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友好関係

旗清は、あまりにも漸が宮の中を褒めるので、ではと応接間に行く前に、宮の中をいろいろ案内してくれた。

漸はいちいち感心したり、褒めたりしていたが、本当はとっくに知っていた。

こんな風に王が喜ぶような事が言えるのも、一重に克哉としてここで過ごした記憶のお蔭だ。

克哉の臣下としての知識は、漸を当たりの良い王と認識させる技術を与えていたのだ。

とはいえここは、二番目最下位とは思えないほど洗練された宮だった。

漸として訪問してみて、改めて思った。

なので、漸は素直に言った。

「…神世に戻ってから、最上位の宮以外を訪問したことはなかったが、ここはそれらにも劣らぬ設えであるぞ、旗清。侍女達の躾も行き届いておるし、誠に良い宮よ。」

旗清は、すっかり漸に打ち解けて、言った。

「そう言うて頂けると臣下も喜ぶものよ。先ほど褒めて頂いた庭も、庭師が力を入れておるので喜んでおることでしょう。」

漸は、頷いた。

「特に、宮の彫り物には驚いた。到着口の辺りの柱の装飾は素晴らしい。うちの臣下を来させたら、少しはあれらの彫刻の腕も上がろうかの。」

旗清は、何度も頷いた。

「確かにあの彫刻は、先々代が彫らせた一級品で。宮の自慢でありますぞ。いつなり臣下を寄越してくだされば。」

漸は、頷いて微笑んだ。

「ならば、礼をせねばなあ。主は、那佐の所から妃を迎えると聞いておるし、ならば、我が維心から譲ってもらった万華(ばんか)の反物を贈ろう。主と妃の分ぞ。それを我からの祝いとしようぞ。」

え、と旗清は仰天した顔をした。

龍の宮の万華は、今どこの宮でも喉から手が出るほど欲しい代物だ。

あまりに人気なので、危ないからと龍の宮では生産を控えていて、滅多に外に出る事はない。

恐らく、最上位の王ぐらいしか、身に付けたことはおろか近くで見たこともないだろうと思われた。

「ま、誠に?!万華はあまりにも過ぎた物では…恐縮してしまい申す。」

旗清がしどろもどろに言うと、漸は笑った。

「何を言うのだ。いきなり来たのに、こうして快く迎えてくれただけでも感謝しておるのに。婚姻の良いはなむけになろうほどに。我は、幾つか維心からもらっておるから。此度は主に贈るわ。」

主が、良い奴だと知っておるしな。

漸は内心思っていたが、それを口には出さなかった。

旗清は、克哉だった自分に、それは良くしてくれたのだ。

妃との約束を、必死に守ろうとする姿には、学ばせられた。

なので、その礼でもあるのだ。

そんなこととは知らない旗清は、涙ぐんで頭を下げた。

「誠に…感謝致しまする。これで、良い輿入れにさせてやれまする。」

漸は頷いて、そうして旗清と共に、応接間へと移ってまた、取り留めのない話に花を咲かせたのだった。


もう帰ろうかと準備に一度、控えの間へと入った漸は、貫に万華を旗清の婚礼の祝いに準備させるように指示して、貫が宮へと急いで戻ったので、戻るのを待っていた。

贈ると決めたからには、早く贈って仕立てる時間を取ってやりたかったからだ。

すると、そこへ聞き慣れた声がした。

「漸様。」

漸は、ハッとした。

これは、克哉の声だ。

「入るが良い。」

漸が言うと、克哉は入って来て目の前に膝をついた。

漸は、言った。

「克哉。話したいと思うておった。旗清が来させたのか?」

克哉は、顔を上げて首を振った。

「いえ、王はご存知ありませぬ。」と、思いきったように漸に続けた。「…漸様。その、もしやあなた様は、我の窮状をお救いくださいましたか。」

漸は、驚いた顔をした。

窮状を救う…?

「…主は、あの八葉との立ち合いも知っておったの。見ておったのか?」

克哉は、やはり、と頷いた。

「はい。我は、まるで他の神の中から見ておるように、己の動きを見ておりました。漸様のお考えや、ご記憶も我は共有しておる状態で。我は…気が弱く、妹を守るためとあれらの言いなりになっておるだけでした。立ち合いなど恐ろしいと、王の講習会にも参加せずで。あの時も、恐ろしくてただ震えておりましたが、漸様は木刀で八葉に立ち向かわれた。あの時、我は怯えておるばかりでは、千早を守ることなどできないと悟りましてございます。本日朝早く、訓練場に一人立ってみましたが、我には漸様のご記憶がまだ幾らかありまして。漸様が去られた今も、そこそこにまだ、立ち合えるのだと知りました。漸様は、我を救ってくださった。最後に、何やら月と話しておられたような気がしましたので、漸様が分かっていて我に入ってくださっておったのかと思い申して。御礼を申し上げねばと、こうして参りました。」

漸は、苦笑した。

あれは、克哉という神が自分だと信じ切っていたからだ。

そうでなければ、何としても犬神の宮へ帰る事を考えただろう。

漸は、首を振った。

「違うのよ。克哉よ、我はの、地に戒めとして主の中へと放り込まれたのだ。何しろ我は、長く神世を離れておって、何が良くて何が悪いのかも分からずでな。妃と約した事すら忘れる始末。そのせいで、他の王達にも信用ならぬと言われて、だが、何が悪いのかも分からなかった。だが、今はわかる。」戒めと聞いて、克哉は驚いた顔をしている。漸は笑って続けた。「ここへ来たのも、我が乗っ取っておる間、主は何も分かっておらなんだのではないかと思うて案じたからぞ。だが、主はあの立ち合いを知っておった。なので、見ておったのだと安堵した。さらに、主を救えたのなら、これよりの事はない。主も、我を救ってくれた。その記憶でな。ゆえ、我らはお互いに、助け合ったのだ。」

克哉は、涙を浮かべて言った。

「我が、漸様をお救いしたのですか。」

漸は、頷いた。

「その通りよ。主は我を救った。今も主の記憶は我の中にある。今度は間違わぬ。主も、我の記憶を使って宮での地位を守るのだ。どうやら主は、我がどうなってああなっていたとか、そこの記憶はないようであるな。」

克哉は、首を振った。

「全くありませぬ。本当に…確かに知っておったようにも思うのに。」

それは、恐らく碧黎だろう。

漸は思って、苦笑した。

「ま、それで良い。知ってはならぬこともある。恐らく主が、今後必要になる部分だけ頭に残っているのだろうて。この事は、旗清には言うてはならぬぞ。主の中に留めておけ。分かったの。」

克哉は、何度も頷いた。

「はい、漸様。これで、千早を守ってやることができまする。漸様もご存知のように、康久殿は結界外へと放り出されて…そこで、今朝、自害して見つかりました。」

あれは、死んだか。

漸は、厳しい顔をした。

「そうか。そうなろうの。あれは、宮の中で好き勝手し過ぎたのだ。旗清も悪い。そんなものを野放しにしておったのだから。だが…妃は?詩は実家へ帰されたのだろう。」

克哉は、頷いた。

「はい。詩様…いえ、詩殿は、実家へ戻って祖父と祖母、それに母と共にひっそりと暮らしておりまする。弟の未来も絶たれてしまい、大きな屋敷を維持することは無理だろうということで、屋敷は皆とは離れた位置のより小さな物を王から与えられて。王は、帰す時に幾らか物資も密かに持たせたので、生活には困っておりませぬ。悪いのは、康久殿だと言う事で…。」

漸は、頷き返した。

「そうか。そこは旗清が決めることであるから、我が口出しすることではない。」

するとそこへ、貫の声がした。

「王。戻りました。」

克哉が、驚いて慌てて隠れようかと回りを見回す。

だが、漸は首を振って言った。

「入れ。」克哉が戸惑う中、貫が入って来て、膝をついた。「ご指示の通り、持って参りました。」

貫の手には、美しい塗りの厨子と、細長い木箱があった。

漸は、頷いた。

「そちらは、旗清に持って参ろう。その木箱は、もう本神がここに居るので、直接に渡してやるが良い。」

克哉は、え、と驚いた顔をした。

「我に?いったい、何を?」

貫は、克哉に細長い木箱を差し出した。

「王から、これで励めということでございます。」

克哉は、戸惑いながらもその箱を貫から受け取り、中を開いて見た。

中には、犬神の宮の軍神達に支給される、刀が入っていた。

「このように良い品を。」

最上位の宮の軍神の刀だ。

漸は、笑って言った。

「うちの軍神は基本的にこれを持っておるわ。貫は筆頭であるからもっと良い物を持っておる。遠慮することはない、これで千早を守れる力をつけよ。旗清には、我からそれを贈ったと話しておく。」

克哉は、また目に涙を浮かべたが、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。必ず、我は妹を守れる強い兄になりまする。」

漸は頷いて、貫を見ると、貫と共に、厨子を持って旗清の居間へと向かった。

克哉は、深々と頭を下げたまま、それを見送ったのだった。

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