この先
瑞花は、送った先触れのつもりの侍女が、戻って来て漸とは和解したのか、していないなら和解してからの方がと言うので、驚いた。
すっかり行くつもりで居て、もう着物も着付けて準備していたのだ。
…友に会うのに、なぜにそのような。
瑞花は、混乱した。
あの月見の時には、まだ和解までは程遠い状態だったが、楽しく受け入れてくれていた。
漸が来た時も、庇ってくれていたのだ。
それなのに、今回は否と言われたのが、分からなかったのだ。
そこへ、天媛が入って来て、言った。
「瑞。お父様がお話をと。」
それどころではないのに。
瑞花は思ったが、父の言うことには逆らう選択肢はない。
なので、天媛と共に、居間へと向かった。
高瑞は、相変わらずスッキリと美しい姿でそこに居た。
いつも思うが、こんな洗練された元王が、自分の父だというのに慣れない。
天媛はとても好意的で甲斐甲斐しく世話をしてくれるが、高瑞は基本、何も言わないし、しない。
父らしい感情など、無いようだった。
天媛が高瑞の隣りに座り、瑞花は頭を下げた。
「お父様。お呼びと伺いまして。」
高瑞は、頷いた。
「座るが良い。」
瑞花は、粗相をしてはと緊張しながらその前に座った。
高瑞には、そういう空気があるのだ。
「…そろそろ話しておこうと思うての。」瑞花が、何の話だろうと顔を上げると、高瑞は続けた。「主は、漸はどうするつもりなのだ。あれは、碧黎から強制的に学ばされて今では落ち着いた王ぞ。それは、我は高彰から聞いておるから知っておる。そこまでして成長し、主に詫びの文を送って来ておったな。天媛から見せてもらって我も内容は知っておる。何の落ち度もない文章であった。だが、主はあれに返事もしておらぬな?許すとも許さぬとも。」
瑞花は、下を向いた。
「はい…あの、まだあちらへ戻る気持ちになれず。」
高瑞は、頷いた。
「それは良いだろう。主の選択ぞ。だが、子が生まれて半年と期限を切られておるが、それまで全く何の交流もなしに、帰る場所があると主は本当に思うのか。天媛から聞いたが、あの宮では、住む場所が別れると、そのまま関係が解消されるという。今、漸が別に相手を作っても、誰も咎めぬ状態ぞ。」
瑞花は、え、と驚いた顔をした。
「ですが、こちらの婚姻の取り決めで我は嫁ぎました。あの宮とは違いまする。」
高瑞は、首を振った。
「まず、思い出すが良い。こちらの婚姻の取り決めは、複数の妃を認められておる。あちらの取り決めは、たった一人と決められておる。あちらでの関係は解消されたと宮で見られているとして、あちらではもう、次の相手を見つけても誰も咎めぬ状態ぞ。そしてこちら。こちらは複数の妃を認められておるゆえ、漸が別に誰かを相手にしても、誰も咎めぬ状態よ。つまり、今はそういう状態なのだ。」
言われて、瑞花はハッとした。
婚姻関係は簡単には解消できないと自分は知っている。
そして、あの宮では複数は認められていない。
だからこそ、問題はないと思っていたが、そうではなかったのだ。
裏を返せば、今高瑞が言った通りに、漸は宮では次の相手を探せるし、こちらでは複数でも咎められない。
つまり、このままではあちらの王妃という立場が、失くなると高瑞は言っているのだ。
「…思い至りませんでした。ですが…それならそれで、我は仕方がないと思うておりまする。」
高瑞は、淡々と言った。
「そうか。ならば良い。あちらの宮に戻って軍神として漸に仕えることになるだろうが、それで良いのだの。」
瑞花は、首を振った。
「え、いえ、我はこちらで子育てをすればと、そのように…。」
高瑞は、無表情だったのだが、ぐっと眉を寄せた。
「…こちらで?」その声の冷たさに、瑞花が驚いていると、高瑞は続けた。「それはできぬ。我は、主が問題なく嫁げるようにと、それを前提に養子として受け入れた。だが、ずっとここに我の子として居るとなると別の問題ぞ。主とは養子縁組みを解消することになる。厳しいが、我は我の宮のことを考えるゆえ。高彰に迷惑を掛ける事はできぬのよ。つまりは、これからの主の生にまで、我は責任を持つ事はせぬ。渡がもしかしたら、また受け入れてくれるやも知れぬゆえ、もし皇女に戻りたいならそちらに打診せよ。後は、蒼ならまた侍女として使ってくれよう。漸と別れて犬神の宮を出るのなら、その二つしかない。ここには置けぬ。」
瑞花は、あまりのことに天媛に助けを求めて視線を向けたが、天媛は悲しげに見つめ返すだけだった。
…帰る所がない。
瑞花は、愕然とした。
月の宮が里であると、心強かったのは漸の王妃であるからだった。
ここに完全に依存して生きることは、許されないのだ。
漸に、話をするしかない。
だが、漸のことは尽く無視して来てしまっていた。
今さら、頭を下げても恐らく漸には愛情はないだろう。
というのも、あの最後通牒の書き方には、事務的な何かしか感じなかったからだ。
月見以前の、情熱的に戻って欲しいという感情は、欠片も感じられなかった。
しかも今、漸を無視して妃達が集う場所に、出掛けて行こうとまでしていた。
それが隣りの部屋で、漸にそこに瑞花が居ると、わからないはずもないのを知っていながら…。
恐らく、その話は維月から王達に知らされているだろう。
思えば、自分はかなり筋違いなことをしようとしていたのだ。
維月が、困惑して断って来るのも、道理だった。
「…はい。」瑞花は、高瑞に頭を下げた。「申し訳ありませぬ。やっと理解できましたところでございます。これより考えて、先を決めて参ります。」
高瑞は、重々しく頷いた。
「そうせよ。ここのところ見ておったが、本日の行動といい、目に余るのでな。」
維月達の所に、遊びに行こうとしたのが知られているのだ。
瑞花は、自分の外出着が恥ずかしかった。
そうして、いきなりに真っ暗になったように感じる先を案じて、瑞花はフラフラとそこを出て己の部屋に帰ったのだった。
それを見送って、天媛が言った。
「…強く言い過ぎではありませんか?あの子があのように中途半端な状態になったのは、あの宮に嫁いだからですわ。あちらで励んだ結果であるだけで。普通の宮に嫁いでおったなら、こんなことには。」
高瑞は、天媛を見た。
「主は甘すぎるのだ。分かっておろう?あれのためぞ。立場を分からねばならぬ。こちらではこちらの見方があり、あちらにはあちらの見方がある。こちらで生きるつもりなら、こちらの常識で生きねばならぬ。あちらで生きるのならあちらの常識ぞ。当然の事であるわ。身重の体で哀れではあるが、己で考えて行きたい道を行けるように、今から準備しておかねばならぬ。そうでなければ、漸の方は手遅れになる…心持の問題であるからな。もしかしたら、もう遅いやもしれぬのに。」
天媛は、下を向いた。
高瑞は、その顔をじっと見て、続けた。
「…主には見えておるか?どうよ。」
天媛は、首を振った。
「見えておっても言うことは出来ませぬ。ただ、瑞花にはできるだけ早う道を決めねば。高瑞様が申される通り。」
高瑞は、フッと息をついた。
「その通りよ。蒼にも、この事は話しておかねばならぬ。我は、こちらへ瑞花が戻って来るのなら、養子のままにするつもりはない。非情なようだが、それが最初の取り決めぞ。あれが嫁ぐために養子として迎えた。そうでなければ、養子になど迎えなかった。仕方のないことよ。」
天媛は頷いて、ため息をついて庭の方へと視線を向けた。
時刻は昼を過ぎて、夕刻へと近付いているようだった。




