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これまで

その日、慌ただしく昼間の花見の宴を終えて、王達は漸も含めて帰って行った。

瑞花は、もしやと思って待っていたが、やはり漸は訪ねては来なかった。

慧の顔だけ乳母に連れ出させて見たようだったが、それで宴の席に移り、帰って行った。

あれから、誰かに相談しようにも、誰に文を出してもそのまま文箱も開かず戻って来るのを繰り返していて、誰にも相談できなかった。

妃達は、どうやら身分が定まらない瑞花とは、交流するなと各王達に言われているようで、文すら手渡してはもらえないのだ。

楢なら、と思ったのだが、そちらも楢本神の手に渡る前に、王に命じられているだろう臣下に突き返される始末で、どうしようもない。

あちらからも文は来ないのだから、樹伊が止めているのは確かだろう。

瑞花は、なんと脆いものだろうと思った。

あの、妃同士の交友関係も、漸の妃であったからこそのものだったのだ。

上位の王妃達は、王の許可なく誰かと接する事は許されない。

今の瑞花は、漸の妃からは下ろされそうで、実家の宮からは勘当された身、そして、養父には離縁なら関係を解消すると言い渡されている。

そうなると、月の宮の侍女の身分に戻るのか、それとも犬神の宮の軍神になるのか、どちらにしろ他所の宮の臣下の一人でしかなくなるので、王妃達とは口を利く事も許されない立場になるのだと、判断されているのだろう。

瑞花は、ため息をついた。

思えば、自分はどこまで流されて行くのだろうか。

己の好奇心のせいではあるが、はぐれの神にかどわかされて比呂を産み、父の渡に宮に閉じ込められた。

月に話し掛けて助け出してもらい、比呂と二人でここで励むのだと未来に希望を持った。

懸命に励んで教師にまでなったが、漸に見初められて犬神の宮に入る事になった。

王妃として立つために、あの特殊な宮で闘神という血を知り、軍神として生きる覚悟をした。

最近では多香子とも仲が改善されて、いろいろ相談したりと、話せる友になって来ていたのだ。

多香子は、王妃という地位がいまいち分かっていなかったので、忖度なく話して接してくれたので、やりやすかった。

自立している自分、皆に強いと頼られる自分が誇らしく、いつしか王妃としてより、軍神の一人としての自分の方が、真の自分のような気がしていた。

漸のことは、愛していると思っていた。

あれほど真剣に想いを打ち明けられたのは初めてだったし、それに応えねばと思っていた。

だが、真実自分は漸を愛していたのだろうか。

…考えても、分からなかった。

ただ、あちこち面倒がって臣下に任せきりになったり、瑞花に丸投げの漸の姿勢は、時々他の王達と違うな、と違和感は感じていた。

それが、あの時維月に迷惑を掛ける事になった一件で、一気に溢れた形だった。

そう、あの一件だけの事ではなかった。

何故にあれだけの事でここまで気持ちが失くなるのだろうと自分でも不思議だったが、そうなのだ。

それまでの積み重ねだったのだ。

瑞花は、それに思い当たって、しっかりと決心した。

もう、王妃には戻らぬでおこう、と。

そして、自分はやはり軍神で、犬神の宮には共に励んだ多くの仲間が居る。

あの宮では、別れて出逢っての繰り返しなので、瑞花が今さらに漸と別れたからと、気にする神など一人も居ない。

あの宮での、軍神としての序列は16位。

王妃という地位はなくなるが、充分にやって行ける。

…犬神の宮に帰ろう。

瑞花は、思った。

比呂はこちらで何の問題もなく仕えている。

慧は、まだ生まれたばかりで、母親の手を離れるのはあまりにも哀れに思う。

乳母達に助けてもらってできるところまで軍務に勤しみながら慧を育てて、あの宮で生きよう。

瑞花は、そう決心して、漸に文を書いた。

これまでの非礼を詫び、関係を解消して犬神の宮で王に軍神として仕えさせてくださいませ、と。


その文は、月の宮と行き来している貫の手によって、漸に届けられた。

「…そうか。」漸は、あっさり言った。「ならばそれで。あちらの言葉で言うたら離縁だの。」

貫は、頭を下げた。

「は。こちらではもう関係は解消されたと皆、認識しておりましたので問題はありませぬが、あちらの宮々には告示せねばなりませぬな。」

漸は、頷く。

「これで良い。心も無いのに関係を続ける意味はないからの。では、伯に申してあちらの宮に知らせを送らせよ。それから、柊には戻るのに支障もなくなったのだし、できるだけ早う戻れと申せ。あやつが半分担ってくれておった政務が、全部我にかかってきて面倒この上ないからの。」

貫は、言った。

「王、柊様ばかりにそのように。まだご成人前の御身なのですぞ。」

漸は、貫を睨んだ。

「それでも丸投げせずで半分はやっておったではないか。柊がうるさいゆえ。」

子供相手に対等に話す方がおかしいのに。

貫は思ったが、仕方なく頭を下げた。

「は。ではそのように。」

貫は、そこを出て行った。

漸は、何やら長い夢から覚めた心地でありながら、確かに生涯共に居ようと決断した、あの日の己を思った。

やはり心など流動的で、確かにそうだと決めることなど、難しいのだ。


その知らせは、龍の宮にも届いた。

その書状を手に、維心はため息をついた。

「…思うた通りになったか。」と、側に控える鵬を見た。「やはりあの宮との縁は難しい。価値観が違うゆえ、瑞花以外では恐らく三日ももたなんだ。あれが闘神であったからこそここまで務められたと我は思うておる。これよりは、やはりあちらとの婚姻は例外なく控えさせた方が良いの。」

鵬は、頷く。

「は。瑞花様であってもこのような。他の女神ではすぐに戻っておりましたでしょう。王が始めに、婚姻を禁じられたのは当然のことであったかと。」

維心は、またため息をついて頷いた。

「漸があまりにも瑞花に執心であったから、上手くいくかと様子を見ておったが無理であったな。思えば、分かっておったことやも知れぬ。ここは炎嘉とも、改めて犬神の宮との婚姻は今後一切例外なく禁じる取り決めについて話しておくわ。これ以上お互いに不幸な神が出るのは忍びない。維月も案じておったが…また案じて暗くなろうな。こちらも気が重いわ。」

維月は、夕貴の所に楽を楽しみに行っている。

何やら二人で、維知に琴を教えるのだと言って楽しげに向かって行った。

またこれを知らせて気を落とす維月を見るのが不憫で、維心は深いため息をついたのだった。


柊は、先に瑞花の決意を聞いていたので、貫が知らせて来た時も、驚きはしなかった。

そもそも、最初から無理な縁だと思っていたのだ。

こちらを学んでより深く知ったが、当初から柊は、こちらへ出て行くと漸が言い出したので、あれこれ調べて知っていたのだ。

王、というものが、あちらとこちらは違う。

同じなのだが、今の漸ではあちらの王は務まらないと柊は思っていた。

なので、漸が瑞花に傾倒して月の宮に通っている時も、婚姻制度を飲むと言って来た時も、恐らく無理だと思っていたのだ。

あちらの王を知っている王妃が、漸を見て何か違う、と失望するのではないかと思ったのだ。

良くも悪くも、宮の中でさえ何とかなれば、王として問題ないこことは違い、外では他の宮からの評価までついて来る。

最初は慣れないだけだと思われても、段々に見えて来てその評価は厳しくなるだろう。

柊なりに漸にそのようではならぬと忠言はしたが、何しろ年端もいかない皇子の言うことなのだし、聞くはずもない。

ここはとりあえず、表面だけでもと外へ行く前には口を酸っぱくして漸に話したが、内では全く変わらなかった。

そんな漸に、瑞花が愛想をつかすのも時間の問題だと思っていた。

何しろ、外では女から離れて行くなどないらしいが、犬神の宮ではしょっちゅうなのだ。

柊は、言った。

「…早うとて、治癒のものと話して決めておる日は違えられぬと申せ。今月末ぞ。それぐらい、王なのだからやらぬか。全く。」

貫は、吐き捨てるように言う柊に、困った顔をした。

「は。しかしながら柊様、王が仰る事でありますゆえ。王の御前では、少し控えられた方がよろしいかと。」

柊は、フンと横を向いた。

「分かっておるわ。あれを案じて支えようと思うた我が愚かだったのよ。」

貫は、驚いた顔をした。

「は?」

柊は、踵を返した。

「良い。とにかくそのようにな。」

柊は、戻って行った。

貫は、皇子と王が不仲なのは困った事だと内心困惑していたのだった。

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