実体化の粉
紫色の粉が宙を舞う。
アレクレイドの考案した、死神を実体化させる粉だ。
何時もの彼の寝室で出来上がったと、嬉々として伝えられ振りかけられたのだ。
実体と言っても霊体に重さはなく、その粉がかかったコマドリは、精密な風船の様相を呈していた。
「どうかな?」
どうと聞かれても違和感しかない。
どんな原理の魔術かは不明だが、身体が透けずそこにあるというのがまず不思議だった。
クロネコが居たら飛んできそうな状態であるが、幸か不幸か別に入った仕事で今晩はラファーリアのみだった。
「これならコマドリに触れるかな?」
控えめに伸ばされてくる指が恐る恐る頬を撫でた。
振り払わないといけない。
だが確かに触れ合う感触があって、頭では解っていても身体は動かなかった。
本来なら粉自体を被るべきではないのに。
お願いと懇願してくるアレクレイドが必死過ぎて、思わず被ってしまった。
その時点で後はなし崩しだった。
「誕生日も近いのに、こんな魔術に現を抜かしていて大丈夫なんですか?」
だからせめて呆れた振りをしなければならない。
ふわふわの身を柔らかく抱いたアレクレイドはご満悦で、上機嫌な笑みをラファーリアに向けてくる。
「こんな魔術は酷いな。アメジストを砕いたり、結構な手間が掛かったんだよ?」
大変さを訴えられても認められるわけがないのだ。
「…………その労力をもっと違うところに活かしたらいいでしょう?」
「俺がコマドリよりも愛情を注ぐものなんてないよ」
うっとりと囁かれて、危うく死神の鎌を落としそうになる。
もうすぐ20歳を迎えようとする王位継承者の、愛着があるのが死神なんて。笑えない。周りに信じても貰えないだろう。
「誕生日には婚約者をお決めになるんでしょう? どなたかは知りませんが抱擁はその方にしてくださいっ」
「婚約者か。そうだね、さすがにそろそろ決めないとね」
否定をしなかったアレクレイドの態度に、心臓が痛むのはきっと妙な粉のせいだ。
「……ねぇコマドリは、お昼は何をしてるの? 何処にいるの?」
「私は……」
不意に真剣な目をして訊ねてくるから、危うく素性を教えてしまいそうで口を噤む。
セディの努力を無駄にしてしまうところだった。
「…………教えてくれないんだ。まぁいいけど」
ぞくっとする気配を一瞬だけ纏う。甘い笑みにすり替えられてすぐに怒気は霧散した。
「でももう少しだけ…………やっと君を抱き締められたんだ。もう少しだけ味わさせて」
ぽふっとラファーリアの肩口に顔を埋めて、頬を擦り寄せている。
「柔らかいなぁ…………でも暖かくはないんだね。空気みたいだ」
本物ではないのだから当然だろう。
それでもラファーリアには抱き締められている感触があるのだから凄い魔術だった。
アレクレイドの才能は溢れ出るばかりなのに。それを天に返さねばいけない。
生きて国を収めればどれだけ素晴らしい君主になるのだろうか。
「…………アレクレイド王子。私は貴方の魂を狩りに来たんですってば」
「うん。20歳までに俺の魂を狩れると良いね」
あっさりと頷かれて、逆に躊躇う。
本当に解っているのだろうか。
後4つ。魂を狩ればラファーリアは呪いから解放される。
それには既に死神の書に名が記されているアレクレイドの魂を狩る事が絶対的な条件になっていた。
そしてそれが可能なのは彼が20歳になる前日までだ。
それ迄に魂を狩れなければラファーリアは死神失格の判を押されてしまう。
だから20歳を超えた彼の未来を想像するだけ無駄なのだ。
無駄なのにどうしても考えてしまう。
ラファーリアはそんな自分が許せなかった。
でも才能をろくなことには使わなそうだけどね。




