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理由

炎嘉は、帰って居間へ入ってさあ着替えてゆっくりしよう、と思ったら窓に維心が来た。

「炎嘉!」と、居間の扉を開いて、勝手に中へと入って来た。「着替えか?我は着替える暇もなく来たのに。」

炎嘉は、急いで着替えかけていた着物をまた整えて、言った。

「己の宮へ帰って来たのだから寛ごうと思うわ。何ぞ、先ほどまで話しておったのに。」

維心は、言った。

「帰って維月と話しておったら気が付いて。」と、椅子へと座った。「…少し喉が渇いた。」

炎嘉は、自分も椅子へと座りながら、傍の侍女に頷き掛けた。

侍女は、頭を下げて急いで出て行った。

炎嘉は、フッと息をついた。

「他神の宮へ来てやりたい放題だの。それで?維月と何を話したのだ。」

維心は、頷いた。

「我も、そういえば、と思うたのだがの。維月が言うには、命が器を選ぶ時、己が生まれたい場所と環境を考えてその中で決めぬかと。我など、龍の宮以外の選択肢はないが、他の命もそうだろう。志幡も志心に転生したいから妃を娶れとか何とか言うておったし。」

炎嘉は、怪訝な顔をしながら頷いた。

「それはそうであろうよ。己の気の大きさを知っておるし、何より記憶がある時に選ぶわけであるから、己の子孫の己が作り上げた宮へと転生したいと考えるわ。勝手も同じだしの。」と、言ってから、ハッとした。「そうか、ということは、漸の子も?」

維心は、頷く。

「そうなのだ。」と、持って来られたぬるい茶を一口飲んだ。「維月は、それがおかしいと。あの宮は、両親揃っておる方が稀。漸自身も母に育てられたのではないと言うておったし、だとしたら瑞花の腹の子は、分かっておって瑞花の腹に来ておるはずよ。ゆえ、もしかしたら別の事でやる気を失くしておるのではないかとな。」

炎嘉は、そうか、と手を打った。

「そうよ!何故にそれに気付かなんだ。」と、立ち上がった。「ということは、乳母に行かせて待っておるとか言わせても無理ぞ。別の何かでやる気を失っておるのだ。行こう、維心。漸と話さねば!」

維心は頷いて、茶を飲み干すと立ち上がり、炎嘉と共にまた、今度は犬神の宮に向かって飛び立った。

その後ろを、急いでついて来ていた義心と、慌てた嘉張が必死に追って行ったのだった。


犬神の宮では、漸が宮に到着して、輿から降りたところだった。

焔の宮は、思ったより遠い。

面倒ばかりだとゆるゆる進ませていたら、いつもより時を取ってしまったのだ。

…今から、乳母達にあり得ない事を命じなければならないか。

漸は、頭が痛かった。

そもそも、子を待つのは誰しも同じで、それをわざわざ口に出して毎日言えなど、おかしいのだ。

そんなことは、腹に子を抱えている瑞花自身がやれば良いことなのだろう。

それを、わざわざ乳母に命じるなど、王は気がふれたのかと思われるのではないか。

そう思うと、気が重かったが皆がうるさいし仕方がない。

外へ出て行くと決めたのは、結局自分なのだ。

臣下達はそれに巻き込まれた形であるが、ここまで良くやってくれていた。

なので、今さら面倒だからまた引っ込もうとは、いくら漸でも言えなかった。

「王、お帰りなさいませ。」留守を預かっていた、伯が進み出て言う。「何やらお顔の色が。何かありましたか。」

漸は、面倒そうに言った。

「外は面倒しかないわ。それより、乳母をあちらへそろそろ行かせよと他の王達がうるさい。他の妃達が今、出産しまくっておるから、そろそろだろうと申して。」

伯は、頷いた。

「はい。こちらへ子は連れて参る事になりまするし、確かにそろそろ送らねばなりませぬな。時に…、」

伯は、驚いた顔になった。

漸は、怪訝な顔をした。

「何ぞ?」

しかし伯は、漸ではなく漸の背後の上を見ている。

漸が振り返って見上げると、空に小さく維心と炎嘉、それにその軍神二人の四人が浮いて、結界からこちらを見ていた。

「え」漸は、急いで結界を開いた。「何ぞ?!主ら、さっきまで一緒であったのに。」

維心達四人は、結界を抜けて降りて来た。

「良かった、主、今帰りか。遅かったの。」

そう言う炎嘉に、漸は言った。

「違う、我の事ではなく主らぞ。何故にここに居る。帰ったのではなかったか。」

維心が、言った。

「話す事ができたからぞ。」と、義心を見た。「主は適当に過ごして待っておれ。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

炎嘉も、急いで嘉張に頷き掛けて、勝手に過ごせと目で言ってから、漸を見た。

「そら、話そうぞ。主に聞きたい事がある。」

漸は、怪訝な顔をした。

「また面倒か?もういい加減にして欲しいのだがの。」

炎嘉は、漸を押して歩き出しながら、言った。

「我らだって面倒は御免よ。とにかく話そう。行くぞ!」

我の宮だと言うのに。

漸は思ったが、来たのが炎嘉と維心だったので、別にいいかと思い直して、そうして奥の王の居間へと向かって歩き出したのだった。


居間へと落ち着くと、何やら宮の中がピリリと引き締まった印象だ。

どうやら、外の王が来たので、臣下達が緊張しているらしかった。

よく考えたら、ここへ来るのは宮の序列を決めようと皆で集った時以来。

つまりは、維心に到っては、ここの臣下を斬り捨てて怒って帰ったのが最後なのだ。

それは、向こうは緊張もするだろう。

絶対に目を上げてたまるかという風に入って来た侍女達が、三人に茶を置いて脱兎の如く出て行ったのを見送ってから、漸は言った。

「それで?何ぞ、皆が居っては話せぬことか?」

炎嘉が、首を振った。

「そうではないのよ。そら、主の子。やる気のない理由ぞ。」

漸は、手を振った。

「ちょうど主らが来た時に乳母達を送る話を伯にしておったところであった。まだ例のアレは命じておらぬ。」

維心が、頷く。

「それは、もう良いやも知れぬ。」

え、と漸は維心を見た。

「良い?」

炎嘉が、答えた。

「そうなのよ。我らは黄泉の門から向こうの奴らと話すのだが、よう考えたら皆が皆、己が元居た宮に転生したいと申すし、現にそうして来ておる。維心だって何度転生したと思う。それでも龍王よ。」

漸は、そういえば、と思った。

自分も、犬神の宮以外の選択肢などなかった。

「…確かにの。とにかく王の子の器に入ろうと生じるのを待ち構えておった。他にも居ったが皆犬神は犬神、鳥は鳥。他の選択肢を選んだ奴はそう多くない。」

維心は、頷いた。

「そう。ゆえにな、我らはやる気の無さは外の環境のせいだと思うておったが、確かに環境のせいだろう。だが、両親揃ってとか、待たれておらぬとか、そういった事ではない気がするのだ。こちらの事を知っておる、こちらの神で王族に近い位置の命のはずであろう?ここでは、両親揃っておるのは珍しいのではないのか。」

漸は、頷いた。

「その通りよ。王であれば特にな。相手は数多居るし、乗り換える回数も王が断トツに多い。ほとんどが、王の側で乳母に育てられるか、ある程度母が育てて時期が来たら王に返されるかのどちらかなので、両方揃って子育てなど滅多にない。ということは、いったい瑞花の腹の子は、何でやる気を失くしておるのだ?」

「それよ。」炎嘉は、肩で息をついた。「何か心当たりはないか。」

漸は、顔をしかめた。

「心当たりとて…そうだの、もし我なら、王の子に生まれて励もうと入った母親が、何やら里へ戻った。父の声が聴こえぬ…犬神の宮ではない。段々に混濁してくる記憶の中で、離縁だの何だの声が外から聴こえて来て…時が経って行く。」

維心が、言った。

「記憶は失くなって行くゆえ、段々に状況を掴めぬようになるわな。外は何やら母の嘆きのような怒りのようなものが伝わって来るだけ。相変わらず父親の声はしない。だが、自分が行きたいのは、父親の側ぞ。そのためにその器を選んだのだからの。」

炎嘉が、言った。

「そうか!もしかしたら、腹の子は犬神の宮で育たぬのだと思うて、それでやる気を失くしておるのでは?生まれても、そこは違う場所。思うておったのと違う生になるのだ。」

維心は、頷いた。

「そうよ。一回分の転生が無駄になる。やろうと思うておったことができぬのだ。だが、産み月間近になってから、黄泉へ戻るのは無理。それだけの記憶はもうない。それを維持するだけの力は、我にもない。術が必要ぞ。ならば、今現在の腹の子は、恐らく何だか分からぬが、ここに生まれても良くないと思うておるだけではないか。犬神の一人も居らぬ宮なのだからの。」

漸は、嫌そうな顔をした。

「そう思うと哀れだが、そんなために我は、折れて瑞に会いに行ったりせぬぞ。」

炎嘉は、呆れた顔をした。

「己の子なのに。とはいえ、とにかく無事に生まれたらこちらへ来られるのだ。」と、考えた。「…つまりは、犬神の気を感じられたら良いのだ。乳母ぞ。早うあれらをあちらへやって、側に置け。そうしたら、そやつらの気を気取って犬神の宮かと勘違いするやも知れぬ。そうしたら、やる気も出るのではないか?」

維心は、何度も頷いた。

「その通りよ。犬神の気を持つもの達を、大勢派遣して回りを固めさせよ。そうしたら、恐らくいけるはず。」

漸は、眉を寄せたまま二人を見た。

「誠にそれでやる気になるのか?」

炎嘉は、大きく一つ、頷いた。

「大丈夫ぞ!何もせぬよりマシよ。とにかく、乳母から治癒の神やら皇子の侍女やらを先に送れ。どうせこちらへ迎え取るのだから、無事に生まれる事が重要なのだ!」

漸は、ため息をついた。

「仕方がないの。ではそれで。(しゅう)をやるか…我と気が似ておるし。」

柊とは、漸の第一皇子だ。

炎嘉は、頷いた。

「そうよ、柊!全く外に出しておらぬのだから、外の世界も学べるし一石二鳥ぞ!」

漸は、二人の勢いに押されて、頷いた。

とにかく、早く生まれて落ち着いて欲しい、と漸は思っていたのだった。

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