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目覚め

漸は、目を開いた。

いつもと違う天井…大きな、天蓋付きの寝台なのだと、それで分かった。

…いったい、どうしてこんな所で…!

慌てて飛び起きた漸は、豪華な設えのその部屋に、混乱した。

…筆頭重臣でも、こんな部屋は与えられておらぬのに。

何かの間違いがあって、もしかしたら迷い込んだ先で寝てしまったのかと慌てて飛び起きた漸は、傍にある大きな姿見の鏡に映る、自分を見てハッとした。

…漸…?!

そして、思わず手を見た。

大きな、がっしりとした見覚えのある手だ。

そして、鏡に映る自分を見つめて、そこへ手をついた。

…そうだ…我は漸。克哉という神ではない…!

どうして忘れていたのだろうか。

漸は、混乱する頭の中で考えた。

すると、仕切り布の向こうから声がした。

「王?お目覚めでしょうか。御手水をなさいますか。」

ハッとして振り返ると、見覚えのある侍女達が、布を持ち上げて脇からこちらを見ている。

「…今は、何時(なんどき)ぞ。」

侍女は、答えた。

「はい。夜明け一時間後でございます。」

漸は、イライラと振り返った。

「違う!日付ぞ!」

侍女は、困惑した顔で言った。

「え…はい、霜月、28日でございます。」

ということは、あの克哉の記憶の次の日…。

十六夜は、何と言っていた?

…そろそろだな。お前、いろいろ学んだろう?

そうだ、やはりそうなのだ。

あの日、碧黎がやって来て、女になれば分かると言った。

だが、実際は女ではなく、旗清の宮の侍従の一人になっていた。

自分は、克哉の体を乗っ取っていたのだろう。

そして、その記憶を使わせてもらって何とかやっていたが、克哉はどうなったのだろう。

回りの反応を見ていると、元はおとなしい男であったようだ。

それを、漸が入っていたことで、強く回りをけん制できるようになって、ああして筆頭の康久を追い落とし、三位の地位に就いていたのだが、漸が抜けた今、克哉はわけが分からずに困っているのではないのか…?

だとしたら、庇ってやらないと。

漸は、焦って思った。

そうして、侍女達に向き直ると、言った。

「…着替える。旗清の宮に連絡を。訪ねると伯に書状を送らせよ。」

葛が輿入れしたら、あちらは忙しくなって訪ねるのもできなくなる。

葛は、師走の会合の後に、旗清の宮へと入る予定だった。

漸は、急いで着替えを済ませて、そうして返事の書状が戻って来るか来ないかの間に、犬神の宮を飛び立ったのだった。


驚いたことに、長く留守にしていた自分が、臣下達と話しもせずにいきなり出掛けると言っても、宮の臣下達は何も言わず、普通に対応してくれていた。

貫がついて来ていたのだが、漸は輿の外へと貫を呼んだ。

「貫。この二月、どうしておったのよ。」

貫は、ワケが分からないという顔をした。

「どうしてとは…?いつもと変わりなく過ごしておりましたが。」

どうやら、己の事だと思っているらしい。

漸は、王が不在だったのに何を言うておるのかとイライラして言った。

「違うというに。政務ぞ!」

貫は、ますます怪訝な顔をした。

「はあ、王がお変わりなく、いつもより格段に速くご対応してくださっておったので、我らはさては瑞花様と何か取り決めでもして来られたのだなと、月見の宴からこちら、感心して見ておりましたが。それがどうという事でしょうか?」

我が、政務をこなしていた…?

漸は、眉を寄せた。

我はここに居なかった。だが、よく考えたら我は克哉の中に居て、自分の体の中に居たわけではない。

ということは、誰かが我の体を動かして、政務をしておったというのか…?

貫は、まだ怪訝な顔でこちらを見ている。

漸は、輿の布をパッと閉じた。

「…良い。今の事は忘れろ。」

貫の気配が、閉じた布の向こうから去って行ったのを感じた。

漸は、布の隙間から見える地上を眺めながら、じっと考えた。

恐らく、その格段に速い速度で政務をこなしておったのは、碧黎。

自分が、克哉の中に閉じ込められて、克哉だと思い込んでいる間に、宮を動かしていたのは碧黎だろう。

だったら、宮は全く問題ない。

だが、その時の克哉の意識はどうなっていたのだ。

今、激変した宮の中で、混乱して過ごしているのではないのか…?

とはいえ、どうやって何の関係もない最上位の宮の王である自分が、旗清の宮の三位の重臣の克哉と話せば良いのだろうか。

漸は、いろいろ頭の中が忙しかったが、とにかく行けば何か思いつくだろうと、そのまま旗清の宮まで、運ばれて行ったのだった。


到着口に着くと、旗清が困惑した顔で迎えてくれた。

臣下達も、最上位の王が来ると思ったからか、出迎えに立っている。

よく考えたら、漸は全く旗清とは交流がなかった。

旗清からしたら、いきなりなんだと思っているのだろう。

漸は、何も考えていなかったと、とにかく友好的にと、笑顔を浮かべて輿から降り立った。

「旗清。いきなりすまぬな。急に思い立ってしもうて。」

旗清は、表向き笑顔で頷いた。

「いつなり訪ねてくれたら良いのですが、どうなさいましたかな。先触れが来て驚きましてございます。」

だろうな。

漸は思いながら、出迎えの臣下の中に、克哉が居るのを気取っていた。

思ったより落ち着いた様子なので、特に混乱はないようだ。

漸は、何か理由はないかと考えた。

「そう…那佐よ。」漸は、克哉として宮にあった時に、渡が宮を訪ねていたのを思い出した。「那佐と話しての。ここでは、文官にも己の身を守るための講習会を開いておるそうな。我の宮でも文官達は、女といえども立ち合いはできる。だが、軍神と戦って勝てるような文官は居らぬで。主の宮では、15位の軍神を倒した文官が居るそうな。珍しいので話してみたいと、つい暇だし思い立って来てしもうたのよ。」

旗清は、ああ、と肩の力を抜いた。

「那佐とは渡の事ですな?ははあ、あれは立ち合いが好きであるから、そんな話をしたのですな。はい、ちょうど渡が来ておる時に、そんな場に居合わせまして。」と、克哉を見た。「そちらの。克哉という臣下でありまする。ただいま重臣三位でありまして。」

漸は、知っていたが、知らぬふりで克哉を見た。

「ほう。そう気は大きくないようだが、どうやってそんな技術を身に付けたのか、興味があるの。また若いのに、3位とは。」

旗清は、笑った。

「ならば、一度見てみますか?」と、克哉を見た。「克哉、訓練場へ行くか。」

克哉は、頭を下げたまま言った。

「は…しかしながら、あの折は必死で。実力以上の力を出してしもうた気が致します。何しろ、木刀と真剣でありましたし。」

それを聞いた漸は、眉を上げた。

…克哉は、知っている。

漸は、思った。

ということは、克哉は表に出て来ていなかったが、あの様子を見ていたのだろう。

自分を乗っ取っているのが漸だとは知らないかもしれないが、ということは、この二月の事も知っているということで、混乱はないだろう。

漸は、内心ホッとして言った。

「無理にとは言わぬよ。ただ、少し話を聞きたいと思うたまで。だが、それなら旗清に話を聞くかの。どのような講習会を開いておるのか。」

旗清は、微笑んで歩き出した。

「では、こちらへ。応接間でお話致しましょう。」

漸は頷いて、貫を振り返った。

「貫、訪問の挨拶の品、引き渡して置いてくれ。」

貫は、頭を下げた。

「は!」

旗清は、微笑んで言った。

「わざわざお気遣い感謝致しまする。ささ、こちらへ。」

漸は、旗清について、勝手知ったる宮の中を、知らないふりをしながら、庭を褒めたり調度を褒めたりと好意的に振る舞って、旗清について歩いたのだった。

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