奪った時は、1週間は泣き続け食事も喉を通らなかった。
この前は赤ん坊の命を狩った後で、零れる涙が止めどないままアレクレイドの魂も取ろうとして失敗したのだ。
「コマドリは大概泣いているか怒っているかのどちらかだよね。もっと笑ってくれたら、凄く可愛いのに」
「私は貴方を殺そうとしてるんですけど!! もうちょっと緊張感を持ってくれる!?」
へらっと微笑みながら話し掛けてくる内容は、まるで愛を囁いているかのように優しい。笑い合う必要性など皆無な関係にも関わらずに。
「うーん。でももう随分長い間、毎日のように来てくれているから。俺は君に会えて嬉しいけど……」
まるで恋人との逢瀬のような口ぶりでラファーリアの頬に触ろうと手を伸ばし、しかしその手は宙を掻いた。
「…………実体がない私に、触れるはずがないでしょ」
「ごめんね……そんな悲しそうな顔をしないで、コマドリ」
どんな顔をしていると言うのか。悲しみなど微塵も感じるわけがない。
温もりなんて不要だった。ただ早く自分の罪を償ってしまいたいだけで。
「ぶっぶ〜。はい、時間終了!! あんまりターゲットと親しく喋り過ぎすぎんなよ。コマドリ」
「クロネコッ。これはアレクレイド王子が一方的に喋りかけてくるだけで。私はっ」
「あ〜はいはい。言い訳は帰ってからね」
ふわっと気配もなくジョゼに抱き着かれた。肩に腕が回っている感触が確かに伝わる。霊体同士では透明でも触れ合えた。
「また邪魔が入っちゃったね、コマドリ。もっと一緒にいたいのに残念」
柔らかい笑顔を崩していないのに、アレクレイドの眼差しには剣呑な鋭さが混ざる。整った貌のせいか、そうするとゾッと背筋が凍るような冷たさだった。
「そうだ! 今度は君に触れる方法を探してみるね」
名案を閃いたと、急に華も恥じらう様な笑みを向けてくる。それを故意に無視して、漆黒の翼を広げる。
「また、来るわ。次は貴方の魂を奪ってみせるんだから」
今日もまた狩り損なったと安堵して、ラファーリアは彼から逃げた。
「おまえさ。いい加減死んどけよ。ばぁか!!」
去り際、ジョゼが心からの罵声を王子に投げつけていた。