複雑な
正月の集まりだったが、そんなこんなでどこか裏で懸念を抱えた状態で、今年は過ごすことになった。
相変わらず、楽や羽子板、双六などで遊んだり、香合わせをしたものを持ち寄っていたので、それを試したりといつものような遊びに終始し、そうして三日は瞬く間に過ぎて行ってしまった。
そんな雰囲気の中で、楢もなんとか明るく振る舞い、他の妃達もそれを察して、瑞花のことは話題にしないように過ごしていたが、維月は底に沈む澱のような懸念に、皆に気を遣わせている、と気が気でなかった。
それでも結局、半分は男女別でそれぞれ楽しむ形にしたので、妃達は宮に居る時よりずっと楽しかったと言っていた。
だが、維月は皆が、懐妊中の体をおしてまでこうして楽しみに集まったのにと、もっと心から楽しめたら良かったのにと残念に思っていた。
なので、帰る日の朝、もうこれで終わりと茶会を開いて、朝の茶を妃だけで飲むことにした。
王達は王達で集まっている。
妃達はもう、飛び立つための装いで応接間へと集まっていた。
「おはようございます、皆様。」維月は、最後に入って行って、言った。「もう、挨拶の順はよろしいですわ。これまで三日共に過ごしたのですから。あの、帰る前にお話ししたいと思います。」
皆は、顔を上げる。
維月は、椅子へと座って言った。
「お座りになって。」と、皆が座るのを待って、続けた。「この三日間、とても楽しゅうございました。皆様、とても博識であられるし、お話しのし甲斐がありましたわ。ですが、このまま帰っては、皆の中で懸念や疑問が残ったままになるかと思うて。ここは、しっかり話してから戻りたいと思いましたの。」
綾が、言った。
「…それは、瑞花様のことでしょうか?」
維月は、頷く。
「はい。我からは詳しいことは言えぬのですが、皆様も知られておることもありますでしょう。言える事だけ申しましたなら、瑞花様は渡様の皇女であられましたが、後に宮を出られてこの月の宮の侍女になり、そして、教師として抜擢されておられました。その折、漸様が神世に戻られる事になって、学ぶためにこちらへ通われ、その折に瑞花様と知り合われました。そして、漸様に乞われて犬神の宮に入られ、これまで励まれておりました。それがこれまでの経緯でありまする。」
皆が知っている事も知らなかった事もある。
皆は、黙って頷いた。
維月は、続けた。
「その…渡様は御存知の通り闘神であられ、その血を濃く受け継いだのは、瑞花様でありました。渡様が仰るには、お気質もそっくり移し取るような様であられたようで。それが、いろいろあってここへ来られる間に、心根を入れ換えて淑やかな女神として仕えておられました。ですが、犬神の宮には妃という地位がありませぬので、瑞花様は渡様から受け継いだ血に感謝しながら、軍神として宮での地位を築かれました。素晴らしいご努力であると思います。ですが…高瑞様や他のかたの話を聞いておりますと、どうやらこちらで言う淑やかな女神、というものを、お忘れになりつつあるようで。我らの前では、確かにきちんと振る舞われ、なので我らは特に気付く事もありませんでした。ですが、我は…ここ最近の瑞花様の漸様への、ご対応を見ておって、懸念しておりましたの。まさかと思うておりました。ですが、あの初日に、我らの所へ来られると打診して来られた時に、やはり、と思うて愕然としたのですわ。」
楢は下を向いている。
椿が、言った。
「誠に…覚えておりますわ。維月様が凍り付かれたようになられて。何があったのかとあの時案じましたから。」
綾も、神妙な顔で頷く。
「我もそのように。筋違いなのは、我らの誰もが分かった事でありました。何しろ、お隣りには漸様がいらっしゃるのですし…和解されないまま、同じ立場でお話することはできませぬから…。」
月見の時は、まだ瑞花と漸の和解もある状況だった。
まだ、戻って間もないし、漸が謝りもしていなかった状態だったからだ。
だが、それから漸が意識をどこかへ飛ばされるというような、大掛かりな罰のような教育を、施されたのは皆が見て知っていた。
そんな想いをしてまで学んで来て、謝罪しているのに無視を貫いていた瑞花は、もう離縁と考えてもおかしくはなかった。
通常、王妃である女神達は、一々王に許しを得てからでないと、友達付き合いもできない立場だ。
王と同じく宮を背負っているので、利用しようと近付く者や、おかしな事を吹き込む輩が居ないとも限らないからで、それを判断できる王達が、大丈夫と見てからしか、同席はおろか口を開く事もできない。
その一言一言が、宮の発言となり、悪意を持って広めるような、者が混じって居ないとも限らないのだ。
なので、瑞花が王妃でなくなる可能性があり、里へ戻っている今は、立場のハッキリしない女神となるので、妃達は口を開く事ができない。
話すなら、一々王に問い合わせねばならないのだ。
王達の中には、漸も居る。
妃達が問い合わせれば、皆に知れる。
王達はまず、漸の事を考えるだろうし、仮にあそこで維月が問い合わせたとしても、維心は絶対に首を縦には振らなかっただろう。
それが分かっていたので、困惑したし断りの返事をし、綾達も分かっていたので同じように筋違いだと困った顔をした。
そして、そんな当然のことすら忘れてしまっているのかと、愕然としたのだ。
「…良くも悪くも、犬神の宮はこちらとは違い、そちらで生き残るためにはそちらの理に従わねばなりませぬ。瑞花様は、立派にそれをやり遂げられました。ですが、こちらへ完全に帰られるとなると、やはり普段のご対応があちらの価値観とこちらの価値観が混ざってしまって、分からぬようになられるのやもしれませぬ。これまで通りならば、全く問題はありませんでした。我らは同じ妃同士、こうして茶会などで顔を合わせる程度でありますから、普段の事までは存じませぬし。ですが…こうなってしもうた以上、我らには打つ手はありませぬ。恐らく御文すら、王はお許しくださらないでしょう。もしかしたら、樹伊様にも他の王の顔色を恐れて、楢様にすら交流を禁じられる恐れがございます。ここはもう、瑞花様が思い出してくださるのを、待つしかありませぬが…漸様のあのご様子では。難しいやも知れませぬ。」
王の寵愛は、時にあっさりと失われるもの。
それを、妃達はよく分かっていた。
なので、その上に胡座をかくことはできないと、維月に閨の技を聞いたりまでするのだ。
今、愛されているのは分かっているが、こちらの行動次第では、どうなるのか全くわからないからだ。
自分も愛している王ならば、側に居るために、お互いのために努力する。
一方通行では、上手く行かないのは、周知の事実だった。
「…まして、漸様は、犬神の宮の王。あの宮では、婚姻がなく男女共に自立していて、簡単に相手を変えるのだとか。漸様にはご努力なさって、婚姻制度を理解して受け入れていらしたのに、あのご様子では、我らより元に戻るのは難しいでしょう。自立なさっていたから、瑞花様にも相手を簡単に変える価値観におなりでありましたのでしょうか。ですが…瑞花様はこちらのご出身で、離縁ならばこちらへ帰るしかありませぬのに。こちらは、女が自立は難しいですわ。もちろん、侍女達は励んでおりますが、こちらの価値観をお忘れならば、お辛い事におなりでしょう。」
椿が言う。
本当にその通り。
維月がため息をつくと、楢が言った。
「…王にご無理を申し上げて、帰りましたら姉に文を書いてみますわ。」皆が楢を見る。楢は続けた。「お姉様は確かにいろいろお忘れかもしれませぬが、たったこれだけの事で、そこまで励んで馴染んでおられた宮を出ようと思われておるのかと。お子もおります。ここは、漸様との再縁を選ばれた方が、絶対に良いのですから。」
でも、漸は今さら受け入れないだろう。
皆は思ったが、楢の気持ちを挫くのもできなくて、ただ頷いたのだった。




