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跡目争い

その後、卯月に入ってすぐ杏奈も無事に皇女を出産したとコンドル城から連絡があり、蒼はその子を杏子(きょうこ)と名付けた。

あちらは安産で、特に難儀もすることなく、あっさりと産んだようだ。

桜は満開だったが、花見はどうするという話になり、今回はとりあえず、昼間に王だけ集まろうということに決まり、急遽月の宮に王達だけ集まって来た。

その時に、維月だけは里のことなので戻って来て、今年も無事に花見の席に座る事になった。

漸は、さすがに花見の席に来る前に、こちらへ来させていた犬神の乳母に命じて慧を連れて来させて、顔を見て来たらしい。

そして、今、月の宮に滞在している柊も、その席へとやって来る事になった。

先に席について酒を飲んでいた王達は、後から蒼と共にやって来た、漸と柊を見て、歓談を止めた。

「お待たせしました。」蒼が、言った。「酒は足りていますか?」

炎嘉が答えた。

「十分ぞ。本日は泊まりではないゆえ、飲み過ぎてはならぬしな。それより漸、それが柊か?」

漸は、隣りに立つ若いのに落ち着いた様子の神を見た。

「そう。我の第一皇子の柊ぞ。成人までは後少し。我がかなり若い頃に成した子でな。」

柊は、会釈した。

「柊でありまする。」

確かにこっちの方が父親のような落ち着きよう。

皆が、柊を見てそう思った。

蒼が、言った。

「ささ、座って。柊はまだ酒は飲まないな。そっちの茶を。」

柊は頷いて、漸が座るのを待ち、その隣りへと座った。

維心が、言った。

「此度はいろいろ大変であったが、皆無事に終わってホッとしておる。妃のことはこの際言わぬが、主らの宮は我らから見て特殊であるから、聞きたい事も多いのよ。主は王だが、他の兄弟は?皇子ではないのか。」

漸は、首を振った。

「違う。皇子はあくまでも王の子の肩書きであって、我が王座に就いた時点で他の兄弟は臣下となり皇子ではなくなった。今皇子の肩書きがあるのは、この柊と新しく生まれた慧の二人だけよ。皇女もおったが、体が弱くて幼くして死んでの。」

ということは、王族は極端に少ない。

焔が、言った。

「興味深いことよ。つまりは、我の所で言えば燐は兄だが皇子の位は残っておるが、主の所では有無を言わさず臣下の一人となるということであるな。いったい、主には何人の兄弟が居るのだ?」

漸は、答えた。

「王の子だけと言うのなら、今は五人。母の子も合わせたら七人ぞ。貫と伯がそうであるからな。だが、王座に就いたらそれもなくなる。兄弟という肩書きは、政務上面倒が起こる可能性があるゆえ、一切なくなるのよ。臣に下ったもの同士だけ、兄弟として接しておるようであるが、我だけは別になる。」

全くの孤独になるのだな。

皆は、そう思った。

王は、兄弟さえもいなかった事になってしまうのだ。

「今は、と申したの。」志心が言う。「ということは、元はもっと居ったのか?」

漸は、頷いた。

「我が生まれた時、上に十人の兄達が居た。だが、五人は死んだ…体が弱かったり、立ち合いでへまをしたりでな。我は、上から二番目の兄によう世話をしてもらったのだが…その兄は、かなり賢い神だったのに、生まれつき体が弱くてな。病であっさり逝ってしもうた。王座になど興味はなさそうだったが、父はあまりにその兄が優秀なので、何故に体が丈夫でなかったと最後まで嘆いておった。兄が生きていたら、我は王座に就いてはおらぬな。」

炎嘉は、言った。

「ほう。その兄の名は?」

漸は、答えた。

「柊。」え、と驚く皆に、漸は苦笑した。「我に皇子が生まれた時は、必ず兄の名を付けると決めておった。なので、これが男であった時、迷わず柊と名付けたのだ。」

柊は、黙って聞いている。

焔が、言った。

「主は、その兄が好きだったのだの。興味があるの、どんな男であったのだ。」

漸は、聞かれて杯を下ろすと、遠い目をした。

「…そうよな…我はその折、まだ前世の記憶は無うてな。性質がこうであるから、努力を嫌ってしたい放題だった。学びもせぬし、父もこやつはダメだと常申して呆れておったものよ。立ち合いだけは、幼い頃から勘が鋭かったゆえ、できたのだがの。他はからきし。どうせ、王座は他の兄弟が持っていくだろうし、面倒は嫌だとそればかり。兄達はそんな我は敵ではないし、攻撃もして来なかったが、構いもせぬでな。そんな中で、二番目の兄の柊だけは、我に根気強く言っておった。身を守るためには、強さだけではならぬと。なので、逃げ惑う我を捕まえては、学問を教えてくれていた。その時は鬱陶しいばかりだったが、後にそれが間違いではないのだと知った。我は…ハメられて、今少しで命を落とすところであった。愚かだが立ち合いの腕が誰より良かったので、万が一と考えた、兄の一人が謀った事だった。助かったのは、柊兄上がそれを見越して見張りを付けておってくれたからで、我をハメた兄は、父に我との命を懸けた立ち合いを命じられ、そこで我に討たれて命を落とした。我は、それで目が覚めたのよ。」

なるほど、兄の柊は優秀な男だったのだ。

そして、自分は王座に届かないが、その争いの中に立つ愚かだった漸を守ろうとしていたのだろう。

漸は、続けた。

「そこから、我は心を入れ換えた。柊兄上に教わって、様々なことを頭に入れた。宮での立ち回りも、柊兄上から教わった。死にたくなければ、王座に就けと兄上は言うた。ゆえ、面倒だがやれるところまでやろうと思うた。そうすれば、体の弱い兄上のことを、守れるだろうと思うたのだ。なのに…兄上は突然に心の臓を患い、倒れた。そのまま、亡くなってしもうた。その衝撃で…我は、前世を思い出した。兄上が申したように、我は王座に就くために生まれたのだ。そこから、我は真面目に励んで、前世の記憶も使って父上にも認めさせ、皇太子となり王座に就いた。今の我があるのは、全て柊兄上のお蔭なのだ。ゆえ、我は己の子にその名をつけた。兄上を忘れぬためにの。」

やはり、犬神の宮は壮絶だ。

皇子に生まれると、王か臣下かの二択なので、皆が裏で画策し、愚かだったり、弱かったりしたら闇に葬られて行く。

安穏としていては、王座に座れないのだ。

「…ならば主は、この柊を跡目に考えておるのだの。それだけ敬う兄の名をつけたほどであるから。」

漸は、頷いた。

「最初はそこまで思うておらなんだが、これは思ってもないほど優秀な皇子ぞ。兄上は体が弱かったが、これは何の問題もない。頭脳は明晰だし、これ無しでは宮は恐らく回らぬだろう。慧は半分犬神ではないし、いくら優秀であったとしてもやはり王となると柊しかあるまいな。」

柊は、眉を寄せた。

どうやら、柊は王座が疎ましいらしい。

本来なら、喜ぶところなのに、この反応なのだ。

「柊。主は否か?」

維心が言うと、柊は顔を上げた。

「我は…父上がお元気であるので。今は王座の話は考えておりませぬ。」

まだ成人前だしな。

皆は思ったが、漸が言った。

「あのな柊、前にも言うたが、我は他に皇子ができても主がそれだけ優秀なのだから、跡目にしたいと思うておるのだ。嫌がるでない、興味はないとか昔から言いおってからに。」

昔から?

まだ成人前なのだが。

皆は思ったが、黙っていた。

柊は、答えた。

「父上、その初めを覚えておられますか。父上が最初に我に政務が面倒だから主がやれと仰ったのは、我がまだ百にも満たない時でありました。その後、主が我の跡を継ぐのだとか仰って。短絡的なのですよ、お断りするに決まっておりましょうが。」

まだ百に満たない皇子に政務丸投げ?!

柊の口の利き方にも驚いたが、そっちにも驚いた王達は、何から突っ込んだら良いのか目を右往左往させている。

漸が、ふて腐れた様子で言った。

「主ならできると思うたからぞ。現にできたではないか。」

柊は、漸を睨んだ。

「だから、そのようではなりませぬと常、申しておりますのに。父上が王なのですぞ。何事も、面倒なのが王なのです。望んで王座に就かれたのなら、最後まで全うなさってください。我も、出来る限り補佐致しますゆえ。」

本当に成人しておらぬのだろうか。

皆は、そう思いながらそれを聞いていた。

漸は、皆の空気に気付かずフンと横を向いた。

「分かっておるわ。兄上の名をつけたのが悪かったのかの。言う事がそっくりよ。全く。」

炎嘉が、ハッと我に返って割り込んだ。

「こら。柊が言う事も道理ぞ。まだ年端もいかぬ皇子に政務を丸投げするなど、普通の王はやらぬもの。そこまでさせてしもうておる、己の行いを見つめ直すが良いぞ、漸よ。とはいえ、今はとりあえず、妃のことであるな。主の宮では妃というものがないと聞いておるゆえ、今は離縁…いや、別れたという形になっておるのだろう?」

漸は、頷いた。

「その通りよ。瑞花が別居を選んでこちらへ戻ったゆえな。出産ゆえというには早過ぎるし、これほど長い期間離れるのは別れたと判断されるのだ。だが、前も言うたようにこちらの取り決めの婚姻という形を飲んでおるから、瑞花が離縁はならぬと申すならば、宮へ戻って再縁という形にしても良い。但し、我とて瑞花が思うようでなかったら、離縁を申し渡すやもしれぬぞ。我には、たった一人しか許されぬのだから、そこは文句を言うでないぞ。」

志心が頷いた。

「分かっておる。とりあえず、慧は連れ帰るのだろう。そういう取り決めであるのだから。」

漸は、頷いた。

「それは、もちろんそうよ。柊はそのためにここに居るゆえ、慧が落ち着いたら宮へ引き取るつもりであるが、柊が居らぬと宮でもいろいろ困るようでな。本日も、昼間だけということで我も出て来られたが、柊が居らぬと宮を空けるのも面倒で。できるだけ早う慧を引き取りたいと思う。」

柊は、それを聞いて頷いた。

「は。それは、こちらでも乳母と話し合って、ひと月経てば母の側を離れて問題ないだろうと。ですので、今月の終わりには、連れて戻ることができるかと。我も、それまでの間、こちらの図書館と申す書庫で、こちらの世を学べるので良かったと思うておりまする。」

学んでおるのか。

皆が驚いた顔をしたが、蒼は頷いた。

「柊は勉強家だからな。ここのコンピュータも簡単に使いこなせるようになったし。教師の裕馬も感心してたよ。」

柊は、蒼に微笑んだ。

「こちらは、誠に珍しい物が多くあって良いの。来て良かったと思いまする。」

柊と蒼は、仲が良いようだ。

王達は、まだまだ犬神の宮の知らないことが多くあるのだと悟って、やはりもっと関わって行くべきだと思っていたのだった。

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