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身分

旗清は、呆気に取られていたが、ハッと我に返って、渡の腕を掴んで言った。

「誠か?!主、養子にしてくれるのか?!」

渡は、食い気味に言う旗清に、鬱陶しそうに言った。

「こら、近い!そうよ、品が良いのだろう?確かにあそこの侍女達は、皆おっとりとしておるし、よう躾けられておる。罪人の子とかでないなら、我が養子にしてすぐに主の宮へ入ったら良いのだ。最上位の王の縁者であれば、康久とて文句は言えまい。どうよ?」

旗清は、もう指南など頭から吹っ飛んだのか、何度も涙を浮かべながら頷いた。

「主からそう言うてくれるのなら…。あれは、峡の重臣筆頭の(かず)の子。(かずら)ぞ。まだ200歳と少し。歳は少し離れておるが、それでも我はあれを大切に思うておる。必ず臣下を説得して宮へ引き取ると、約して離れたのよ。峡は、重臣の子だけを贔屓にできぬと言うて、養子にするには難色を示しておって…こんなことを、誰にも頼めず困っておったのだ。」

ちなみに、旗清は今400歳代なので、離れているといっても許容範囲だ。

渡は、頷いた。

「重臣筆頭の子か。和のことは知っておる。ならば良いわ、我から峡へ連絡を入れよう。そうして、一度、(かずら)を我が宮へと引き取る。そこから、主の所へ参れば良い。誰も文句は言えぬわ。文句を言うたら我に言え。我が抗議してやろうぞ。」と、クックと笑った。「そう考えると、最上位という地位も良いものであるな。」

渡は、昔から地位などあまり執着していなかった。

だからこそ、反対に上がって行ったような気もする。

克哉は、それを見ながら、渡が侍女達に人気があると聞いていたが、このせいか、と思った。

漸の記憶でも、漸自身は全く分かっていなかったが、回りが渡は女の気持ちが分かる神、と言っていたのを覚えていた。

つまりは、渡はこうして、侍女など身分が低いものでも高いものでも、変わりなく平等に扱うのだ。

戸佐は、言った。

「王。では、どう致しましょうか。渡様には、本日はご指南は無しということに?」

旗清は、迷うような顔をした。

一刻も早く峡に知らせを送って欲しいという気持ち半分、しかしやっと来た渡に指南をしてもらわねばという気持ち半分で、揺れている。

渡は、苦笑した。

「良い、今は指南ぞ。ここからの帰りに、峡の宮へ寄ってそこで直接話すわ。そこで酒でも飲んで、次の日の朝葛を連れて帰っても良いしな。我だって、そうそうあちこちできぬのだし、今は時が惜しい。克哉の事は、まあ本神に決めさせるとして、戸佐ぞ。さっさとやろう。」

戸佐は、問うように旗清を見た。

旗清は、迷うような顔をしていたが、頷いて渡について行くように促す。

戸佐は、パッと明るい顔をして、そうして渡と訓練場の上に浮いた。

克哉は、そんな二人を見上げてから、旗清に頭を下げた。

「王。では、我と辰馬は下がりまする。」

旗清は、ハッと克哉を見て、頷いた。

「分かった。康久の事は気にするでないぞ。あやつは最近横柄で、少し考えようと思うておったところ。主は、軍神であろうと文官であろうと、好きな方を選ぶが良い。両方に役に立つと思うと、我は誇らしいわ。」

克哉は、旗清は気の良い王だから、と思いながら、深々と頭を下げた。

「もったいないことでございます。御前失礼致します。」

そうして、克哉はやっとのことで、訓練場を後にした。

千早の事は、これで守れたと、ホッとしていたのだった。


渡は、その言葉の通り一度峡の宮へと立ち寄って話を通し、和の娘の葛を引き取る算段を進めたようだ。

渡の宮の新しい妃である美穂も、同じ年ごろの娘ができるというのに、嫌がるどころか喜んでいたらしい。

女に人気のある王には、気立ての良い妃が来るらしいなと、克哉はその知らせを読んで思っていた。

最近では、康久の執務室へ良く呼ばれるようになった克哉が、せっせと書類の束を処理していると、康久が言った。

「…克哉。」克哉は、顔を上げた。康久は続けた。「主、八葉を倒してから、軍に誘われておるそうだの。戸佐からも話が来たが、主はどうするつもりなのだ。」

克哉は、首を傾げた。

「我は…軍神など思いもしなかったのですが。王は、軍の方が手が要るので、そちらへと思っていらっしゃるようです。ですが、最後は我が決めて良いと言うて戴けました。我としては、まだ決めかねておりまする。」

康久は、言った。

「そうは言うが、主がこちらへ来てから面倒を見ておったのは我ら文官ぞ。それを、蹴って軍へ参るなどあまりにも不義理ではないか。千早とて、侍女として我らの下で働くことになるのだぞ?」

克哉は、スッと鋭い目になって、康久を睨むように見た。

「…それは、どういう意味でありましょうか。」

康久は一瞬怯んだが、フンと鼻で息を吐いてから、言った。

「言うたままぞ。世話をして来た我らに対して、不義理を働く者の妹を、我らが良く扱うと思わぬ方が良い。そういう事ぞ。」

やっぱりそういう事か。

克哉は、立ち上がって、言った。

「…ほう。我がお世話になっておるのは、王であるのだと思うておりました。王が居られるからこその、宮の臣下であるかと考えておるので。康久様は、お一人で神世で生き残って行かれるのですな。それはおもしろい。王にご報告しておかねば。王のお世話が必要ない臣下が居るようです、との。」

康久は、一気に顔を赤くした。

まさか、克哉がこんなことを言い出すとは思わなかったのだ。

だが、克哉が言うのは道理で、王が居るからこそ宮が存在し、臣下が王に仕えることで、守って頂いて神世に認められ、生活することができているのだ。

「言葉に気を付けた方が良いぞ、克哉。ちょっと立ち合いができるからと、偉そうに。」

克哉は、フッと笑った。

「同じ事を軍神達にも言われたら良い。何かあっても護衛に同行してくれぬようになりまするぞ。一人で生きておるのではありませぬからな。」

康久は、ますます顔を赤くする。

克哉は、そんな康久を放って置いて、さっさと出て行こうと思ったが、そういえばと振り返った。

「…そうでありました。お教えしておかねばなりませぬ。」康久が、克哉を睨む。克哉はお構いなく続けた。「王は葛様をお迎えになられます。我に手続きを進めよと仰って。皆に指示をして、奥宮にお部屋のご準備を進めておるところです。」

康久は、全く聞いていなかったのだろう、え、と目を見開いた。

「何を言うておる?葛というのは、峡様の臣下の娘であろう。そんなところからお迎えするのは、我ら臣下一同、反対だと王には申し上げておったはず。」と、立ち上がった。「王にご確認せねば。」

克哉は、怪訝な顔をした。

「何を言うておられるのか?葛様は渡様の皇女であられまする。そういえば、渡様は皇女を貶めるヤツが居ったら報告せよと、この間訓練場でお会いした時仰っておりました。そんな奴は居ないと思うておりましたが、まさか身近に居ったとは。ご報告しておかねば。」

渡様の皇女?!

康久は、急いで克哉の袖を掴んだ。

「何を言うておるのだ?!渡様には皇女は居らぬ、松様も楢様も嫁がれて…」

克哉は、サッとその袖を退いた。

そして、言った。

「我に申しても存じませぬ。そんな事は、王にお聞きくださいませ。では、御前失礼を。」

克哉は、こんな男を目指して励んでいた、以前の自分に反吐が出そうだった。

結局は、どこの神も、自分の益になるように考え、その通りにならねば、少々卑怯な手を使ってでも言う事を聞かせようとする、そんなところがある。

それにしても、これを言わねばならないことに気が重かったが、やはり康久も、八津と影木の同じ穴のむじなか。

克哉は、うんざりしていたが、しかし王から命じられていた事を完遂するために、奥へと進んで行ったのだった。

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